第50話 人質

 ユーライがギルカに詳細を尋ねたところ。


 ギルカは、グリモワの近くにあるユーゼフとルギマーノという町に、三人ずつ部下を向かわせた。


 ユーゼフに行った三人は、ちょっとした喧嘩に巻き込まれ、暴漢として捕まった。衛兵に取り調べを受けているところで、三人が極悪非道の魔王、ダークリッチの手先だと判明。


 捕まった三人のうちの二人は人質として町に捕らえられ、一人だけ伝言役としてグリモワに返された。


 返された男は全身に酷い怪我を負っていたが、それは置いておく。


 そして、ユーゼフの暫定領主が、『二人を殺されたくなければ、ダークリッチの首を寄越せ』と言っている。


 とのこと。



「……それ、本気で言ってるの? どう考えても無茶な取引じゃない?」



 ギルカの話を聞き、ユーライは首を傾げた。手下の命をボスの命と交換など、まずあり得ない。市民二人の命を救うために王様が命を捧げるようなものだ。



「まぁ、おれも無茶な話だと思います。冷静に考えれば、末端の手先のために、魔王が首を差し出すなんてありえません」


「なんでそんな取引持ちかけたんだか……」


「色々と理由はありそうですが、まず、ユーゼフを本来統治していた領主や権力者が、軒並み死んでいるそうです。先日の戦いに血縁者が参戦していて、例の死の連鎖に巻き込まれたようで」


「あー……。それで、統治者不在になった?」


「不在ではないようですが、取り仕切ってるのが引退していた元ユーゼフ伯爵で、息子と孫を殺された恨みで我を忘れているのだとか」



 つまり、参戦していたのは元ユーゼフ伯爵の孫。元ユーゼフ伯爵からすると、子供と孫を殺されたことになる。それなら怒りくるいもするだろう。


 先に手を出したのはそっちだ、という意見など、おそらく聞く耳は持たない。



「……ま、あれだけ殺せば恨みも買うか。グリモワのときは町の人全部消しちゃったから、私を恨む人もそう残ってなかったと思うけど」


(強いて言えば、この国のお姫様だったらしい、エレノアの関係者か。いつか何か起きそう……。けど、それはさておき)


 ユーライは若干逸れた思考を軌道修正。首を傾げつつ、ユーライはギルカに言う。  



「でもさぁ、復帰した伯爵さん、流石に我を忘れすぎじゃない? 一万の軍隊を壊滅させた魔物に、配下二人の命で交渉しようだなんて」


「……普通に考えるとそうですね。しかし、どうも統治者だけでなく、国全体で異様な雰囲気があるようです。そもそも、治安がすこぶる悪化しているそうで……」



 ギルカの配下曰く。


 兵士の数が激減し、領主にあまり力がない。犯罪の取り締まりも行き届かなくなってきている。


 また、魔王が近くにいる恐怖で、逃げ出す者も多数。行く当てがなく、町にとどまっている者も、いつ自分たちが殺されるのかという恐怖でおかしくなっている。


 さらに、家族や大切な人を奪われた者が、復讐に燃えている。もはや自分の命を省みることもしない。



「……なるほど。冷静な奴らはもうほとんど町にはいないのか。残ってるのは半ば暴徒化したような市民ばかり……。それなら、統治者と一緒になってわけわかんないこともやっちゃうかぁ……」


「そのようです……」


「まぁ、状況はわかった。それで、ギルカはどうする? 部下のために私の首を取りにくる?」



 ユーライが軽い冗談のつもりで尋ねると、クレアが冷えた風を起こす。殺気が具現化したのではなく、単に魔法を使っているだけだとユーライは信じる。



「……ギルカ、まさかユーライに手を出すなんて言わないよね……?」



 底冷えするクレアの声に、ギルカも苦笑。ユーライに向け、軽い口調で言う。



「おれは部下よりユーライ様の命を優先します。ユーライ様を傷つけたりしません」



 クレアから溢れた冷気が消失。ユーライもひと安心。


 ギルカは肩をすくめつつ、続ける。



「とはいえ、部下が捕まって何もせずにいるほど薄情ではありません。元頭領として、あいつらをちょっと助けてきます」


「わかった。でも……私も行っていい? 救出はギルカ一人で十分だとは思うけど、私も顔を出した方がいい気がしてきた」


「どういうことですか?」


「私は他の人を脅かさないためにここにいるんだけど、向こうからすると正体不明の脅威になってるみたいで、それも良くないと思って。

 何を考えているのかわからないし、いつ他の町を襲うかもわからないんじゃ、恐怖しかないよな。

 だから、ここは私が姿を見せて、他の町を襲うつもりはないってちゃんと宣言しようと思う」


「……それもいいかもしれません。ただ、ユーライ様が赴けば、何かしらの争いは起きるでしょうね」


「うん……。なるべく被害は少なくするよ」


「……わかりました。では、取り急ぎご準備を。なるべく早く出立します」


「ん」



 ギルカが去っていく。


 それを見送って、ユーライは左右の二人に確認。



「二人とも、行く?」


「……行く」



 ためらいがちながら、先に答えたのはリピア。



「無理についてこなくてもいいんだよ? たぶん、嫌なものも見ることになる」


「……でも、行く。あちしは、ユーライと共に生きていくんだから」


「そっか。わかった。クレアはどう?」



 クレアは少し迷うそぶり。



「それは、ついてこいという命令?」


「んー……」



(別に命令じゃないけど……命令って言ってほしそう)



「……命令ってことで」


「それなら、仕方ない」



(このやりとり、いつまで続くんだろ? もういらない気がするけど……クレアは元聖騎士だし、命令だから仕方なく従っている、っていう言い訳がほしいのかもな)



「……じゃ、行こうか。あ、ジーヴィたちは好きにしておいて。セレスは……いい加減帰れば?」


「帰らねぇ」


「あ、そ。まぁいいや。あとは……アクウェルたちは放っておけばいいな」



 ユーライは席を立ち、クレアとリピアを伴って食堂を出る。


 それから取り急ぎ準備を済ませ、領主城を後にする。


 雪化粧された広い庭を歩きつつ、ユーライはふと思う。



「……町を守れる人がゼロになるのはよくないか。一応、護衛を残しておこう。悪鬼召喚」



 庭に禍々しい黒紫の魔法陣が生じる。


 光が溢れた後、現れたのは、身長三メートル大の黒い鬼。厳つい顔には二本の角が生え、迫力のありすぎる筋骨隆々の体が恐ろしい。右手には巨大な戦斧を持つが、防具はない。腰に巻いた布切れのみ。


 戦闘力は五万を越えているので、番犬としては十分だろう。



「侵入者がいたら捕まえろ。なるべく殺すな。町も壊すな。そして、この町と住人を守れ」



 指示を出すと、悪鬼がコクリと頷く。会話はできないが、言葉の指示は伝わる。


 ただし、あまり知能は高くないうえ、戦い方は雑。殺すなと言っても勢い余って殺してしまうことはある。いざ戦闘となれば、町にも多少損壊が出るかもしれない。



「……全く守る奴がいないよりはマシかな」



 その後、町の南区でギルカとも合流。



「移動はこれを使おう。不死者の軍勢、小」



 再び黒紫の魔法陣が出現し、今度はスケルトンの馬が四頭現れる。ご丁寧に手綱と鞍もついているので乗りやすい。



「はい、皆、乗ってー」



 ユーライは、一人一頭ずつスケルトンホースに跨がるつもりだったのだが。



「ねぇ、ユーライ。あちし、馬の乗り方わかんない。ユーライと一緒に乗せて?」


「ん? ああ、いいよ」


「やった!」



(生身の馬じゃないから、跨がっていればいいだけなんだけど……う、クレアの視線が冷たい)



 クレアは聖騎士の鎧を着ているが、冑は脱いでいる。その怜悧な視線がリピアに向いていた。



「……クレア?」


「……何?」


「帰りは一緒に乗ろうよ」


「……ユーライが望むなら」



 クレアの表情が和らいだ。



(……バランスを取るのも大変だ。なるべくアンデッドは増やさないようにしよ……)



 スケルトンホースを一体消した後、雪がちらつくなか、ユーライたちは町を出立した。



(何事もなくは終わらないだろうけど、悪いことが起きないことを願うよ……)

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