第74話 仲良く

 * * *


 夕方頃に北の森を抜け、ユーライはグリモワの町を視認。本来なら遠目からでも見える領主城が、存在しなかった。


 外壁は残っているが、あの内側がどうなっているのかはわからない。ユーライは不安に駆られる。少なくとも、領主城が破壊されるほどの何かが起きたのは確かだ。



「え、な、え? 何が起きた……? 皆は無事……?」



 呆然とするユーライの背中を、クレアが軽く叩く。



「ユーライ。ぼぅっとしててはいけない。敵が近くにいるかもしれないから、警戒して」


「あ、う、うん……」



 クレアは剣を抜き、周囲を警戒する。


 ユーライも周囲を見回してみるが、敵らしき姿は見つけられない。



「リピア。近くに何かいるか?」


「……いない、と思う」


「もう敵は帰った後かもな……」



 念のため、ユーライは周囲に無数の闇の刃を展開。障壁と違い隙間はあるが、何もしないよりは良い。



「……じっとしてるわけにもいかない。町に戻ろう。皆が無事か気になる」



 スケルトンホースも三体作り、それに乗ってグリモワに戻った。



「……町が、壊滅してる」



 外壁近くの建物は無事。しかし、それ以外は半壊もしくは全壊している。



「……綺麗な町だったのに」



 町を壊した何者かに対する怒りより、虚しさが勝った。



「ユーライ。まずは状況を確認しよう」



 クレアの声掛けに、ユーライは頷く。そして、領主城に向かった。


 崩れ去った城の近くにはセレスがいた。火傷の痕が痛々しいが、セレスは気にしていない様子。


 セレスはユーライたちを見つけて、のんきにヒラヒラと手を振った。



「セレス! 何があった!? 皆は無事か!?」


「天使らしき連中に襲われた。奴らはもう去っていった。死んだのはアクウェルたち四人とギルカの部下七人。壊れたのは見ての通り城と約半数の建物。ギルカは重傷だが生きてる。他は軽傷だ」


「ギルカは重傷!? どこにいる!?」


「向こうの民家だ。ギルカの部下が集まってるだろ」


「わかった、ありがとう!」



 ユーライはスケルトンホースを走らせ、急ぎその民家へ。ギルカの部下たちをかき分けて家の中に入る。


 二階の一室で、酷い火傷を負った人がベッドに寝かされていた。



「ギルカ……なのか?」



 普段見ているギルカとはほど遠い姿。体は服で隠れているが、顔は焼けただれており、見るに耐えない。艶のある黒髪も、綺麗な肌も、もはや名残すらない。目があるべき場所も、ただ穴が空いているだけ。



「ギルカ……」



 動揺してしまい、ユーライは体が上手く動かない。よたよたとベッドに近づき、ギルカの側で膝つく。



「ギルカ、生きてるんだよな……?」


「大丈夫だよ。ちゃんと生きてる。息もしてるし、心臓も動いてる。まだ目は覚まさないけど……」



 ディーナの声がして、ユーライはそちらに視線をやる。ギルカのことしか視界に入っておらず、ディーナがいることにようやく気がついた。ディーナの体にも火傷の痕が見える。


 なお、室内にいたのはディーナだけだった。ギルカの部下たちは部屋の外で待機している。



「なんでこんな……。天使が来たって……?」


「うん……。翼の生えた銀色の鎧が五体、空に浮いてた。セレスさんは、教会関係者だろうって。

 それで、ボクが見た限りだと、突然城を攻撃された。すごく強烈な光で、セレスは聖魔法の一種だろうって。城とか中心部の建物は崩壊して、ギルカさんも深い傷を負った……。

 ボクとラグヴェラとジーヴィはたまたまセレスさんと一緒にいたから、セレスさんの防御魔法のおかげで、この程度の傷で済んだんだ。

 けど、ギルカさんは外で一人だったから、直撃しちゃって……。攻撃された直後はもっと酷かったんだけど、これでもだいぶ回復した方だよ……。

 それと、アクウェルさんたちは死んでしまったんだって……。ギルカさんの部下たちも何人か……。フィーアさんは無事みたいだけど、どこにいるかは知らない……」


「……そっか。その天使、私を殺しに来たんだろうな。奇襲ってことか」


「そうみたい。セレスさんが言うには、魔王様と間違われてアクウェルが攻撃されたのかもしれない、だって」


「……私とアクウェルなんて間違えるもんじゃないだろうに」


「あの天使を操っている者がいるとして、天使に細かい指示を出せなかったのかもしれないって、セレスさんは言ってる。この町で邪悪な気配がするものを消滅させる、くらいの指示だったんじゃないかって」


「……なんて雑なことを。私だけ襲うならまだしも、周りの皆を傷つけて……」


「……教会からすると、それも気にしていないのかもしれない。魔王の仲間なら、どれだけ死んでも構わない、みたいに……」



 状況を理解して、ユーライの中で、ふつふつと怒りが湧いてくる。


 大切な人たちが、もしかしたら死んでいたかもしれない。


 ギルカだって辛うじて生きていただけ。


 ディーナたちも、たまたまセレスがいたおかげで生きている。セレスがいなければ、ディーナたちは死んでいた可能性がある。


 大切な人の命が脅かされたのは、間違いない。



「……アクウェルたちは、正直どうでもいい。私の身代わりみたいになっちゃったのは、少し申し訳ないけどさ。

 ギルカの部下たちの死は、ちょっと悲しい。

 ……とにかく、私の大切なものを奪おうとする奴らは、許せない」



 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す……。


 黒い感情がユーライの中に満ちていく。



「ひっ」



 ディーナが小さく悲鳴を上げた。


 感情を抑えたいとユーライは思うのだが、上手く制御できない。


 一度生まれた負の感情は、ただただ荒れ狂うばかり。



「ユーライ。落ち着いて」


「ユーライ! ダメ!」



 クレアとリピアが、ユーライの体を力強く抱きしめる。


 二人の声と優しい温もりが、感情の爆発を少しだけ緩やかにしてくれる。



「クレア……。リピア……」


「ユーライの大切な人は、まだ誰も死んでいない。城や町はいつかまた作り直せばいい。闇に飲まれて、全てを壊し尽くしてはいけない」


「ユーライ……っ。あちしたちはちゃんと生きてるから……っ。大丈夫だから……っ」



 リピアの体が震えている。怖がらせてしまったと、ユーライは冷静な部分で反省する。


 そして、溢れ出す破壊衝動を、少しずつ押さえ込んでいく。この衝動に飲まれてしまった方が楽だと知りながら、決して自分の全てを委ねる真似はしない。



(……落ち着け。落ち着け。私はまだ何も失ってない。城なんて本当はどうだっていい。モノは作り直せる。ギルカも生きてる。ディーナたちも生きてる。大丈夫だ。大丈夫……っ)



 必死になって自分を制御し、ユーライは落ち着きを取り戻す。


 大きく息を吐き、体を弛緩させる。



「……ごめん。ちょっと、取り乱した」


「落ち着いたなら良かった」


「うん……良かった……」



 クレアとリピアもそっと息を吐く。



「ありがとう、二人とも。私の側にいてくれて」


「あたしはユーライと共にあると決めたから」


「あちしも、ずっと一緒だよ」


「ありがとう。……大丈夫だから、もう離れてくれていいよ」


「……ユーライが心配。もう少しこうしておく」


「うん」


「……えっと、もう、本当に大丈夫だよ?」


「まだ心配」


「まだこうしておくべきだと思う」


「あ、そう……」



 ユーライは落ち着いたが、逆にクレアとリピアの様子が少しおかしい。何か変なスイッチが入ってしまった様子。ぎゅうぎゅうと強い力でユーライを抱きしめてくる。



(まぁ、好きにさせておこう。お礼、みたいなものかな。二人がいなかったら危なかった……)



 状況によっては、一人では感情のコントロールができない体になっているのかもしれない。ユーライはそれを少し不安に思う。


 二人がいれば大丈夫だとも思うが、逆に、二人がいないとまっとうに生きていけない、危うい存在になってしまったようにも感じる。



(それもいいか。仲良く生きていこう。そして、二人を必ず守ろう……。いや、二人のことだけじゃなくて……)



 誓いながら、ユーライはギルカを見る。


 ギルカのことも、かけがえのない大切な仲間だと思っている。


 早く目を覚ましてほしい。ひでー目に遭いました、とか言ってケロリと笑ってほしい。


 ユーライはそう願ったのだけれど。


 リピアの魔法で大部分を回復させた後にも、ギルカはなかなか目を覚まさなかった。

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