第126話 廃墟

 霧雨の中で、ユーライは目を覚ました。


 辺りは黒いもやに包まれており、空を見ることも叶わない。


 気温はおそらく零度程度。冷え冷えとした空気が、ユーライには少し懐かしい。



「……復活した、のか。本当に死んでたのかもわからんけど……」



 仰向けに倒れていたユーライは体を起こす。そこで、自分が何も着ていないことに気づく。



「うぉーい、私、裸じゃん。体は女の子だってのに、恥ずかしいなぁ……」



 幸いなのか、周りに人間の気配はない。素っ裸であっても、見られていなければ恥じらう必要もない。


 ただ、屋外で全裸になる経験はないので、やはりどこか気恥ずかしい。



「んー、ここはたぶん、王都周辺なんだよな? すっかり様変わりしちゃって……」



 王都の残骸は周囲に散らばっている。しかし、無事な建物などは存在しておらず、完全に廃墟。さらに、妙にひん曲がった黒々しい木々が生い茂っていたり、人型の影がゆらゆらと揺らめいていたり、不気味すぎる光景。



「……急にホラーの世界に入っちゃった感じ。私はファンタジーの世界に来てたはずなんだけどな」



 ユーライは立ち上がり、周囲を散策してみる。不気味な木々も、怪しい影も、ユーライにとって危険がないのは、直感的に理解できた。


 しかし、おそらく一般の人間がこの地に入り込めば、すぐさま命の危険があるだろうことも、わかった。


 自身がアンデッドであり、暗黒属性を持ち、さらに膨大な魔力を宿しているからこそ、ユーライはこの地でも平気で呼吸できる。



「……皆、本当に死んじゃったのかな? 死んだところも、死体も見てないと、全く実感が沸かないや」



 クレア、リピア、ギルカ、フィーア。ついでにディーナ。


 ユーライは皆の気配を探る。


 元々気配を探るのは得意ではないが、やはり、誰も見つからない。



「一人きり、か。ああ、でも、まだルーシーは呼び出せるのか。まぁ、今はいいや。それより、もうちょっと別の方法で皆の痕跡を探そう」



 ユーライは不死者の軍勢を召喚。


 二万を越えるスケルトンたちに、クレアたちの痕跡探しをさせてみる。


 遺体は見あたらないかもしれないが、装備品の破片くらいは見つかるかもしれない。


 なお、クレアたちの痕跡や武器を探せ、という指示はできないので、とにかく落ちているものを拾って集めるように指示をした。


 捜索の結果、ユーライは雅炎の剣を発見。ユーライたちを殺し、町を瞬時に崩壊させた程の攻撃を受けても、雅炎の剣は無事だった。


 宝剣というより、もはや神器とでも呼ぶべきかもしれない。



「……これは、クレアが持つべきもの。クレアを生き返らせたら、ちゃんと返そう」



 鞘は残っていないので、抜き身で持ち運ぶことになる。


 裸に剣一本というのも何かの需要がありそうだが、今は一人きりなので関係ない。


 集まったガラクタの山を漁っていると、他にもいくつかまだ使えそうなものを発見。しかし、持ち運ぶことも難しいので、ほとんどは放置。



「お、まだ着られる服、発見。とりあえず着ておこう」



 ところどころ穴の空いた漆黒のローブを着る。サイズは少し大きめだが、今は間に合わせで良い。穴からわき腹や太ももが覗き、若干セクシーな印象なのも問題ない。それより下着が欲しい、と思ってしまう。今は贅沢を言えないので、我慢しておく。



「……探せば色々見つかりそうだけど、キリがないな。適当に見切りをつけて外の様子を見に行こう」



 ユーライはスケルトンの馬を召喚し、それに乗って黒いもやのかかった範囲の外を目指す。


 時間にして十分弱、距離にしておそらく四、五キロで、ユーライは靄の外に出られた。


 靄の外だというのに、空はどんよりと曇っている。ユーライからすると心地良い天気。しかし、ただの曇り空という雰囲気ではなく、地上の魔力の影響で、空が淀んでいるという風に見える。


 また、もやの外には、荒涼とした大地が広がっている。王都に来たときには草原が広がっていたはずなのだが、それが枯れてしまっているらしい。



「……この土地、本当に汚染されてる感じだな。私の魔力、そんなに危険なものだったのか……。呆れるような、恐ろしいような。まぁ、この力をフルに使えば、聖王国を滅ぼすのも難しくはないかな」



 これから何をするのかは、まだはっきりしていない。


 ただ、やることの一つは、聖王国の破壊だ。


 それができる力があることを、ユーライは嬉しく思う。



「……私は聖王国の連中とは違うから、問答無用で国民全員を皆殺し、とかはしないでおいてやるさ。でも、聖王国の土地は全部私がもらっちゃおうかな。それで、宣戦布告はちゃんとしてやるとして。逃げたい奴は逃がしてやるし、逃げない奴は殺す」



 これは確定事項。急ぎはしないが、必ず実行する。



「……クレアが生き返ったとき、私が聖王国を丸ごと支配したって知ったら、どう思うのかな……。流石にやりすぎだって、怒るかな。道を踏み外したって、私を殺そうとするかな。やることやって、クレアが私を殺そうとするなら、私は死んじゃってもいいや」



 そこまで考えて、ユーライは思い直す。



「……聖王国のことだけじゃないか。先に、神様も殺してやらないと。私の仲間が生き返るとしても、私は神様を許してない。殺してやる」



 沸き起こる黒い感情。魔力も体から溢れている。殺気だけで人を殺せてしまえるかもしれない。


 気持ちの高ぶりを抑えるのに、しばらく時間がかかった。


 そして、不意にユーライに声をかける者がいた。



「魔王様。お目覚めになられたようですね」


「……お、リューレン。久しぶり、かな?」



 上半身は女性、下半身は蜘蛛である、アラクネのリューレン。浅黒い肌とショートカットのくすんだ金髪は変わっていないが、左目が失われている。



「ええ、お久しぶりです。魔王様は……お変わりないようで」


「うん。私は相変わらずだよ。最近まで体が弾けて死にかけてたみたいなんだけど」


「ご無事で何よりです」


「それで、どうしてリューレンはここに?」


「そう遠くないうちに魔王様が目覚めるだろうと判断し、近くでこの死の大地を見守っておりました」


「死の大地とか呼ばれてるのか……。まぁ、それはいいや。魔物の軍は、今、どんな感じ?」


「魔王様の気配が途絶えたため、解散しております」


「そっか。じゃあ、私が復活したら、また集まる?」


「魔王様が魔王様として存在するのであれば、また集まることにもなるでしょう」


「そっか。ちなみにさ、私、これから聖王国を滅ぼしに行くんだけど、一緒に来る?」



 ユーライの誘いに、リューレンは数秒きょとんとする。


 それから、ふっと愉快そうに笑った。



「魔王様がその気になってくださって、大変嬉しく思います。我らは魔王様と共に戦います」


「ん。じゃ、行こう。ついでに聖王国まで道案内頼む。実のところ場所がわからない」



 リューレンがまたふっと笑った。



「魔王様は何かが変わったようで、意外とそうでもないのかもしれませんね」


「私はそう変わってないよ。今でも世界を滅ぼすつもりなんてない。滅ぼすのは聖王国だけだ」


「……わかりました。では、共に聖王国を滅ぼしましょう」


「ん」



 一人で聖王国を攻めようと考えていたが、魔王として、魔王軍を従えるのも悪くない。そんなことも、ユーライは思った。



「……聖王国。戦争を始めようか」



 本当に必要な戦いなのかなんて、もう知らない。


 何人死ぬとかも、もう知らない。


 とにかく、聖王国を滅ぼす。


 いつか後悔する日が来るのなら、それでもいい。


 静かな殺意を胸に、ユーライは薄く微笑んだ。

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