第70話 隠れ里
「ここが入り口? ただの大きな樹じゃないの?」
ユーライが尋ねると、リピアは得意げに笑う。
「あちしらの村に入るには、ちょっとした合い言葉が必要なの。
……我らが守護神オーラヌス様、汝の子が帰ってきました。我が名はリピア。英雄ユーレリアス・サヴィドナン・ルーディア・ゲディントの子孫です。我をお通しください」
リピアが唱えると、強い風が吹く。ユーライが一瞬目を閉じ、再び開けたときには、大樹に穴が開いていた。その奥は真っ暗で、先が見通せない。
「おお……雰囲気あるなぁ。でも、本当に入って大丈夫? この奥、邪神とかいそうなんだけど」
「大丈夫だよ。あちしはいつも通ってた。それに、ユーライにはこれがただの暗い穴に見えてるかもしれないけど、あちしには澄んだ空間に見えてるよ。ユーライも、目を閉じて指輪の力で感じてみて」
「ああ、うん。わかった」
リピアにもらった指輪は、いつも指にはめている。だからといっていつも使っているわけではないので、改めて目を閉じて、その力を使う。
目を閉じれば、当然光では何も見えなくなる。しかし、前後左右上下、全てのものが感じ取れるようになった。
「へぇ……こういうことか……」
リピアの言うとおり、大樹に開いた穴には澄んだ魔力が満ちていた。視覚的にはただの黒い穴でも、魔力の流れを感じ取ると聖域のように感じられた。ただ、邪悪なものを排除するほどではない。
「この大樹を見つけること自体、無眼族以外には難しいの。この辺りには迷いの魔法がかけられていて、この大樹から流れ出てる微かな魔力をたどらないと近づけない。それに、この奥の空間も、無眼族じゃないとすぐに足を踏み外しちゃう」
「踏み外す?」
「まぁ、行けばわかるよ! ユーライ、あちしから離れないでね!」
「うん。……クレア。私は指輪があるからたぶん大丈夫だから、クレアは私から離れないで」
「わかった」
クレアがユーライの背後に回り、抱きついてくる。流石に離れなさすぎである。
「……それはちょっと歩きにくいかなー」
「これくらいしないと、あたしは怖い」
「……私の足、踏まないでよ?」
「気をつける」
ユーライとしては、クレアに抱きつかれるのが嫌ということはない。ただ、リピアが不満そうにしているのも、ユーライにはわかった。
「リピア。案内宜しくな?」
ユーライはリピアに軽く魔力を流してやる。
んんっ、とリピアがちょっと艶っぽく喘いで、こくこくと頷いた。
(……私の魔力、二人にとっては麻薬みたいなもんなのかな? 麻薬だとイメージ悪いから、せいぜいスイーツ程度であってほしい……)
ユーライがご機嫌を取ったところで、リピアが歩き始める。
穴の中に入ると、目では何も見えなくなる。しかし、魔力の流れを感じ取ると、歩いているのが細い一本道だとわかる。道幅は一メートルくらい。曲がりくねっている上、足場の脆い箇所もある。目でしか周りの状況を把握できない者には、なかなか通りづらい道だ。
(ここ、どうなってるんだろ? 大樹の中ではないだろうし、どこか別の空間にでも繋がってる? 空間魔法っていうのもあるのかな? 不思議な魔法もあるんだなぁ……)
五分ほど進んで、その道は終わる。
道の先にはまた穴が空いていて、そこを通り抜けると……また光が戻ってきた。
そして、目の前に、無眼族の村が広がっていた。
「ここがあちしの村だよ」
「へぇ……本当に村がある」
「綺麗なところ……」
広がっていたのは、森に溶け込んだような村だ。木の上にツリーハウスのような家を作っていることもあれば、大木がそのまま家に加工されていることもある。寒いからか人影はまばらだが、リピアによると、人口は千人くらいらしい。
ユーライがキョロキョロと周りを見ている一方、リピアは少し俯いていた。アンデッドになって以来、村では疎まれる存在になってしまったと思ってきたから、緊張しているのだろう。
「……リピア、どう? 久しぶりの故郷は」
「……今更少し緊張してきたけど、ユーライがいるから平気」
「そっか。ま、私はいつでもリピアの味方だよ」
「うん」
「……えっと、ちなみに、ここにいるの、無眼族だけじゃないんだな」
「うん。他の亜人も、ここに滞在してることがあるよ。あちしらの村は居心地がいいんだって」
見かける人の大半は、リピアと同じ無眼族。顔に目がなくて、肌は青灰色で、髪は黒。その中に、ちらほらと他の種族も混じる。猫のような見た目の者は可愛らしいが……人間大のカマキリのような見た目の者は、ユーライも少し不気味に感じてしまう。
ぎゅっ。
まだユーライから離れないクレアが、腕に力を込めた。
「クレア、どうかした?」
「……なんでも、ない。ことも、ないかな……。その……あまり大きな声では言わない方がいいのだろうけど……」
「うん」
クレアはユーライの耳元に口を寄せ、小声で囁く。
「あたし、虫、苦手なの」
「あ、そうなんだ」
「普通の虫でも苦手なのに……あのサイズになると……」
「まぁ、気持ちはわかるよ。でも、将来グリモワに住んでもらう可能性もあるんだし、少しずつ慣れてほしいかな」
「それが命令なら、努力はする……」
「……うん。どうにか、頑張ってほしい」
「わかった……。もし頑張ったら……何か、ご褒美、ほしい、かも」
「クレアがそこまで言うのは珍しいな。ご褒美、何か用意するよ」
「うん……ありがとう……」
クレアの声が弱々しい。死と隣り合わせの戦場でも堂々としているのに、無害な亜人を前にして怯えている。
(女の子らしいっちゃ、らしいかな。なんか、可愛い)
ユーライが密かに和んでいると、村の連中が騒がしくなる。
ユーライが……すなわち、魔王が村にやってきたことで、びっくりしているのだ。
「ごめん、リピア。やっぱり、村の人たちを驚かせちゃった」
「……わかってたことだよ。ユーライは優しい魔王けど、村の皆はそれを知らないんだから。でも、ちゃんと話せばわかってもらえる」
「……うん。そう期待しよう」
リピアに先導されながら、ユーライたちは村長の家に向かう。
その途中、四十代前後の女性が駆け寄ってきた。
顔立ちはリピアに似ていて、ロングの黒髪を一つに結んでいる。
「リピア……っ」
「……お母さん。ただいま。久しぶりだね」
見た目通り、リピアの母親だったらしい。
リピアはアンデッドになってから村に帰っていないため、数ヶ月ぶりの再会だ。
一般的にアンデッドは疎まれるもので、リピアの母親以外は、やはりユーライたちから距離を取っている。
しかし、リピアの母親だけは、リピアに近づき、その頬を両手で包んだ。その顔に、とても寂しそうな笑み。
「……少し、雰囲気が変わったのね。これが、アンデッド……」
「……うん。アンデッドだけど、あちし、まだ生きてるよ」
「そうね……生きてる。リピアは、生きてる……っ」
母親がリピアを抱きしめる。
アンデッドはこの世界に存在してはいけない。そういう認識はあるかもしれないが、やはり、娘に対してまで同じことは思えないようだ。
無眼族が魔王を受け入れられるかはわからない。仲良くしたいという目的は達成できないかもしれない。
でも、ここに来た甲斐はあったとユーライは思った。
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