第29話 決着

 セレスとの戦いを再開。闇の刃はセレスの鎧を破壊できないのだが、クレアの剣は容易にセレスの防御を突破する。


 ユーライとクレアのタッグ攻撃により、セレスの体に傷が増えていく。



(クレアも強いけど、あの雅炎の剣も相当な代物だな……。今更取り上げるつもりもないし、私ではやっぱり宝の持ち腐れだけど、惜しいことをしたとは思っちゃうなぁ)



 ユーライが闇の刃でセレスの余裕をなくし、クレアが隙をついて攻撃。その繰り返しで、セレスはだんだんと弱っていく。


 弱らせることはできているのだが、決定打は与えられていない。セレスも攻撃されたらまずい箇所は心得ているようで、クレアの攻撃をそこから逸らしている。



(何かもう一手必要? 私の魔法、効きづらいんだよなぁ……)



 再度ペインを使っても、やはり効果なし。傀儡魔法で動きをとめようとしてもダメ。精神汚染も弾かれた。



(光属性の使い手、厄介だ。本当に戦いにくい。近づいて、魔力を吸収する? でも、吸収するならもっと近づかないといけない。有効範囲はせいぜい二メートル。ちゃんとやるなら触れないといけない。私は近接得意じゃないし、迂闊うかつに近づいたら斬られそう……。あ、従者強化ってのがあったか。クレアは対象になる。今まで必要なかったから存在も忘れてたわ)



 ユーライがクレアを強化しようとしたとき。


 一瞬、セレスがよろける。クレアはその隙を逃さずに急所を狙う一突き。


 それはクレアを誘う罠だったのか、セレスは容易くクレアの剣を受け流し、クレアの首を狙う。


 ユーライがとっさに闇の刃を操作してセレスの剣を逸らす。クレアの首が数ミリ斬られたが、切り落とされはしなかった。


 クレアがすぐさま反撃……する前に、セレスが血を吐いて膝をついた。



「……え?」



 ユーライは混乱したが、ふと気づけば、セレスの腹に剣が生えている。その剣を握っているのはギルカだ。


 ギルカはセレスの腹に剣を残し、もう一本の剣で今度はセレスの背中を刺す。セレスは倒れて動かなくなった。


 殺すつもりなら首を狙うだろうが、刺しているということは、相手の動きをとめるための行為だろう。



「……いつまで隠れているのかと思ったら、いいところだけ持って行くなんてずるい奴」


「うるせぇ。おれはただ隙をうかがってただけだ。人間誰しも、ここぞって場面では他への集中が逸れるからな」


「ギルカは隠密スキルか何かを持ってる?」


「まぁな。ろくでもねぇスキルだが、戦いには便利だよ」


「なるほど。その剣も特殊な力がありそうね」


「まぁな」


「……今後、こういうのが現れるだろうし、あたしたちもちゃんとお互いの戦力について話し合っておくべきかもしれない」



 そう言いながら、クレアが淡々とセレスの右腕を二の腕から切り落とす。



「うぐぁああああああああああああああっ」



(……え? 何? いきなり何をしてるのこの人?)



 ユーライが唖然としている間にも、クレアはさらに左腕もやってしまう。セレスはまた苦しそうに呻いた。表情も、女性としては浮かべてはいけないものになっている。



「あの、クレア?」


「何か?」



 クレアは至極冷静な雰囲気で、今度は右足を太股から切り落とす。



「あぐぅうううううううううううううう」


「うるさい。ちょっと黙ってて」



 クレアがセレスの顔を踏み抜く。鼻が折れたか、セレスの顔が大きく歪む。


 セレスが朦朧としている中、クレアはセレスの左足も切り落とす。セレスは、声にならない叫びをあげる。



「あのー、クレア?」


「ああ、ちょっと待ってて、ユーライ。死んでしまわないように止血をしないと」


「うん……」



 どうやって止血をするのかと思えば……。


 クレアの持つ剣に炎が灯る。


 その炎を、まずはセレスの右足断面に押しつける。


 じゅぅ、と肉が焼ける音がする。



「あぎゃあああああああああああああああああああ!」


「うるさい」



 クレアがまたセレスの顔を踏む。


 若干静かになったセレスの止血を、クレアが続ける。


 肉が焼ける。嫌な匂いが周囲に満ちる。セレスの絶叫が響きわたる。



「うるさいと言っているのに」



 止血を終えたクレアが、セレスの喉を踏んだ。セレスの声がやむ。咳き込んではいるが。



「それで、ユーライ。何か呼んだ?」


「……クレア、意外と大胆なことするなぁ」



 殺すつもりはなかったようだが、相当な狂気を感じる。



「……こいつがユーライを狙うのが悪い。殺されないだけありがたいと思ってほしい」



(んー? クレア、私が狙われたから怒ってる? 私のこと、そんなに大事にしてくれてたんだっけ?)



 クレアの心情は気になったが、余計な指摘になるかもと思い、ユーライは黙っておいた。 


 それから、肩をすくめながらギルカが言う。



「ユーライ様、こいつどうします? たぶん殺さない方がいいと思ったんで殺してはいませんが、今なら簡単に殺せますよ?」


「殺すとか簡単に言わないように。これからも敵は来るだろうけど、なるべく殺さない方針で」


「わかりました。けど、すみません。ユーライ様を守るとか言っておきながら、すぐに飛ばされちまいました」


「気にしないでいいよ。そのおかげで隙を突いた攻撃もできたんだし」


「ご理解いただきありがとうございます。しっかし、おれも情けないです。それなりに強いつもりでいましたが、まだまだです」


「こいつ、一等級なんだろ? 仕方ないさ。それはそうと……こいつ、今のうちに私たちへに攻撃できないようにしておこうか」



 セレスにはまだ意識がある。しかし、深手を負っているせいで、光魔法の防御が消えている。



「ぎ、ぎざま……何を゛……っ」


「軽い精神操作。まぁ、安心してよ。あんたの人格を壊すようなマネはしない。単に、私たちに対して攻撃できないようにするだけ」



 ユーライはセレスの額に右手で触れる。



「精神操作」



 魔法を発動し、セレスの心に縛りをつける。


 ユーライ、クレア、ギルカ、その他グリモワの町にいる人、及び町自体に対して、攻撃をできなくする縛りだ。攻撃しようとしても体が動かなくなり、魔法も使えない。また、自身でこの縛りを解く魔法があれば、それも行使できない。



(……ん? もしかして、精神操作って、隷属魔法と同等以上の効果があるんじゃないか? ま、まぁ、これはあえて指摘はしないでおこう。皆からの反応が怖い……)



「……よし、できた。まぁ、聖女とかに頼んだら解除できるのかもしれないけど、ひとまず完了」


「……ぐっ。いっぞごろぜっ」


「嫌だよ。私は無駄な殺生をしないんだ。ギルカ、剣はもう抜いていいよ。手足も戻してあげたいところだけど……」



 ユーライはクレアを見る。クレアは首を横に振った。



「この傷はすぐには治せない。切るだけじゃなく、傷口を炭にしまっている。回復薬を使っても、十日はかかる。上級なものなら話は別だけど……わざわざ敵に使うべきではない」


「そう……。じゃあ、十日くらいは我慢な。そっちが勝手に襲ってきたんだし、それくらいの代償は支払え」



 セレスからの返事はない。忌々しそうに、顔をしかめるのみ。



「あ、クレアの首は大丈夫? 斬られてたけど……」


「大丈夫。傷は浅い。だけど、傷の治りが遅い……。光属性の攻撃はやはり毒……」



 クレアの首からはまだ血が滴っている。アンデッドは普通の人間より回復力が高いので、軽い切り傷でまだ血も止まっていないのは異常事態だ。



「早く治す方法はあるかな?」


「おそらく、ユーライが魔力を注げばすぐにでも」


「へぇ? そうなの?」


「あなたの魔力があたしにとっては回復薬の代わりになる。はず」


「よく知ってるな」


「知っているわけじゃない。ただ、そう感じる。あなたと寝ていると妙に体の調子がいいから、あなたの魔力はあたしにとって薬になると予想した」


「あ、そうだったの? まぁ、試してみよう」



 ユーライはクレアの傷口に手を当てる。首の右鎖骨から少し上辺りに、横幅五センチほどの切り傷がある。



(魔力を込める、か。こんな感じ?)



「んっ」


「ん? 大丈夫?」



 クレアがほんのりと艶っぽい声を出したかもしれない。



「……問題ない」


「そう? ならいいけど」



 ユーライが魔力を注ぎ続けると、クレアの傷が治っていく。数十秒ですっかり元通りになった。



「良かった。もう大丈夫かな?」


「……ありがとう。地味に痛いのがなくなって助かった」



 ユーライがほっとしていると、ギルカが言う。



「ところで、上の奴はどうします?」


「ん?」



 ユーライが上空を仰ぎ見ると、セレスを連れてきただろう巨大な鳥が、まだ上空を旋回していた。



「狩って皆で食いますか?」


「……やめてあげな。ずっと旋回してるだけってことは、戦闘力もないんだろ。セレス、あれ、どうしてほしい? 放っておけば勝手にどっかいく?」



 セレスからの返事はない。



「まぁ、いいや。放っておく。セレスは一旦城に連れて行こう。それで、傷が癒えるまではお世話してあげよう。ギルカ、ちょっと運んで」


「わかりました!」



 ギルカがセレスを抱える。残った手足については、ユーライとクレアで運んだ。

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