第69話 お出かけ

 * * *


 ユーライは魔王として二つの町を支配下においた。


 その経過は悪くなさそうで、町は活気を取り戻しつつあるらしい。


 もちろん、魔王の統治下に置かれることを頑なに拒否する者もいる。しかし、平穏な暮らしができるなら魔王の統治下でも構わない、と思い始めている者の方が優勢。


 その様子を聞いて、実際に顔を見せて直接話をするのも有効だと、ユーライは思った。


 それは、グリモワに寄りつこうとしない亜人たちも同じだろう。


 亜人たちがユーライを無闇に恐れるのも、実際に会って話したことがないからかもしれない。ユーライはそう考えて、まずは一度、無眼族の村に行ってみることにした。


 そもそも、無眼族の村はグリモワから半日とかからない場所にあるらしい。


 無眼族としては、迫害されやすい事情もあり、もっと人里から離れて住みたい気持ちもある。しかし、人が生活しやすい環境というのは限られていて、それも難しい。


 人族などが住まない場所は、無眼族にとっても住みにくい。寒すぎるとか、強力な魔物がいるとか、水場がないとか。


 そのため、無眼族はグリモワの近くに隠れ里を作り、そこで生活している。


 そんな背景を確認しつつ、ある朝、早速ユーライは無眼族の隠れ里を目指すことにした。


 案内人はリピアで、ユーライが行く場所には当然ながらクレアもついてきた。ギルカは念のためお留守番。強力な冒険者など襲って来れば、対応してもらう予定。ついでに、フィーアにも町の警護を頼んでいる。フィーアには、町や自分の身を守るためなら魔法を使うことを許可している。


 雪化粧された北の森を歩く、ユーライたち三人。ユーライの右にはクレア、左にはリピアが寄り添う。


 リピアは紺のローブと杖を装備しており、クレアも剣だけは持ってきている。流石に聖騎士の鎧は身につけておらず、濃紺のシンプルなドレスと温かなコートを着ている。



「……ねえ、ユーライの案内はあちし一人でも大丈夫だよ? クレアはお城でのんびりしてたら?」



 リピアがクレアに言うと、クレアはツンと冷たい声音で返す。



「ユーライを一人にすると、ときにちょっとしたことで我を失うことがある。あたしが側にいてあげないといけない。リピアこそ、場所だけ教えてくれれば、あとはあたしとユーライだけでいいと思う」


「あちしなしで里に行くのは無理だよ。場所がわかってるだけじゃ、無眼族の里には入れないもん。特殊な結界で守ってるの」


「……まぁ、そういうことにしておいてあげる」


「あちしが嘘ついてるみたいな言い方はやめてくれる? 本当の話なんだから!」


「……どうだか」


「二人ともー、落ち着いてー」



 ユーライが割って入ると、二人は一応静かになる。だが、睨みあっている雰囲気なのは変わらない。



(……やれやれ)



 相変わらず、この二人は微妙に仲が悪い。


 ユーライとしては二人が仲良くしてくれると嬉しいのだが、二人ともそれなりの独占欲を持っているので、そんな日は来ないのだろう。


 戦闘だったり人命救助だったり、緊急時には変なわだかまりなく協力してくれる。それならこのままでも良いかと、ユーライは諦めている。



(それにしても、この二人は私のことをどう思ってるだろ? 恋ではないって聞いたことあるけど、今でもそうなのかな? 恋じゃなくても、それより深い執着なのかな……? 崇拝に近い何か……?)



 不意に、リピアがユーライの左手を握る。もう二度と離さない、とばかりの力強さ。



「ねぇねぇ、ユーライ。そういえばなんだけど……ユーライって、本当にまだ生まれてから五ヶ月くらいなの? 精神年齢はあちしと同じくらいはあると思ってたけど……」



(……実質同い年くらいだから、そう思うのは当然だな)



 しかし、なんと説明したものか。


 実は異世界からの転生者だ、という説明をするつもりはない。


 異世界人としての発想や知識を生かしてこの世界に貢献するつもりもないので、下手にそういう認識をされたくない。



「ユーライの年齢は、あたしもそれは気になってた。ユーライは、本当にまだ生まれて五ヶ月なの?」



 ユーライは迷いつつ、少しだけ嘘を交える。



「この体として生まれてからは、五ヶ月かな」


「その体に生まれてから……?」


「どういうこと?」


「私、暗闇のダンジョンで生まれたんだけど、うっすらと何度も死んだ記憶があるんだ。でも、私の魂はダンジョンに囚われていて、死んでもまた復活した。死んだり生き返ったりの期間がどれくらいになるのか、私にももうわからない。この体になってからは五ヶ月だけど、実際にはもっと長く生きてるはず」


「へぇ……そうだったんだ……」


「もしかしたら、あたしたちよりずっと年上かもしれない?」


「かもね。けど、実は百年以上生きていたとしても、ダンジョン中じゃろくに経験も積めないし、中身の成長は大したことないよ。私には、クレアは普通に年上に見える。リピアは同年代くらいかな」



 ふむふむ、と二人は納得してくれた。


 どうにか話が繋がって、ユーライも一安心。



「あちしとユーライは同年代くらい……。クレアより、あちしの方がユーライに近い……」



 リピアが何か言い出した。クレアがまた冷たい声を出す。



「……年齢でユーライとの近しさを決めるものではないと思うけど?」


「ふふふ? そういうことにしておいてあげる」



 クレアが酷く冷たい目をする。


 ちょっとしたことで我を忘れるのはクレアの方では? とユーライはひやひやしてしまう。



「クレア。落ち着こうか」



 クレアの手を握る。視線に温度が戻る。ある意味チョロい。


 一方、リピアはユーライと腕を組みながら問いをこぼす。



「それにしても、ダンジョンって不思議な場所だよね。魔物はいくらでも生まれくるのも変だけど、その魔物が外に出てこないのも不思議……。ユーライも、一度魔物を外に出そうとして失敗したんでしょ?」


「うん。ダメだった」


 以前、軍隊との戦いの前に精神操作した魔物を外に出そうとしたが、それは叶わなかった。ダンジョン内では精神操作も効果を発揮するのだが、外に出すことはおろか、別の階に連れて行くこともできなかった。



「私は自由に外に出られるのにな。不思議な場所だよ」



(まぁ、それは私がこの世界にとって異物だからかな。他に同じことができる魔物はいない……。たぶん……)



 他にも色々な話をしながら歩き続けていると、ユーライたちは一本の大樹の前にやってくる。



「ここが、無眼族の隠れ里への入り口だよ」



 リピアがそういって、にこりと微笑んだ。

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