第51話 ユーゼフ
人の足であれば五日かかる道のりを、スケルトンホースの力を使い二日で走破。出立して三日目の朝には、ユーゼフに到着した。雪が少々行く手を阻んでいたものの、方向を見失うほどではなかったのは幸いだ。
また、常にユーライの魔力を消費し続けることにはなったが、元々の魔力量が多すぎるので、全く問題にはならなかった。
「あれがユーゼフか……」
二キロほど先にユーゼフの町が見える。町は低めの城壁に囲まれている他、周囲に掘もある。
人口は元々五万人程。そのうち二万人程が消滅し、さらに数千人が逃げ出したため、人口は激減。働き手の不足だったり治安の悪化だったり、様々なトラブルが起きているそうだ。
(……私の大量殺戮の影響か。ろくに罪悪感もないけど、申し訳ない気持ちがないわけでもないな)
「ユーライ様。この辺りから、隠蔽魔法を使っていただけませんか?」
「ああ、うん」
ギルカの指示で、ユーライは全体に強めの隠蔽魔法をかける。
最終的には姿を現すつもりでいるが、ギルカの配下を助け出すまでは隠れて動く予定。
魔法の効果で、自分たちのことは相互に存在を確認できるのだが、周りからは認識できなくなる。
ただ、今のユーライたちに気づく方法もいくつかある。
魔法を使うなら、隠蔽解除、魔法解除など。
スキルを使うなら、気配察知、看破など。
魔法具で、アンチマジックの結界を作っても良い。魔法の使用そのものを不可能にするわけではないのだが、隠蔽魔法くらいなら強制解除できる。
ちなみに、ユーライの隠蔽魔法と、ギルカの隠密スキルは、効果は似ているが、少し違う。
隠蔽魔法は、効果範囲を自由に選べる。自分だけにかけることも、複数にかけることもできる。また、魔力だけ隠す、魔法や武器だけ隠す、という使い方も可能。
隠密スキルは、自分と身につけているものだけを隠す。部分的に隠すことも、他人を隠すこともできない。
隠蔽魔法の方が使い勝手は良い。しかし、比較的看破しやすくなっている。
隠密スキルは、魔法具では対処できないし、気配察知でもレベルによっては見破れない。
魔法もスキルの一種ではあるものの、ステータスのスキル欄に出てくるものの方がより強力なことが多いらしい。
ついでに、気配遮断というスキルもある。それは複数人の存在を隠せるが、魔法を使おうとしたり、攻撃しようとしたりすると、効果が切れる。
「隠蔽魔法はかけた。それで、向こうは私の首を持って町の広場に来いって言ったんだよな?」
「そうみたいです」
「わかった。とりあえず、姿を隠して行ってみよう」
軽く打ち合わせて、ユーライたちは町に潜入。隠蔽魔法のおかげで誰にも見つかることはなかった。
町は静かだった。外に出ると暴漢に襲われるからか、ほとんど人がいない。たまに見かける通行人は、どこか殺気だって険しい顔をしている。陰鬱な雰囲気で、長居したいとは思えない。
(町並みは悪くないのに、観光する気分にはなれないな。さっさと行こう)
スケルトンホースを操作し、四人で広場へ。
広場には人だかりができており、その中央に猛獣をいれるような金属の檻があった。
その檻の中に、ギルカの部下である二十代の青年二人がいた。
二人は裸に近い状態で、手足を縄で縛られているだけではなく、全身に痛めつけられた痕がある。欠損部位がないのは、せめてもの情けだろうか。
二人とも男性なので、肌をさらすことにさほど抵抗はないだろう。しかし、今は冬なので非常に寒い。凍傷や凍死の恐れはある。
横たわっているし、いっそ死んでいるのではないかと思ったが、辛うじて呼吸している気配があった。
(……ああ、私もされたな、あんな感じのこと)
当時のことを思い出し、ユーライの胸の内に黒い感情が滲む。
そのとき、リピアがユーライの体をきゅっと抱きしめた。
リピアの体が小さく震えていた。
ユーライは、感情の高ぶりで隠蔽魔法が乱れ、意図せずリピアを怯えさせてしまったことに気づく。
「ごめん、リピア。大丈夫だよ」
「うん……」
ユーライは気持ちを落ち着け、改めて人だかりに目を向ける。
檻を取り囲んでいるほとんどの者は、おそらく一般の市民。恨み言を叫ぶ者、無言で睨む者、石を投げる者……様々だ。見張りらしき二人の兵士もいるが、市民が石を投げても特に気にするそぶりはない。
(……嫌な光景だ。あの二人は何もしてないのに、八つ当たりの的にされてる。怒りなら私にぶけなよ……なんて、そんなことできるわけないか。怒りをぶつける相手は欲しいけど、反撃はされたくないもんな)
槍を持ち、檻の中の二人を刺そうとする者もいたが、流石にそれは兵士が止めた。一応、人質として生かしておく考えはあるようだ。
(状況によっては、普通の市民だって、無関係な人間を痛めつけることはある。気持ちはわからないでもない。そのせいか、怒りは沸かないかな……。謝罪の気持ちもないけど)
ユーライ、リピア、クレアの三人は、人だかりの側で閉口する。
その一方。
「おれ、ちょっと行ってきます。おれへの隠蔽魔法は、もう解除してください」
「あ、うん」
ユーライは隠蔽魔法を解除。スケルトンホースから降りていたギルカは、黒髪と尻尾を揺らしつつ、市民たちを飛び越えて檻の上に舞い降りる。
集まっている市民、そして檻を見張っていた兵士二人がぎょっとする。
「よぉ、お前ら。まだ生きてるか?」
ギルカはすぐに救出するわけでもなく、ニヤリと笑って二人に笑いかける。
「貴様! 黒幻狼の頭領、ギルカだな!?」
「魔王の手先!」
甲冑の兵士二人がギルカに槍を突きつける。しかし、ギルカは全く意に介さない。
ユーライから見ても、その兵士二人の実力がギルカに遠く及ばないことはわかる。
「……ボス」
「来てくださったんですか……」
二人のか細い声はユーライの耳には届いた。クレアとリピアにはどうかわからない。
「当然だ。お前らを見捨てるほど薄情じゃねぇさ」
「ありがとう……ございます……」
「助かります……」
「まぁ、なかなか辛そうな状況だが、ユーライ様のアレよりはマシだろ?」
「はは……そう、ですね……」
「こんなの……ちょっと痛いだけです……」
(……私のアレって、
「黙れ! 魔王の手先!」
「死ね!」
(おいおい、一応は取引の最中だろ? ダークリッチの首はどこだ、とか訊かずにいきなり攻撃するのかよ)
兵士二人が檻の上のギルカを槍で突こうとする。しかし、ギルカの腕がぶれたかと思うと、槍の穂先が切断されていた。
「お前らじゃ話になんねぇよ、雑魚ども。……さて、そろそろ助けてやるか」
ギルカが剣で檻を切り裂く。鉄くらいには丈夫な檻だろうに、ギルカはその天井の格子をさらっと破壊した。
「おお、すごいな」
ユーライが感心していると。
「……あたしだってあれくらいできる」
クレアが何故か張り合っていた。
さておき。
ギルカは檻の中へ入り、ポーチから回復薬を取り出して二人に飲ませる。二人の体はだいぶ弱っているようだが、死ぬことはなさそうだ。
「人殺し!」
叫んだのは、市民の誰か。続けて多くの人が叫び始める。
「一体何人死んだと思っている!?」
「孫を返せ!」
「どうしてあんな残酷なことができるんだ!?」
などなど。まるでギルカが大量殺戮をなした魔王であるかのような口振り。
ギルカは市民の方を振り返り、まずは檻を破壊。そして、不敵な笑みを浮かべた。
「おれは人殺しで、極悪人だ。そして、人殺しの魔王に
だが、あのお方は進んで人を殺したわけじゃない。お前たちが眠れる竜を起こし、怒らせて、勝手に自滅しただけの話さ。
お前たちは喧嘩を売る相手を間違えた。自らの愚行を呪いな」
市民たちがまた様々な恨み辛み罵倒を口にする。
ギルカはそれを一人で受け止めていた。
「……それ、ギルカじゃなくて私に向けられるはずのものなんだけどな。ギルカなりに私を庇ってくれたってこと?」
ありがと。
ギルカには届かないと知りつつ、ユーライは軽く礼を述べた。後で改めて労おうとも決める。
「でも、いつまでもギルカに嫌な思いをさせるわけにもいかないな。……傀儡」
ユーライが魔法を行使すると、市民たちの叫びがピタリと止まる。
対象が百人以上いても、その動きを止めるのになんの苦もなかった。
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