第76話 聖都
ユーライが傀儡魔法を使えば、ギルカに無理矢理食事を摂らせることもできる。意識がないだけで、肉体は正常に活動しているので、食べさせれば死ぬことはない。
ただ、自発的に動けないので、トイレなどもユーライが補助しなければならない。感覚を共有しているわけではないのでそれは難しいとも思っていたのだが、傀儡魔法を訓練していくうちにそれもできるようになった。
なんとも不思議な感覚だったが、とにかく、ユーライがいれば、ギルカを死なせることはない。
しかし、あの不快な
そのため、ユーライは聖都に向けて出発することにした。
ユーライに同行するのは、クレア、リピア、フィーア、ディーナ、そしてギルカ。ギルカには意識がないので、同行というより搬送だ。
危険な旅になると予想できるため、ディーナはグリモワに残っていても良かったのだが、本人が同行を希望。魔王の行動を直接観察し、ギルドに報告するためだと言う。
なるべく敵から守るが、最優先にはしないので危険はある。ユーライはディーナにそう伝えたが、それでも良いとのこと。
セレスも「なんか面白そう」と言って同行を希望していたけれど、ユーライはお留守番を頼んだ。
「もしまた何か不測の事態が起きたら、ラグヴェラたちと町を守ってほしい」
ユーライの言葉に、セレスは溜息をついた。
「私に魔王の頼みを聞く義理はない。……だが、あの二人を守ることくらいは、お前に言われなくてもやってやる」
ユーライはツンデレ女子を見ている気分になり、軽く微笑んだ。セレスは最初に見た頃より、少しばかり柔らかな雰囲気になっている気がした。セレスも人間だから、一緒に暮らしている相手に情を抱くこともあるのだろう。
聖都に向かうため、装備も含めてユーライたちは手早く準備をした。
ユーライは普段通り防御力の高いローブを着て、念のため剣も一本腰に差しておく。剣を使う機会はほとんどないのだが、念のため。
クレアも、聖騎士の鎧と冑に、雅炎の剣という定番装備。
フィーアは両手に一つずつ指輪をはめていて、それが魔法の威力を高めてくれる。着ていくのはゴスロリ風のドレスだ。
聖都はユーライにとって敵の総本山のような場所だが、特段何か変わった準備をすることはない。ユーライの力を考えればまず負けることはないというのもあるし、普段の装備より良いものはないということでもある。
準備を整えたら、いざ聖都に向けて出発。
聖都は、グリモワからかなり離れている。普通に向かうと十日以上の道のりらしい。正確にはわからないが、五、六百キロ以上離れているだろうか。
のんびり旅を楽しむ状況ではないので、ユーライは移動手段として十メートル級の悪鬼二体を召喚。急いだら、出発した日の夜には聖都付近まで到着した。
一般的にはとても早い到着だが、もはや誰も驚きはしない。既に慣れている。
「あれが聖都か……。綺麗な町みたいだな。建物そのものも良い雰囲気だけど、整然と並んでるのも見栄えが良い」
まだ聖都からは二キロ以上離れている。それでも、ユーライは悪鬼の肩に乗っているため、その外観が見えている。城や教会施設らしきものは、一般的なものより洗練されたデザインになっているようだ。ユーライの印象としては、メルヘンの世界。
「……聖都も支配する?」
ちょっと散歩でもする? くらいのノリで、クレアが言った。
なお、ユーライは悪鬼の左肩に、クレアは右肩に乗っている。また、悪鬼の手には、厚着をしたギルカ。
「私は支配しに来たわけじゃないよ。単にギルカを治してもらいたいだけ。あと、天使召喚に関わった連中には……チョットイタイメヲミテモラオウカナ」
「……ユーライ? 意識はある?」
「あ、だ、大丈夫。問題ないよ」
「ならいい。やり過ぎないよう、ほどほどに」
「……うん。わかってる。それじゃ、予定通り行こう。隠蔽魔法を使って侵入。町に入ったら、隠蔽解除して真正面から叩き潰す」
「……ユーライの場合はもうそれで良いと思う。けど、やっぱりどうかしてるとも思う」
「まぁな。なんかいい感じに作戦立てて、スマートにいきたいところではある。でも、もう真正面からぶっ潰すよ。こうした方が、やっぱり魔王には手を出しちゃダメなんだって思ってもらえる気もする」
「そうね。それも悪くない」
「ん。それじゃあ……リピア、ディーナ、フィーア! 敵陣に乗り込むから、そっちはなんとか身を守っていてくれ!」
ユーライは、もう一体の悪鬼に乗る三人に声をかけておく。悪鬼とフィーアにはリピアとディーナを守れと言っているので、ある程度は安全だろう。それに、向こうはしばらく隠蔽を解くつもりもないので、狙われるのはユーライとクレアだ。
ユーライは悪鬼たちに命じて、さらに聖都に近づいていく。気配を消しているし、忍び足をして地震を起こさないようにしているため、聖都の連中も接近には気づいていないはず。
ユーライたちは無事に城壁のすぐ近くまで来る。城壁は悪鬼の肩くらいの高さにあるため、ユーライは町を一望できた。
ところどころ魔法の灯りで照らされる町並みは美しい。人口は七万人ほどらしいが、この世界では真夜中に動き回る人は少ないので、人影はまばらだ。
「……まだ誰も私たちに気づいてないかな? 例の天使が来る気配もない」
ユーライとクレアは、悪鬼の肩から城壁の上に降り立つ。見張りも十メートルくらい離れた場所にいるのだが、ユーライたちには全く気づいていない。隠蔽魔法は優秀だ。
「……さ、戦いを始めようか。私とクレアの隠蔽解除。……私の魔力隠蔽も、今は完全に解除だ」
隠蔽を解除することで、城壁の上にいた見張りの兵士数名が、ユーライとクレアに気づく。
「て、敵だ! 急に敵が現れた!」
「あれは、まさか魔王か!?」
「警報! 警報を鳴らせ!」
兵士たちが城壁の下に逃げていく。戦う意志はないらしい。聖騎士でも勝てない相手に突っ込むような無謀な真似はしないようだ。
「良かった。無駄に戦わなくて済む」
「……ユーライ。本命の敵が来る」
「うん。わかってる」
ユーライが遠慮なく溢れる魔力を垂れ流しているせいで、既に一部の者たちには存在が知れ渡った。町の中央部にある教会付近から、不快な魔力が溢れ始めた。
敵の数は五。
おそらくは、例の天使の気配。
「……嫌な感じだ。しかも、結構強いみたいだ」
「気をつけて」
「うん。……あと一応、有象無象は傀儡魔法で動きを止めちゃおう。天使との戦いに集中したい」
町全体を対象として、人間の動きを止めておく。一部の強者は支配から逃れるが、それは気にしない。
「……ユーライ、ここ、七万人くらいいるのだけど、また町全体に魔法をかけた?」
「あ、うん」
「……ユーライって、同時に何万人くらいの動きを止められるの?」
「さぁ……。十万はいけると思う。あ、もちろん、クレアとかには通じない、軽めの拘束だよ?」
「……そう」
クレアが呆れる気配。ユーライは頬を掻く。
「ええっと、とにかく、準備はいいかな。あの天使をどうにかしよう」
ユーライたちの方に飛んでくる五体の天使。翼を生やした白銀の鎧姿で、実に不快な輝きを放っている。
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