第75話 呪い?

 ユーライが力を貸して、リピアはギルカに回復魔法をかけた。


 それで火傷の痕も薄くなったのだが、完治には至らない。


 そもそも、一般的な回復魔法は無制限に傷を癒すというわけでもないらしい。極度の重傷からある程度回復した後だと、体内に栄養や魔力が足りておらず、傷の治りも悪くなる。


 完治させるには、ギルカに栄養を摂らせたり、魔力回復のために休ませたりする必要もある。


 しかし、ギルカはなかなか目を覚まさないので、まずは栄養が足りない。点滴のようなものがあれば良いのだが、残念ながら存在していない。ユーライは傀儡魔法でギルカの体を無理矢理動かし、食事を摂らせることも視野に入れているが、少し待ってみることに。


 当面ギルカにできることがなくなったら、リピアは他の者たちの傷を癒した。軽い火傷程度の傷だったら、十分もしないうちに完治した。


 ちなみに、フィーアはほぼ無傷だった。攻撃される気配を察知した瞬間、自分の体を分厚い土の壁で覆ったらしい。聖魔法は魔物以外に効果が薄いので、それでほぼ遮断できたようだ。


 ギルカの目覚めを待ちつつ、ユーライは自分たちの新しい住まいを探した。手頃なものとして目を付けたのは、南区にある広めの家。


 煉瓦造りのこじゃれた家で、三階建てになっている。元々は裕福な者の家だったようで、二十人くらいが余裕で暮らせる広さがあった。領主城ほど規格外の規模ではないが、暮らしていくのには十分。


 ギルカもそちらに移動した。


 その後、翌朝になっても、ギルカはまだ目を覚まさない。


 ユーライとしてもあまり気が進まなかったが、傀儡魔法で無理矢理体を動かし、食事を摂らせることにした。単純に体を動かすだけではなく、何かを飲み込ませるのは難しかったが、どうにかやり遂げた。



「……ギルカ、なんで目を覚まさないんだろう?」



 ギルカが眠るベッドの側に立ち、ユーライはぼやく。ユーライの左右にはクレアとリピアがいて、今この部屋にはギルカを含めて四人だけだ。



「……もしかすると、何か呪いのようなものに蝕まれているのかもしれない」



 クレアが思案顔で言った。



「呪い……? 変な魔力は感じないけどな……。リピア、何か感じる?」


「ん……なんとなくだけど、魔力の流れに違和感はあるかも……?」


「どんな風に?」


「うーん……ギルカのものとは違う魔力が混じってるような……?」


「あの魔法の影響か……?」



 鎧姿の天使らしき者たちが何をしたのか、詳細は不明。聖魔法の一種だろうというくらいしかわからない。


 その影響が残っているとして、何をどう調べれば良いのか。



(鑑定魔法みたいなのがあればいいのに……。私にできるのは、霊視くらい? 一応使ってみるか……)



 糸口でも掴めればいいと思い、ユーライは霊視を発動。



「……んん?」



 ギルカの体に重なって見える魂に、キラキラしたもやがまとわりついている。不快な光を放っていて、ユーライは眉をひそめる。



「……なんだ、これ」



 ユーライは右手でそのもやに触れようとするが、空気のように指先をすり抜ける。



「……ギルカに魔力でも流したら消せるかな?」



 ギルカに魔力を注ぎ、不快なもやを取り払おうとしたところ。


 バチィッ。


 右手が弾かれた。



「痛っ」


「ユーライ……っ」


「指が!」


「ん……? あ、指が吹っ飛んでら」



 右手の人差し指、中指、薬指が、第一関節辺りまでなくなっている。


 ユーライが普通の人間であれば、魔力を流しても問題なかったのかもしれない。しかし、ギルカにまとわりつく何かは、魔物の力を明確に拒絶している。



「痛いなぁ……。治るだろうけど、しばらく不便だな……」



 アンデッドの体は、すぐに傷が癒えるわけではない。それでも、欠損した指が次第に治っていく程度の回復力はある。魔法を使えば回復も早い。指先がなくなっても、ユーライが慌てることはなかった。



「あちしが治す! 大丈夫だよ!」


「うん。ありがとう。助かる」



 リピアが急ぎ回復魔法をかけてくれる。それで出血はすぐに止まった。欠損の完全回復には、半日くらいはかかるだろう。


 リピアが頑張ってくれている中で、クレアが不審そうに尋ねてくる。



「ユーライ、何が起きたの?」


「ギルカの魂にまとわりついてる何か変な物に弾かれた。聖魔法の名残だと思う。クレア、何か心当たりは?」


「……わからない。少なくとも、エメラルダが扱うような聖魔法ではない」


「正体不明か……。私にしか見えないけど、私が触れるのは危険……。吸収で吸えるか……?」



 左手で吸収魔法を発動させてみる。もやをわずかに取り込むことはできたが、全て取り去ろうとすると、同時にギルカの魂までも削り取ってしまいそうだ。



「精密な制御ができないと難しいな……。ギルカまで殺しちゃう。うーん……これ、あの天使を殺せば治るのかな……?」


「……それか、同じ聖魔法の使い手なら、何とかできるかもしれない」


「ってことは、エメラルダに頼む?」


「それがいいかもしれない」


「エメラルダは聖都だっけ? ギルカを連れて行くか、エメラルダを連れてくるか……」



(いや、もう一人、祝福の子の力を借りる手もあるか……? たぶん、聖魔法くらい使えるだろ)



 どちらにせよ、聖都には行く必要がありそうだ。


 やられっぱなしで終わるつもりはなかったので、丁度良い。



「……クレア。リピア。私、ちょっと聖都に行ってくるけど、一緒に来る?」


「あちしは行くよ」



 真っ先に答えるのはリピアで。



「……ついてこいって、命令すれば?」



 クレアは相変わらず命令を欲しがる。



「じゃ、これは命令。一緒に来て。私一人じゃ不安だ。……聖都を丸ごと滅ぼすのは避けたい。コワスノハサイテイゲンデイイ」


「……ユーライ、今ちょっと意識飛んだ?」


「い、今の、何か変だったよ……?」



 ユーライはハッとして、頭を降る。



「だ、大丈夫、大丈夫……。私は平気……」



 深呼吸するユーライに、リピアが抱きついてくる。



「あちしがいつでも側にいるから安心して。あちしだけでも、いざというときはユーライを止めてみせるよ」


「リピアだけだと不安。あたしもユーライを止める」



 クレアもユーライを抱きしめる。二人に挟まれると、ユーライの心はすぐに落ち着く。



「……二人とも頼りにしてる」



 ユーライは微笑み、聖都に行く覚悟を決める。


 一番魔王を許していない場所だから、きっと戦いになってしまうだろう。


 なるべく殺さず、被害を出さず。


 ギルカの回復が第一目標。


 過剰な報復などしてはいけない。



「……放っておいてくれれば、私は大人しくしているのにな。余計なことをしてくるから、私も動かないといけなくなる……」



 ユーライは深く溜息。


 万単位で人が死ぬなんて、もう二度とないようにと願う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る