第94話 竜

 紅い竜は、ゆっくりと地上に降りてくる。戦う意志はないようで、ユーライに先制攻撃を仕掛けてくる気配はない。


 町が半壊しているおかげで、十メートル級の竜が降り立つスペースには困らない。竜は広々とした空間に悠々と降りたった。


 美しい竜だ。紅い鱗が陽光に煌めき、長い首としなやかな体躯が流麗な曲線を描いている。



「ユーライ、こいつ、何? 野生のドラゴン?」



 リフィリスがユーライの後ろに隠れる。



「私も知らない。たぶん、危険な相手ではないよ」



 紅い竜は黒い瞳をユーライに向ける。顔つきは厳ついが、その目には知性を感じられた。


 危険はないだろうと、ユーライは闇の刃を消す。



「……アンデッドの娘。ここに、魔王がいると聞いた。それは本当か?」



 男性なのか、女性なのか、体の大きさの割には高い声。



(邪神が言ってた、知性のある魔物か。ついに来たな……)



 もう少し暖かくなってから来ると予想していたが、この竜には寒さなど問題ないらしい。



「私がその魔王だよ。まぁ、肩書きだけの魔王だけど」


「ふむ……? そなたが魔王だと……? 魔王の気配は感じないが……?」


「今は魔力を隠してるし、魔王としても振る舞ってないからかな」



 魔王としての力は、オンオフ切り替えられるらしい。普段は必要ない力なので、オフにしている。



「……ほぅ。まぁ、良い。ただの魔物にしか見えぬが、魔王を名乗るからには相応の覚悟があるのだろうな」



 竜の目がすっと細められる。



「覚悟……?」


「そなたが魔王だと言うのなら、我がブレスを防いで見せよ。さもなくば、魔王の名を騙る愚者として即刻死ね」


「は?」



 紅い竜が大きく息を吸う。


 直後、口から灼熱の炎を吐き出した。



「……吸収」



 天使ではなく、普通の魔物による攻撃であれば、これだけで十分だった。ユーライは炎を全て吸収していく。


 三十秒ほどは炎が吐き出されたが、ユーライはそれを軽く防ぎきった。


 それを見て、リフィリスがはしゃぐ。



「おお……! ユーライ、やっぱり強い……!」


「聖属性の攻撃じゃなかったらこんなもんだよ」



 天使の攻撃は少々厄介だった。今回はそれよりも各段に対処が楽だ。



「むぅ……。町を焼き尽くす我がブレスをあっさりと……。では、こちらはどうだ?」



 紅い竜が体勢を変え、長い尾をユーライに叩きつけようとする。


 ユーライは物理的な攻撃を防ぐ盾を持たない。しかし、相手がただの竜であれば、対処は難しくない。



傀儡かいらい



 ユーライは紅い竜から自由を奪い、尻尾の叩きつけを停止させる。さらに、足をもつれさせて転ばせた。



「ぐあっ」



 紅い竜は顔面から地面に突っ込んだ。体は頑丈そうなので怪我もないだろう。


 ユーライは傀儡魔法を解除してやる。



「な、なんと……。我が肉体までもあっさりと支配するとは……」


「これでわかったか? 私は強いって」


「むぅ……。それは理解したが……。しかし、くれないの一族として、全く歯が立たぬというのでは立つ瀬がない……っ。我が全力の一撃、受けてみよ!」



 紅い竜が翼を広げ、力を溜め始める。



「……おいおい。町を破壊するような真似はやめろよ? 流石に怒るぞ?」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 紅い竜は力を溜めている。ユーライの声など届いていない。



「ユーライ!」


「ユーライ様!」


「魔王様!」



 クレア、ギルカ、フィーアの三人が集まってくる。三人は竜が現れたすぐ後に外に出てきていたが、しばらく様子をうかがっていた。流石にただ傍観していられる状況でもないと思ったようだ。



「大丈夫! 私がなんとかする! 皆は下がってて! 危ないから!」



 紅い竜の溜めが終わる。魔力の高まりで、周囲の空気までも一気に熱を帯びている。熱風がユーライの頬を撫でた。


 紅い竜が魔力を解放。紅蓮の業火がその口から吐き出される。


 空間を焼き尽くすような熱。しかし、それもユーライにとっては、先ほどのブレスと大差はない。



「吸収」



 どれだけの魔力が込められていようと、紅い竜の魔力量はせいぜい数十万程度だろう。ユーライの二百万越えの魔力量には到底及ばない。


 ユーライは業火を難なく吸収し、己の糧とする。



「なんと……。我が全力の紅蓮哮ぐれんこうでも傷一つつかぬか……っ」


「私にとっては、さっきのブレスとそう変わらなかったよ」


「く……っ。なんという実力差……っ」


「これで私が魔王だって理解したとは思うけど……好き勝手攻撃してきた分、私からのお返しも受け取ってくれ。悪鬼、召喚」



 紅い竜に匹敵する、十メートル級の悪鬼を召喚。赤黒い筋肉質な体に、厳つい鬼の顔。悪鬼は物理攻撃がメインなのだが、圧倒的に重く速い一撃は、大抵の魔法よりもよほど威力が高い。


 悪鬼を見て、紅い竜が若干ビビる。



「お、おお……っ。これは……なんとも……立派な……巨人……」


「巨人の一撃、食らっとけ」



 悪鬼が右の拳を振り上げる。紅い竜は逃げようとするが、ユーライは傀儡魔法で動きを阻害。



「待て待て待て待て待て待て待て! この一撃は……っ」


「町だって危なかったんだよ。バーカ」


「ぎゃふん!?」



 悪鬼の拳が紅い竜の脳天に振り下ろされた。頭部が地面に叩きつけられ、軽い地震が起きた。


 紅い竜は気絶し、長い舌をでろんとはみ出させている。



「……やりすぎたか? 死んでないよな……?」



 ユーライは悪鬼を消滅させつつ、紅い竜を霊視で確認。魂は抜け出ていないので、死んではいない。



「……ま、大丈夫だろ」



 ユーライが軽く流したところで、クレアたち三人も近づいてくる。



「怪我は……なさそう。流石、ユーライ。相変わらずの規格外」


「おれでもこの竜はビビりますけど、ユーライ様からするとただの大きなトカゲって感じですね……」


「魔王様はやっぱり魔王様です! 巨竜さえも寄せ付けぬ圧倒的な強さ! わたくし、胸がキュンキュンします!」


「まぁまぁ、落ち着いて」



 フィーアが抱きついてこようとするので、無理矢理引きはがす。


 クレアも手伝ってくれて、無事にフィーアが離れる。


 クレアはフィーアを羽交い締めにしながら、ユーライに問う。



「それで、この竜は何?」


「さぁ……なんだったんだろう? 私を殺しに来たわけではなさそうだけど……」



 結局何をしにきたのか聞く前に撃沈してしまった。


 平和のために話し合いに来ていたのなら、少しまずいかもしれない。



「ま、まぁ、先に攻撃してきたのは向こうだし、目を覚ましたらゆっくり話を聞いてみよう……」



 その後、紅い竜が目を覚ますまでに一時間はかかった。

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