第71話 村長

 リピアと母親が対面を果たした後、程良いところで区切りをつけて、ユーライたちは村長の家に向かった。



「……お母さん、少し痩せてた」


「……そっか。ま、これから私が無眼族と仲良くなれれば、余計な心配もかけずに済むだろ」


「うん。きっと」


「ちなみに、父親と弟もいるんだっけ? 先に会わなくていい?」


「……うん。大丈夫。あちしたちが気軽に交流できるようになってから、また会いに来る」


「わかった。……リピアのためにも、私も頑張らないとな」



 道中、当然のことながら歓迎されている雰囲気はない。


 危険な魔王がやってきたと警戒され、村人はそそくさと離れていき、家に入ってしまう。



(ユーゼフとルギマーノでも似たようなもんだったな。ここからスタートだ。焦らずにじっくり行こう)



 程なくして村長の家に到着。特別に豪華ではないが、この村では珍しいログハウスのような家。玄関に緑色の光る石が飾られていた。


 ユーライは玄関ドアの前に立ち、軽くノックする。



「突然押し掛けて申し訳ありません。少しお話をさせてください」



 ユーライが呼びかけて、一分ほどは反応がなかった。


 留守だろうかと思った頃に、内側から扉が開いた。


 姿を現したのは、五十代半ばくらいの女性。頭に角が三本あり、村人よりも少し豪華な紅色のローブを着ている。


 警戒しているのか、彼女は険しい雰囲気でユーライの前に立つ。


 ユーライは、なるべく柔らかな声音を意識して声をかける。



「……初めまして。魔王のユーライです。村長のウィザリア様ですか?」



 名前はリピアから聞いていた。ウィザリアはこくりと頷く。



「……魔王様。中へどうぞ」


「ありがとうございます」



 村長の家なら使用人でもいるだろうとユーライは思っていたが、村長以外の姿は見えない。


 一階の応接間に通されて、ユーライたち三人はソファに座る。それから、ウィザリアがお茶を用意してローテーブルに置き、自身はユーライたちの対面のソファに座る。



「……いつか、魔王様がこちらにいらっしゃるだろうと思っていました」


「グリモワは近いですからね。ご存知かとは思いますが、ラグヴェラとジーヴィも元気ですよ」


「ええ、ええ、本人たちの姿も時折見ております。それに……魔王様には、二度も命を救われたと聞いています。ダンジョンの魔物と、盗賊から。その節は誠にありがとうございました。ろくにお礼もできず、申し訳ありません……」



 ウィザリアが深く頭を下げる。



「そうかしこまらないで、顔も上げてください。たまたま私がその場に居合わせて、そして、助けるだけの力があったというだけの話ですから」


「……話には聞いておりましたが、魔王様は随分と腰の低いお方なのですね」


「私は強いだけの小娘です。何か偉業を成したわけでも、多くの人を幸せにしたわけでもありません」


「……魔王様のことは多少聞き及んでいましたが、確かに悪辣あくらつな存在ではないのですね」


「そうですよ。私は余計な争いを望みません。私はただ平穏に暮らしたいだけです」


「そうですか……。魔王様であっても、そのようにお考えになることもあるのですね……」


「はい。とはいえ、言葉だけでは信用できないのもわかります。信頼していただくには、きっと時間がかかることでしょう。

 私も焦るつもりはありません。ただ、少しずつでも私たちと友好な関係を築いていただけたらと思い、本日はここまで参りました」



 ウィザリアはじっとユーライを見つめる。目はないが、見つめているのだと、ユーライにもわかった。



「……私たち無眼族は、光を見ることが叶わない代わりに、魔力の流れや音を敏感に察知することができます。魔王様の魔力は綺麗に隠されていて感じ取れませんが……その声は、しっかりと聞こえます。魔王様の声に、嘘偽りは滲んでいないように感じます」


「へぇ、声でそんなこともわかるんですね。では、多少は私のことも信用していただけますか?」


「……少なくとも、今の魔王様が、嘘偽りなく我々と友好な関係を築きたいと思っていらっしゃるのはわかります」


「……今の私、ですか?」


「ええ……。魔王様は、ときに平気で多くの人を殺めるお方だということもうかがっております」


「……そうですね。私はたくさんの人を殺めました」


「はっきりと申し上げますと、平時の魔王様がいかにお優しい方であっても、非常時には何をするかわからないというのであれば、気軽に友好関係を結ぶことは困難です」


「……それもそうですね」



(いかなる理由があろうと、万の人を殺す魔物はそりゃ怖いよな……)



 それなりの事情があってのことだが、客観的に見れば、今までしてきたことは非常に罪深い。受け入れられない人がいるのも、ユーライには理解できた。



「村の者たちも、魔王様と友好関係を築くことにはなかなか納得できないことでしょう」


「……そうですか。うーん……そうなると、私やリピアがこの村に出入りすることは許容できませんか?」


「……村長の立場としては、そう言わざるをえません」


「せめて、リピアだけでも、ダメですか?」


「リピアは既にアンデッドとなっていますので、我々とは相容れません」



 リピアが背中を丸めて大きく溜息。



「……ラグヴェラとジーヴィはどうですか?」


「悩ましいところです。

 今は魔王様の元で暮らしていますので、既に魔王様の配下であるという認識でいる者もいます。あの二人が完全に魔王様の配下となるのであれば、もう村への出入りは禁じることになります。

 村に戻ってくるのか、魔王様と共にあるのか、遠くないうちに決めてもらう必要はあるでしょう」


「……そうですか。わかりました」



 魔王であること。


 そして、既に多くの人を殺めていること。


 その重さを、ユーライは実感する。



(無理矢理自分の言うことを聞かせたいわけじゃない。ここは大人しく引き下がるしかないか……? でも、リピアが家族と交流することくらい、実現させてあげたいよな……。たまに寂しそうにしてるし……)



「ユーライ」



 悩むユーライを、クレアが呼んだ。



「ん?」


「リピアを側においておくつもりなら、この村はユーライの支配下においた方がいい」


「……え、それって、私が脅してでもこの村を支配しろってこと?」


「そう。リピアがあたしたちと一緒にいる以上、他の者たちは、無眼族はユーライの味方という風に判断する可能性がある。そうなると、無眼族が危ない」


「ああ……そうなっちゃうのか……」


「無眼族がユーライに味方しているのではなく、ユーライが無眼族に言うことを聞かせていると映る方が、無眼族としては都合が良い」


「……ユーゼフとかと同じか」


「そう。村長さんも、そう思いませんか?」



 クレアの問いに、ウィザリアは渋い顔で頷く。



「……そうかもしれません。亜人は迫害されやすい立場ですので、一人でも魔王様の側にいるのであれば、無眼族全体が自主的に魔王様に味方していると受け取られかねません」


「でしょうね。……ユーライ。リピアとこの村を思うなら、武力で支配下においたとするのも選択肢の一つ」


「……そっか。あーあ、やれやれだよ。私って、もうそういうやり方でしか余所の人たちと交流できないのか……」


「しばらくはそうなるかもしれない」



 ユーライとしては、誰かを支配したいわけではない。


 しかし、支配下におくことが救いになる可能性はある。


 ユーライはしばしうんうんと悩み、決断する。



「……仕方ない。村長さん。悪いけど、この村、私がもらうよ」

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