第14話 亜人

 悲鳴が聞こえてきた方へ、遊雷ゆうらいは走る。


 数十秒の後、棍棒を持つ黒いオーク五体を発見。そのオークたちは壁際に三人の少女たち追いつめているのだが……。



(ん……? あいつら、人間じゃないのか? もしかして魔物?)



 その三人は、人間とも魔物ともつかない、不思議な風貌をしている。


 体は人間に近いものの、肌は青みがかった灰色で、顔には目がない。口はあるのだが、そこから覗く歯は尖っていて、獣のようでもある。髪は黒く、さらに頭に黒い角が一本ずつ生えている。


 不思議な三人は、剣士、槍使い、魔法使いらしい。それぞれの武器を構えて、オーク五体に応戦しようとしている。


 ただ、怯えているようで、手足がカタカタと震えていた。



(人間とも魔物とも言えない見た目の種族……。もしかして、亜人って奴か? この世界では差別の対象っていう……)



 遊雷が考えている間にも、オークたちが棍棒を振り上げる。剣士と槍使いの少女が応戦するのだが、オークの一撃で武器が弾き飛ばされた。



(正体は不明だけど、助けた方が良さそうだ)



 遊雷は両者の間に割り込み、オーク五体と対峙。


 オークはやや戸惑った様子になりつつも、遊雷に向けて棍棒を振るった。



傀儡かいらい



 遊雷の魔法で、オーク五体が動きをとめる。


 遊雷はさらに、オークを操って同士討ちをさせる。四体は動けない状態にして、一体だけを操ってその四体の頭を順に潰していった。


 最後に残った一体は、自分の首を絞めさせてみた。操る対象の意識がなくても傀儡の力は有効なので、最後の一体はやがて窒息死。やろうと思えば自分の首をねじ切ることだってできただろう。



(自分でやっといてなんだけど、傀儡魔法ってなかなかえげつないな……。人間相手に使ったら完璧に悪役だ……。それはさておき)



「えっと、大丈夫? 怪我はない?」



 遊雷が振り返ると、三人の少女たちはオークを前にしたときよりも怯えている様子。三人で体を寄せ合い、ガタガタと震えている。呼吸さえまともにできていない。



「……あれ? 一応、助けに入ったつもりだったんだけどな……」


「事実として助けてはいても、強力な闇魔法を目の前で使われたら、怯えるのも当然」



 ついてきていたクレアに指摘されて、遊雷は頬を掻く。



「闇魔法っていうか暗黒魔法だけど……これって、恐ろしいもの?」


「暗黒魔法……? 初めて聞く魔法。でも、とにかくあなたの魔法は、通常の生き物にとって恐ろしいもの」


「そうなんだ……。私、まるで悪の権化みたい」


「みたいというか……そのものというか……」


「え? 客観的にはそこまでの存在なの……?」



 遊雷は少々ショックを受けつつ、怯える三人から距離を取る。



「だ、大丈夫だよ? 私、無闇に人を襲うことなんてないからさ?」



 怯えさせないよう、遊雷は笑顔を心がけているのだが、少女たちはもはや卒倒寸前のように見えた。



「彼女たちにあまり話しかけない方がいい。あなたは魔力量が多すぎるから、話しかけるだけで相手の精神を蝕む。特に、聖騎士などとは違って、あまり力を持たない者に対しては」



 クレアの淡々とした説明に、遊雷は残念な気持ちになる。



「……ごめんよ、君たち。そんなつもりじゃなかったんだ……」



 遊雷は溜息を吐きつつ、少女たちからなるべく距離を取る。



「クレア。私は何もしない方がいいみたいだから、クレアがなんか上手いことやってあげて」


「……それは命令?」


「命令ってことで」


「命令なら、仕方ない」



 クレアは三人に近づき、淡々とした口調で話しかける。



「初めまして。あたしはアンデッドのクレア。あっちの少女型の化け物は、ダークリッチのユーライ」



(今、ナチュラルに化け物って言ったな……。そんなに化け物なのか、私って……)



 遊雷がしょんぼりしているのに構わず、クレアは続ける。



「あたしたちに、あなたたちを襲うつもりはない。だからひとまず安心していい。それで……あなたたちは無眼むがん族の亜人であってる?」


「そ、そうだけど……。あ、あんたたち、一体何……? あちしたちをどうしようっての!?」



 受け答えをしているのは、剣士の少女。リーダーなのだろうか。



「どうもしない。少なくともあたしには歪んだ差別意識もない。強いて言えば、転移陣まで連れて行ってもいい。ユーライは、あなたたちが無事でいることを望んでいるようだから」


「ア、アンデッドがなんであちしたちの味方をするわけ!? アンデッドは生者を襲うんじゃないの!?」


「それが普通なのは知っている。けれど、あたしはそういうアンデッドではない。体はアンデッドになってしまったけど、人間だった頃の意志を保っている。生者を無差別に襲うつもりはないし、困っているようなら助けたいと思う」


「……本当に? 確かに、あちしたちに敵意はないようだけど……」


「今すぐ信じなくてもいい。ただ、あなたたちを殺したいなら既に殺している。そうではないのだから、そこまで怯える必要はないと思ってほしい」


「……そう、そうね。殺すつもりならとっくに殺してる……そもそも助けもしない……」


「わかってくれればいい」



 少女たちがやや落ち着きを取り戻す。



「それで、脱出の手助けはいる? 見たところ、あなたたちにはまだこの階層は早いようには思う」


「うん……。助けてくれるならありがたい。地下五階と六階、敵の強さがだいぶ違ってて……。ブラックオーク一体なら余裕だけど、五体も同時に出てきたら手に負えない……」


「ダンジョンにおいて、地下六階からと地下十一階からは難易度が大きく変わる。人族では常識だけど、無眼族はあまり知らない話?」


「話は聞いてた……。でも、ここまでとは思ってなかった……」


「次からは、地下五階を単独で攻略できる強さを身につけてから、地下六階に来るといい」


「……うん。そうする……」



(……地下五階と地下六階で難易度が変わるのか。気づかなかったな……。けど、エレノアが死んでたのもここだし、一般的には違いがあるんだろうな)



「じゃあ、転移陣に向かおうか」


「うん……」



 話はまとまったと思ったのだが。


 剣士の後ろにいる魔法使いの少女が、震える声で尋ねてくる。



「ま、待って! あんたたちがあちしらを襲う意志がないのはわかった。けど……あのダークリッチから、グリモワの町が壊滅したときと同じ魔力を感じる……。あれはもしかして……あんたたちの仕業なの……?」

 

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