第72話 協力

 ユーライが村を支配すると言えば、村長ウィザリアは頷くしかなかった。


 対抗できる武力がなければ、相手に従うしかない。ユーライはそんな世知辛さを目の当たりにした。



「……承知しました。これからこの村は魔王様の支配下に入ります」


「……ごめんなさい。私にはこんなやり方しかできなくて」


「……いえ。きっとそれで良かったのでしょう。魔王様はリピアたちを救ってくださった恩人。私個人としましては、拒絶することを心苦しく感じていました……」



 ウィザリアが穏やかな微笑を浮かべる。



「村長って、やっぱり大変ですよね」


「ええ。そうですとも」


「これからこの村は私の支配下です。村長さんには私のために働いてもらいます。お知恵をお借りすることもあると思いますので、そのときには協力してください」


「かしこまりました。魔王様」



 ウィザリアが恭しく頭を下げる。



(歪な関係だけど、この人の力を借りられるのはありがたいかな。私よりずっと経験豊かで頼りになる。代わりに、私はちゃんとこの村を守ろう)



「……村長さん、顔を上げてください。そして、これから宜しくお願いします。

 ただ、支配下におくといっても、もちろん税金を課すというようなことはしません。

 要求したいことは少しだけで……まず、私たちがこの村に出入りすることを許してください。それと、可能なら肉とか野菜とかの食料を少し売ってくれませんか? グリモワで食べられるのは保存食ばかりで、ちょっと困っていたんです」


「承知しました。出入りも許可しますし、食料もご用意致します」


「一方的に搾取するつもりは全然ないので、正当な対価を要求してくださいね」


「はい。わかりました」



 その後も少し話をして、支配のイメージを共有し合う。


 一応、勘違いした誰かがユーライのために他人を傷つけることがないようにも注意した。


 それから、村長は村の重役たちを家に集め、魔王の支配下になることを伝えた。徹底抗戦を訴える者は一人もおらず、すんなりと魔王の支配は受け入れられた。どうやら、そういう事態にもなりうると、事前に話し合いは行われていたらしい。


 支配の件はすぐ村全体に伝達され、無眼族の村、リタンはユーライの支配下になった。



「結局、また私の支配地が増えることになっちゃったなぁ……。お気楽で平穏な暮らしは遠い……」



 ユーライは、村長の家の前で溜息混じりにぼやいた。


 そのとき。


 不意に空が明るくなった。


 曇り空に不快な光が走り、ユーライは顔をしかめる。



「……今の、なんだ……?」



 嫌な予感。良くないことが起きているような気がした。



 * * *



 ギルカは、グリモワで過ごす平穏な日々を気に入っている。


 元々、好きで盗賊になったわけではない。他に生きていく道がなかったから、仕方なく盗賊になっただけ。


 いつしか、人を傷つけることにも、人から奪うことにも抵抗を覚えなくなってしまっていたのだが、そんな自分が好きだったわけでもない。



「……このまま平穏が続いてくれりゃいいが、まだまだそうも行かないだろうな。あ、ディーナ、ちょっといいか?」



 領主城内を歩き回って、ギルカは探していたディーナを見つけた。一階の厨房で、ラグヴェラとジーヴィと一緒に焼き菓子を作っていた。ディーナはあの二人と特に仲が良い。一番気兼ねなく交流できるようだ。


 ディーナはギルカに声をかけられただけでビクリと体を震わせ、おっかなびっくり返事をする。



「え、えっと……ギルカ、さん。何、かな?」


「そんなに緊張するなって。ディーナがユーライ様に危害を加えない限り、おれもディーナを傷つけることはないさ」


「わ、わかってる……。わかってるけど……。ボクみたいな低級冒険者が、あの黒幻狼のギルカさんと言葉を交わすなんて……。格が違いすぎるというか……」


「おれは、ここじゃただのギルカだよ。そんで、ちょっと相談なんだが、ディーナは鍛冶とか物作りが得意なんだよな?」


「うん、まぁ……。ドワーフ族の中じゃ平凡にも満たないけど、人族と比べれば上手い方かも……」


「人族より上手いってんなら問題ない。ディーナ、おれの部下を何人か、弟子にしてやってくれねぇか?」


「へ? で、弟子?」


「ああ、弟子だ。元盗賊のろくでなしばっかりだが、ここで一からやり直そうとしてるんだ。いつまでも清掃員扱いするわけにもいかないし、それぞれのやりてぇこともやらせようと思ってさ。鍛冶仕事してみてぇってのが三人ばかしいるんだ」



 最近、部下には清掃活動だけではなく、戦闘の訓練もしっかりさせるようになった。将来的にはグリモワで兵士として働くことを考えてのことだ。ユーライにも許可を得ている。


 他にも、それぞれの適性に合ったことをさせたいとギルカは考えた。そして、ディーナが鍛冶仕事や物作りを得意とすることを知り、部下に色々教えてやってほしいと考えるようになった。



「……ボクが、弟子を取る……? ボク、そこまでの実力はなくて……。そもそも、そういうことができないから冒険者になって……」


「気負わなくていい。完全なド素人に、基礎だけでも教えてやってくれりゃ十分だ。それくらいはできるんだろ? おれの武器の手入れも上等だったしな」


「……それは、ギルカさんの手入れが雑だっただけで……」


「ははっ。言ってくれるじゃないか」


「ご、ごめんなさいっ。ボクはその、えっと……」


「いいからいいから。とにかく、ちょっと教えてやってくれよ。ディーナはどうせしばらくこの町から離れられないんだろ? 一緒に暮らしていく仲なんだし、ちっとばかし協力してくれ」


「……うん。そうだね。わかった」


「それじゃ、頼む。今日からでもいいか? そのお菓子を食べた後とかでもいいからさ」


「……うん。大丈夫」


「ありがとよ」



 話はついた。ギルカは厨房を後にしようと思ったが、ディーナに呼び止められた。



「ねぇ、ギルカさん」


「ん?」


「……ギルカさんにとって、魔王って、どんな存在なの? 怖く、ないの?」


「んー、正直、始めは結構怖かったよ。とんでもなく残酷で凶悪な魔法も使うし。

 ただ、ユーライ様は根本的には平穏を望む優しい魔物だ。嫌なことをされれば当然怒りもするけど、自分から誰かを傷つけようとはしない。身近な人を大切に思うまっとうな心も持ってる」


「……まぁ、そんな風にも見える」


「それにさ、自分で言ってる通り、ユーライ様がただ強いだけの子供だってのも、本当だと思う。あれだけの強さを誇りながら、中身が格別に老成してるわけでもない。戦うこと以外に関しては、まだまだ誰かの助けが必要だ。

 今はもう、怖いって言うより、大事にしたい妹分みたいな感じもちょっとある。おれの方が従者の立場なのに、妹っていうのもおかしな話だがな」


「……そうなんだ。魔王は、恐ろしい側面も、優しい側面も持ってるんだね……」


「誰だってそんなもんだろ? おれだって、大事なものを奪われそうになったら怒る。場合によっては相手を殺す。ユーライ様がしてるのも同じことだ。ユーライ様は他人より強い力を持っちまった、ただの人。いや、魔物か」


「うん……。なんとなく、わかる」


「今後も一緒にいれば、そうビビる必要のない相手だってわかってくるさ」


「そうだね。少しずつ、知っていこうと思う」



 ディーナが納得した様子だったので、ギルカは厨房を後にする。



「じゃあ、また後でな」


「うん」



 ギルカと入れ替わりにセレスが厨房に入っていったが、ギルカとしては特に気にすることではない。


 ギルカはそのまま領主城を出る。


 なお、ギルカは必要に応じて城には入るのだが、ここに来た当初から変わらず、基本的な生活は城の外だ。


 ギルカの心情として、煌びやかな空間が落ち着かないというのもあるが、クレアが盗賊を嫌っているというのも大きい。


 ギルカとクレアはかなり打ち解けて、クレアがギルカを毛嫌いすることはない。しかし、ギルカの部下たちについては、クレアはまだ受け入れていない。


 ギルカとしては、クレアが盗賊を嫌うのも理解できる。盗賊は本当にろくでもない存在だ。今ではだいぶ更正しているとしても、真人間になれたわけでもなく、犯してきた罪がほんの数ヶ月で償えるわけでもない。


 クレアの心情を考え、ギルカは部下たちを城には立ち入らせない。また、部下を城に住まわせないのに、自分だけ城で生活しようとも思わない。


 

「ま、城には女が多いし、そういう意味でも部下たちを中には入れられないな」



 部下たちは全員成人した男で、さらにグリモワにはほとんど女がいない。娼館ももちろんないので、溜まるものがある。そんな男どもを女性ばかりの城内にいれれば、何をしでかすかわからない。



「もうしばらく我慢してもらうことにはなるか。……ん?」



 城下町を歩いているとき。


 不意に、上空から膨大な魔力を感じ取った。


 ギルカは空を見上げ、翼の生えた五体の鎧を見た。


 そして、激しい光が地上に降り注ぎ、ギルカの意識は途絶えた。

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