第49話 経過

 ユーライは一人きりの部屋で、姿見の前に立つ。


 濁った白色の髪は腰まで届き、肌の色は薄紫で不健康そう。黒い瞳はユーライにとっては見慣れたものだが、この世界、あるいはこの地域においては比較的珍しいらしい。


 黒いワンピースから覗く手足はすらりと伸びて、まだ十四歳程度の容姿ながら、美しくもあり妖艶でもある。胸はまだまだ成長の余地があるものの、これはこれで悪くないと、ユーライは思う。


 身長は百五十センチもないだろう。小柄さも魅力だが、いずれまた伸びる可能性あり。



「うーん……私、やっぱり結構可愛いなぁ。スマホがあれば自撮りにはまってたかも」



 ユーライは姿見の前でくるくると回り、少々あざといポーズを取ってみたりもする。


 これで歌って踊れればアイドルにでもなれそうだが、残念ながらそのスキルはない。



「……歌って踊って、それで平穏な暮らしが手にはいるなら、そうするけどな。まぁ、無理だな」



 早々に見切りをつける。



「さっさと着替えて……午前中は町の清掃、午後からダンジョン探索って感じかな……」



 パジャマ代わりのワンピースを脱ぎ捨てて、ブラウス、プリーツスカート、真紅のローブを着る。雰囲気としては、中学生の制服の上に魔法使いのローブを着ているような姿。


 ローブは灼羊しゃくようの毛を利用しているそうで、真冬でも暖かい。また、穴が空いてしまった紅凰こうおうのローブには及ばないが、魔法耐性も高い。



「……ま、悪くないかな。ご飯食べいこー」



 ダークリッチプリンセスとして目を覚ましてから十日。この世界で意識を取り戻してからは三ヶ月程度。姿見で自分の姿をきちんと確認するのも癖になった。見た目が可愛い女の子だからか、自然と気を使うようになっている。



「おしゃれにでも目覚めてみるかなー。相変わらず男には興味ないし、自分で楽しむだけだけど」



 自室を出て、ユーライは食堂へ。



「おはよー」



 声をかけると、既に集まっているいつものメンツから挨拶が帰ってくる。クレア、リピア、ラグヴェラ、ジーヴィ、そしてセレス。


 セレスはユーライの仲間でがないのだが、ここにいた方が面白そうだと言って、居座り続けている。挨拶する程度には馴染み始めた。


 害はないから無理矢理追い出すほどではない。また、いざとなったら精神操作で手駒にもできるので、居座るならそれも良いと、ユーライは判断している。



(手駒にしないといけない事態にはなってほしくないけどさ)



 朝食の並んだ長テーブルの一角。ユーライはクレアとリピアに挟まれる席につく。


 ちなみに、クレアとリピアとは、クレアの部屋で寝ている。ただ、着替えなどをするとき、ユーライは自室に戻っている。


 クレアの部屋で着替えをしても良いのだが、少しばかりクレアの視線が気になるようになった。恋愛感情はないと言っていたはずだが、視線に欲情が混じっているように思えた。



(まぁ、クレアと結ばれたって構わないんだけどね。そのときはそのとき。でも、クレアから何か決定的なことを言われる前に、変に惑わしたくもないよな)



 そう思いながら、ユーライは右隣のクレアを見る。


 深い青の髪は肩に届くくらいに伸びて、肌はうっすら青い。黒い瞳はユーライを見つめていて、目が合った。クレアが優しく微笑む。その瞳の奥にほんのりとドロッとしたものが滲んでいるように感じられたが、ユーライは特に気にしない。



(蘇生させてから余計に私に執着するようになったかも? ま、味方だからいいけど)



 ユーライは、今度は左隣のリピアを見る。リピアもユーライの方を見ていた。眼はないのだが、注目するときには顔をその方向に向けるのが無眼族。


 小首を傾げてロングの青髪を揺らしつつ、リピアもにこりと笑う。唇の隙間から尖った歯が覗いた。額から伸びる一本の黒い角も相まって、魔物に近い存在感がある。



(リピアもクレアと同じくらい私に執着してるよな……。そして、クレアとは微妙に仲が悪い……。この先、変な修羅場にならなければいいけど)



「二人とも、待たせて悪いね。ご飯、食べよっか」


「ええ」


「うん!」



 ユーライが宣言すると、クレアとリピアが食事を始める。自分を待つ必要はないと伝えているのだが、この二人はいつもユーライを待つ。なお、他のメンツは各々勝手に食事を進めている。



「なぁ、ラグヴェラ、ジーヴィ。里の人たちは、やっぱりこっちには来ないかな?」



 食事をしながら、ユーライは二人に尋ねる。答えたのは剣士のラグヴェラ。



「里に帰って何度か話はしてみてるんだけど、怖じ気付いてこの町に近づこうとしないんだ……。ユーライは危険な魔物だと思ってる。それに、あちしたちも、ユーライに操られるんじゃないかって疑われてる……」


「そっか……。まぁ、たくさん殺しちゃったもんな……」



 町の復興を目指し、ユーライはひとまず無眼族を町に呼ぼうとした。ラグヴェラたちに勧誘を依頼しているのだが、上手くいっていない。


 無眼族に被害を及ぼしたわけではないものの、ユーライが大量殺戮をしでかした魔物であることは変わりないので、警戒されてしまっている。



(逆の立場だったら、私も凶悪な魔物が統治する町になんて行きたくないか……。外部から攻められる可能性も考慮すれば、近づこうとしないのも自然だ)



「……他の亜人たちも似たようなもん?」


「うん。通信魔法で軽く連絡を取ってみたけど、まだユーライのことを信用できないって」



 ちなみに、亜人の各種族同士では、薄くだが繋がりを持っているらしい。何かあったときに連絡し合うのだとか。



「……仕方ない。信用を得られるまで、なるべく大人しく過ごすしかないか……。私が亜人たちに会いに行っても怖がらせちゃうだけだろうし……」



(グリモワの町の復興はまだまだ先になりそう。寂しい雰囲気が続きそうだけど、今は辛抱だ)



「ま、勧誘は追々やっていくとして。近隣の町とか、世界の動きとかを知りたいな……。偵察はそろそろ帰ってくる頃のはずだけど……」



 テレビもインターネットもないこの世界、情報を得るのは一苦労だ。


 通信手段としての魔法具は存在するものの、こちらから連絡を取ろうとしても、他の町は応じてくれない。


 ギルカの部下が近隣の町の様子を見に行っているのだが、往復するだけで十日ほどかかる。激しくはないが雪も降っているので、さらに時間がかかるかもしれない。



「私が自分で行った方が良かったかな?」



 ユーライのぼやきに、クレアが応える。



「一度、各地を回ってみるのはいいかもしれない。ただ、ユーライが自分の存在を隠しても、町にはユーライに気づく者が一人くらいはいると思う。戦闘が必要になるかもしれないことも、下手をすればまた誰かを殺めるかもしれないことも、考慮しておくべき」


「……戦いたいわけじゃないんだよ。ギルカの部下の報告次第で、どうするか考えよう」



 もうしばらくは現状維持が続きそう。


 町を片づけたり、ダンジョン探索しながら戦闘能力を高めたり。



(……邪神と話したのは、まだ誰にも話してない。邪神と縁ができたとか言ったらドン引きされそうだし……。けど、聖都にいるはずの祝福の子にも一度会いたいんだよな……。私からすると敵組織の一員だけど、たぶん、話せばわかる。戦う必要はない。そうであってほしい……)



 同郷の者同士で戦いたくはない。


 余計な争いにならないことを願いつつ、ユーライは食事を続けた。


 そして、食事が終わる頃、食堂に駆け込んできたギルカから報告が一つ。



「おれの部下が捕まっちまいまして、解放してほしければダークリッチの首を差し出せ、と言っているそうです」

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