第35話 もう少し

 ユーライは傀儡魔物を使い、周囲のフォレストウルフを一カ所に移動させる。


 それから、まずは三頭のフォレストウルフを積み重ね、右手を添える。



「魔改造」



 イメージするのは、三つの頭を持つ狼。体長一メートル半のフォレストウルフ三頭を合成し、一つの体とする。


 黒紫の光が放たれた後、頭は三つ、さらに体は三頭分の、ケルベロス風のフォレストウルフが誕生した。



「うん、上手くいった」



 傀儡魔法を使い、ユーライは三首フォレストウルフを動かしてみる。四足歩行の動きをスムーズに再現するのは難しいが、やがて慣れていく。


 ただ、外見はケルベロス風でかっこいいと思ったけれど、戦闘において使い勝手がよくなさそうだ。頭が三つあるより、三頭で戦った方が効果的だと思われる。



「うーん、異形の魔物として相手をびっくりさせる効果はあるかもしれないけど、実戦的じゃないか……」


「その魔物なら、むしろ簡単に倒せると思う」


「だよな……。単純に寄せ集めて一頭の巨大な狼にするか、もしくは……」



 魔改造を再度試す。今度は、体は人間、頭は狼の、ワーウルフを作成。五頭分の死体を使ったので、身長三メートル越えの、かなりたくましいワーウルフになった。



「お、これいいんじゃない? 人型は扱いやすいし、このサイズなら破壊力も期待できる」



 試しに、直径一メートルほどの木を殴らせてみる。ただのフォレストウルフであれば牙で表面を削ることしかできなかったが、フォレストウルフの一撃は木をへし折ることに成功した。



「これはいい。けど、力加減を間違えるとすぐに壊れちゃいそうだ」



 人造ワーウルフの右手がひしゃげてしまっている。骨がつきだし、血も滴る。


 ユーライがその手を魔改造で修復していると、クレアが助言。



「人型にするのなら、武器を持たせてもいいと思う。町には使い手のいない武器がたくさん余ってる」


「確かに。武器を使えば体はもっと長持ちするな」



 次、単純に巨大な狼を作ってはみた。迫力はあるものの、やはり四足歩行の獣は扱いづらい。それに、戦い方が噛みつくか体当たりしかないので、対人戦闘向きとも思われない。



「操るなら人型がいいか……」


「けど、ユーライがそれをちゃんと操れるかも問題。自動的に戦うのではなく、ユーライが操るのであれば、あまり複雑な動きをさせるのは難しい」


「それもあるなぁ……」


「それに、正直、わざわざ死体を操る暇があるなら、ユーライが自身の他の魔法を駆使して戦う方が脅威になる気がする。例えば隠蔽魔法も、自分や魔法の完全に気配を消す使い方もできるはず。見えない敵と戦うのはとても難しい」



 クレアの指摘ももっともだった。


 ユーライは戦闘のプロではなく、経験も浅いので、自身の魔法を有効活用する方法がまだよくわかっていない。少なくとも、死体の改造や操作はあまり有効ではなさそうだ。



「うーん、ってことは、死体を改造するより、この辺の魔物を生かしたまま精神操作で操る方がいいのか……。あ、魔改造で強化しておくのもいいかも。これならわざわざ死体を改造する必要もなかったなぁ」


「……生き物を操るのもまた、随分と恐ろしいことだとは思う」


「まぁ、ね。でも、私にとっては、その辺の魔物の命や尊厳より、クレアたちの方が大事だから」


「……そう。やるなら、ほどほどに」


「うん」


「ついでに、セレスを精神操作で操ってみたらどう? いい戦力になる」


「それは流石にやめとくよ。人間の意思を奪って無理矢理戦わせる魔物だなんて思われたら、ますます世界の敵として恐れられちゃう」


「……そう。確かに、先々のことを考えるなら、控えた方がいいかもしれない」


「うん。そういうことで、まずは引き続き魔物を使って実験してみよう。他の魔法を活用する方法も探ろうかな」



 一応、ユーライはそれからも思いつく限りの実験をした。


 ダンジョン内からより強力な魔物を連れてくるという案も思いついたが、それについては後日試すことにした。


 実験等々が終わる頃に、クレアが言う。



「ところで、魔改造でユーライの人形を作ることはできる?」


「うん、できるよ。それがどうかした?」


「リピアがユーライと寝たいと言っていたので、人形でも渡してみてはどうかと思って」


「……死体で作った人形とか嫌だろ。どんな嫌がらせだよ。っていうか、そもそもリピアは見た目で私を私と認識してるわけじゃないから、人形なんて欲しがらないよ」


「なら、ユーライはリピアと寝るつもり?」


「んー、三人で寝るのはどう?」



 クレアが嫌そうに眉を寄せる。



「え? そんなに嫌? もしかして、クレアって亜人が嫌いなの?」


「別に。好きでも嫌いでもない」


「じゃあ、一緒に……」



 クレアが眉を寄せる。



(嫌そうだ……。でもなぁ……)



「……リピアを放っておくわけにもいかないだろ? ラグヴェラとジーヴィがいるとはいえ、もう皆とは違うって気持ちはあると思う。一人でいるのが寂しいっていう気持ちもわかるし、一緒に過ごすのを許してやってよ」


「……それは、命令?」


「……命令ってことで」


「……仕方ない」



 クレアは大きく溜息を吐き、それからユーライの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


 身長差から、ユーライの顔がクレアの胸部に埋まる。


 その柔さに喜びを感じるより、混乱が勝る。



(え? これは何? なんで抱きしめられた?)



 クレアはなかなかユーライを離さない。零度近い気温の中、クレアの体温が心地良いと、ユーライは思う。


 なお、ユーライ、クレア、リピアの体温は、どうやら三十度程度らしいとわかっている。体温はあるのだが、アンデッドではない生き物にとっては冷たい体だ。抱き合って心地良いと思えるのは、アンデッド同士だけ。



「……クレア?」


「あたしをこんな体にしたのは、あなた」


「うん……?」


「責任は取ってもらう」


「……ちょっと、どういう意味で言ってるのかわからない」


「……あたしはあなたに、恋にも似た執着を感じるようになっている」


「……そうなの?」


「あなたにアンデッドにされた影響だと思う。あなたに触れていたいし、あなたを害するものが嫌いだし、あなたに構ってほしい」


「そんな影響もあるのか」


「そう。あなたは緩やかにあたしを変化させている。別に、それが嫌なわけでもない。あなたの隣は心地良い」


「そう……」


「他の子を気にかけてもいいけれど。あたしをほったらかしにしたら、許さないから」


「……わかった」



(アンデッド化の副作用か……。私の魔力を大量に注いで作るものだし、普通とは違う執着が生まれるのも無理ない。ってことは、リピアの発言も、その執着から来るものかもな……。アンデッドを増やしすぎると修羅場が生まれそうだ……)



 クレアがユーライを解放する。


 クレアの表情は、恋する乙女のような可愛らしいものではない。崇拝対象を見ているかのようだった。


 ユーライは、若干居心地が悪くなる。



「……私、クレアの心を壊してしまったのかな?」


「そんなことはない。今までのあたしに、あなたへの執着が加わっただけ。根本から何かが変わったわけじゃない」


「そっか。それなら、まだいいかな」


「うん。……でも、やっぱりもう少し」



 クレアがユーライを再び抱き寄せる。今度は、魔物が現れるまで、クレアはユーライを離さなかった。

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