第127話 打算

 リューレンの仲間が東の森に潜んでいるというので、ユーライたちはひとまずそこに向かった。


 しばらく進むと、荒涼とした不毛の大地は終わり、草原が戻ってくる。どうやら、半径十キロ程度の範囲が汚染されていたらしい。



(また私の体が弾け飛んだら同じような事態になるのか。これ、いつか元に戻る? 自然に戻らないなら、聖女の力とかで? いや、それでどうにもできないから放置されていたのか。だったら、私が吸収とかで魔力を吸い取れば戻るかな)



 浄化の真似事をしておこうかとも思ったが、まだあのもやの中には仲間たちの遺品が残っているかもしれない。勝手に誰かに荒らされないよう、しばらく放置しておくことにした。



「ところでさ、リューレン」


「なんでしょうか?」



 ユーライはスケルトンの馬に乗っていて、その隣をリューレンが自分の足で走っている。リューレンの蜘蛛の部分は人間よりも足が速いし、体力もあるようだ。



「あのさ、一緒に聖王国を滅ぼす話なんだけど、王都を壊滅させた攻撃を、また聖王国が使ってくるかもしれない。

 私の場合、あれで体を塵にされてもまた復活する。でも、リューレンたちは死んだら終わりだ。かなり危険を伴う。それでも、一緒に行く?」


「……悩ましいところですね。ちなみにですが、一体どんな攻撃を受けたのでしょう? 聖王国側は『神の裁き』という表現をしていますが、詳細は知られていません」


「端的に言うと、メテオストライク……かなぁ」


「メテオストライク、とはなんでしょう?」


「ちゃんと説明すると、聖王国の奴ら、竜族を改造して巨大な爆弾にして、それを超高速で王都に降らせたみたい。隕石落下みたいな衝撃と、爆弾としての破壊で、王都を壊滅させたんだ」


「……なんとも滅茶苦茶な話です。そもそも、竜族を改造することなど可能なのでしょうか?」


「うーん……かなり難しいと思う。それに、そんなことができるならもっと早くやればいいのにって話だ。

 だから、まぁ、以前はできなかったけど、最近できるようになったんだろ。天啓だか神託だかで、神様から竜族を改造する方法を教わったのかもしれない」



 ある意味神の使いである勇者がいなくなり、神様は他の手で魔王を討つ必要があった。そこで、聖女だかを通し、今まで存在しなかった改造技術を人間に伝授したのかもしれない。


 神様がどこまで人間に干渉できるのかは知らない。邪神がユーライと対話するようには、気楽に人間と関わってはいないだろう。


 ただ、そういう経緯もありうると、ユーライは思う。



「……神とはとても残酷なのですね。魔王様を討つためとはいえ、多くの人を犠牲にするなんて。王都の人口は十万を越えていたはずですよ」


「本当にな。そんなに私が嫌いかな? 私、別に神様に何かした覚えもないのにさ」



 実害があるかどうかではなく、とにかく魔王の存在自体を許してはいけない。


 神様にはそういう固定観念でもあるのかもしれない。



「それで、リューレンはどうする? 私と一緒にいると、またあの攻撃を受けるかもしれない。私にはあれを防ぐ力がないから、一緒にいると死ぬかもしれないよ」


「……ふむ。魔王様は、確か強力な隠蔽魔法を使えますよね? 今も使っているようですし」



 以前は、特にリピアのために魔力を隠していた。それが癖になっているため、今も隠蔽中。



「隠蔽はできる。魔力単体でも、姿を含めてでも」


「であれば、魔王様が我らも含めて存在を隠してしまえば安全です。そして、姿を隠したまま、聖王国の聖都に潜入するのはどうでしょうか? 『神の裁き』は非常に強力ですが、特定の人物のみを攻撃するのは難しそうです。そして、懐に入られてしまうと、自滅の危険があるため使用できなくなります」


「おお、確かにそうだ。相手に見つかる前に聖都に入っちゃえば、もう『神の裁き』は警戒しなくていい。あとは普通に滅ぼすだけだ」


「ああ、でも、もう全滅を免れないという段階まで行くと、自滅覚悟でまた『神の裁き』を使用してくるかもしれませんね。おそらくは聖都内でしょうが、どこかにいる『神の裁き』の管理者などを捕らえ、『神の裁き』を使えなくする必要はあります」


「それもそうだな……。じゃあ、まずはどうにかして『神の裁き』を使えなくしよう。それが終わったら、魔王軍でも作って本格的に聖王国を滅ぼそうかな」


「わかりました。……とはいえ、実のところ我らは足手まといなのかもしれません。魔王様お一人でも、全ての片を付けられることでしょう」


「そうかもな。けど、リューレンがいてくれて良かったとも思うよ。……一人はやっぱり寂しいからさ」



 効率良く聖王国を滅ぼすことだけを考えれば、姿を隠して聖都に行き、闇落ちを発動させて全部を消し去ってしまう方が良いだろう。


 リューレンがいなければ、きっとそうしていた。


 そして、一国を滅ぼすことの重さや意味も、全く考えることはなかっただろう。


 あえてリューレンたちを関わらせ、魔王軍を結成でもすれば、もう少し命の重さについて考える機会が得られる。


 いつかクレアたちと再会を果たせたとき、この違いは大きな意味を持つだろう。



「……魔王様のお目覚めを、わざわざ待っていた甲斐がありましたね」


「うん? どういうこと?」


「元々、こなたは目覚めた魔王様と共に戦うつもりはありませんでした。ただ、大切な仲間を失い、寂しい思いをしているだろう魔王様を、一人きりにしたくなかったのです」


「そうだったのか……。ありがとう。以前にちょっと話しただけなのに、わざわざそこまでしてくれて」


「一時であっても、言葉を交わし、笑い合った仲です。放ってはおけません。……まぁ、魔王様を味方に付けておくと、何かとメリットがあるだろうという打算もありますが」


「打算があってもいいよ。私はもう、打算なしで付き合える存在じゃないって、わかってるから」



 大金を持っている誰かと交流するのと、きっと似ている。


 その人に金銭的な援助をしてもらうわけじゃなくても、一緒にいると何か良いことがあるだろうという打算は、どうしても生じてしまう。


 打算は一切ないと言う人の方が怪しいくらいだ。



(クレアたちは、打算なしでも一緒にいてくれる貴重な仲間だったろうな……。必ず、取り戻す)



 やがて、ユーライたちは森にたどり着く。アラクネ二十人程が潜んでいて、ユーライは改めて状況を説明。そして、その二十人ほども、ユーライと共に戦うことになった。


 それから、ユーライとリューレンの二人は聖王国の聖都へ向かい、他の者たちは、近いうちに魔王軍が結成されることを、各所に伝えに行った。


 人も魔物も、これからたくさん死ぬ。


 ユーライは申し訳なさを感じながらも、結局は相手が滅茶苦茶なことをしているせいなので、戦いを止めようとは思わなかった。

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『暗黒の魔女』に転生してうっかり二万人ほど殺したら、魔王の称号を得ちゃった。平穏に過ごしたいのに、敵がたくさんいるから戦うしかないや。《TS》 春一 @natsuame

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