第28話 一等級

 炎の次に、金髪の女性が地面に降り立つ。聖騎士とはまた違った白銀の鎧を身につけているが、冑は頭部だけを守っているので顔はわかる。


 二十代前半に見えて、鋭く冷めた目つきが印象的だ。右手には金色の剣、左手には白銀の丸盾。騎士、あるいは剣士のようだが、魔法も使える様子。


 ユーライが上空を見上げると、空色の巨大な鳥が優雅に飛行していた。あれの背に乗って飛んできたようだ。



「……外したか。なかなか反応がいい」


「……てめぇ、何者だ? 冒険者か?」



 ギルカがユーライを降ろし、腰に差した二本の剣を抜く。



「……身分を言えば冒険者。名はセレス。そして、北方に現れた凶悪な魔物の討伐依頼でここに来た」


「セレス……だと?」



 ギルカはセレスという名前に聞き覚えがあるらしい。顔をしかめている。



「……セレスって何者?」


「……数少ない一等級冒険者の一人です。しかも、光属性の魔法を得意とします。聖属性ほど魔物退治に特化してはいませんが、ユーライ様には脅威だと思います」


「げ、いきなりそんなのが来たの? 私、死ぬ?」


「死なせません。おれがあなたを守ります」


「かっこいいこと言ってくれるなぁ。惚れちゃいそうだよ」


「それはやめてください。クレアになんと言われることやらです」


「ん? どうしてここでクレア?」


「それは……」



 ユーライたちの会話を、セレスが遮る。



「そこの魔物。魔力は感じないが、そこまで完璧な隠蔽魔法を使うのであれば、討伐対象で間違いないな。貴様を殺す」



 次の瞬間、セレスが地を蹴る。ユーライには目で追うだけで精一杯の速さだったが、ギルカはセレスの一撃を両手の剣で受け止めた。



「獣人。邪魔をするな」


「ユーライ様を狙うなら、先におれを倒しな!」


「貴様、魔物に与する気か? 操られているわけではなく?」


「操られてなんかいないさ! おれはおれの意志で、ユーライ様を守る!」


「何故?」


「実のところおれにもよくわかんねぇ! けどな、ユーライ様なら、何か世界を大きく変えてくれる気がしてる! どうしようもねぇ元盗賊だって、まっとうにいきられるような世界にな!」


「……わけがわからん。貴様は討伐対象ではないが、邪魔をするなら殺す」


「やれるもんならやってみな!」



 セレスが左の盾でギルカを殴る。ギルカが十メートル以上は吹き飛んだ。



「次は貴様だ」


「ペイン」


「ぐっ」



 セレスが武器を向けてきたところで、ユーライも攻撃開始。


 光魔法を使うというセレスは、どうやら暗黒魔法にも耐性があるらしい。ペインで若干怯んだが、血を吐くことはないし、倒れもしない。



(効果は薄くても、とりあえず続けてみよう)



 ユーライは闇の刃を周囲に展開しつつ、ペインの連続使用でセレスを削る。


 大きなダメージが入っている印象はないのだが、動けなくする程度の力はあるらしい。


 十回ほどペインを繰り返したところで、セレスの体が光に包まれる。その後、ペインが効かなくなってしまった。



「闇魔法で私の防御を突破してくるとはな……。聖騎士団が壊滅させられたというのも頷ける……」


「ねぇ、戦うのやめない? これ以上やるなら、どっちかが酷い怪我をするかもしれない。戦うより、ちょっと話し合おうよ」


「魔物と話すことなどない。死ね」


「融通の利かない連中だなぁ、もう……」



 セレスが迫るので、ユーライは仕方なく闇の刃で応戦。魔物も容易に切り裂く刃だが、相性の問題か、セレスの剣も盾も両断することはできない。


 ただ、光で闇の刃が消滅することはない。あの光が防御するのは主に精神系の魔法なのかもしれない。そして、ユーライの手数が数十になるのに対し、セレスの剣は一本。ユーライが攻撃を繰り返すと、セレスはその場から動けなくなる。



「ちっ……。厄介な魔法だ……っ。光よ!」



 セレスの剣が光り始める。セレスが剣を一閃すると、巨大な光の刃がユーライに向かって飛んだ。



「吸収」



 ユーライの目の前に、直径三メートル大の黒い円が生じる。光はその円に吸い込まれて消えた。



「何!?」


「あのさぁ、私だけじゃなく、町にも被害が出るような戦い方はやめてくれない? 今の奴、私が吸収しなかったら確実に町を壊してたんだけど?」


「……町の住人全てを殺して平気な貴様が、町自体の心配か? 滑稽だ」


「あれは事故だってば。それに、この町はこれから復興していくかもしれないんだ。今あるものを壊されたら困る」


「復興だと? 魔物の住まう町に、復興などあり得ない!」


「……あー、本当に融通の利かない奴。光属性って、思考が凝り固まる呪いでも付属してるの?」


「そんなものあるわけなかろう!」



 闇の刃の勢いを押し切り、セレスがユーライに接近する。


 セレスの刃がユーライに届きそうになったが、そこでユーライの左を駆け抜ける者がいた。



「あ、クレア」



 クレアは雅炎の剣を振るい、セレスの胴を切りつける。


 雅炎の剣が優れているのか、クレアの力量が高いからなのか、あるいは両方か。セレスの鎧が大きく切り裂かれ、脇腹にも傷を負わせる。



「ぐっ」



 セレスは一瞬怯んだが、すぐに体勢を立て直す。背後から追撃を試みるクレアの剣を盾で防いだ。


 防いだのだが……その盾が二つに割れた。



「ちっ!」



 セレスが跳び、距離を取る。



「なんだ、その剣は……っ。王銀の盾と鎧が切り裂かれるなど……っ」



 忌々しげに言うセレスに、澄まし顔のクレアが応える。



「あなたも名前くらいは聞いたことがあるはず。これはリバルト王家に伝わる宝剣、雅炎がえんつるぎ。あたしでは力の全てを引き出すことはできないけれど、王銀の装備を切り裂くくらいは容易」


雅炎がえんの剣……だと? どうしてそんなものがここに……?」


「その様子だと、ことの経緯は聞いていないのね。話を聞くつもりがあるのなら話すけれど、代わりにユーライを殺すのは諦めて」


「私はそいつを殺す。それは変わらない」


「……そう。聖騎士でもないのに、話を聞こうとしない人……。光属性の呪いね」


「そんな呪いはない!」


「……あたしはあると思ってる。光属性や聖属性を扱える者は、己が正義だと信じ込みやすい……。神様が自分を支持していくれているとか……。そのせいで周りが見えなくなってしまうのを、あたしはよく見てきた。例外はエメラルダくらい」


「黙れ。貴様もそいつの仲間なら、斬る」


「ああ、ちょっと待って。先に確認しないといけないことがある」



 クレアは待ったをかけて、ユーライの方を向く。



「ユーライ。とりあえず来てみたけれど、あたしはあいつと戦った方がいい?」


「……うん、まぁ」


「それは命令?」


「……命令ってことで」


「わかった。それなら、仕方ない」



(このやり取り、必ずしないといけないの?)



 ユーライはなんだか笑ってしまいたくなったのだが、そんな場面でもないと思い直し、溜息を吐くだけにした。

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