第95話 魔物
ユーライたちはしばし暖かい家の中で待機していた。
紅い竜が動き出すのを確認したら、ユーライたちは再び外へ。今回はリピアも加えた六人が一緒だ。
紅い竜は寝ぼけているような雰囲気でしばらく辺りを見回し、ユーライたちの接近を確認してハッと意識を覚醒させた。
「よぉ、目が覚めたようだな。頭は痛むか?」
「……痛い」
「ちょっとやりすぎたな。ごめん」
「うむ……我も、力試しとして少々やりすぎた。申し訳ない」
「今回で終わりにしてくれればそれでいい。ちなみに、私が魔王だってことは理解した?」
「理解した。しかし、なぜ貧弱そうな上、魔王としての気配がないのだ……?」
「さっきも言ったけど、魔力は隠蔽魔法で隠してるんだ。周りを怖がらせないためにさ」
ユーライは隠蔽魔法を解除。魔力を解放すると、紅い竜が目を見開く。
「なんと……っ。圧倒的な魔力……っ。我ら竜種さえも遙かに越える……っ」
「わかってもらえたか?」
ユーライは魔力を再び隠蔽する。紅い竜がほっと一息。
「そなたの力量は理解した。しかし、魔王の気配とはまた違うように思う」
「うん。魔王として振る舞ってないからさ。今のは、単にダークリッチプリンセスとしての力だよ」
「ふむ……?」
紅い竜が首を傾げる。
「えっと……どうも、私が魔王として振る舞うか、そうじゃないかで、気配が変わるらしいんだよ」
「……ふむ。そうなのか。しかし、そなたのような魔力を宿す者がそう何人もいるはずもない。実力、魔力、共に魔王に相応しい。全く魔王らしい雰囲気がないが……」
「言ったろ? 私は肩書きだけの魔王だよ。世界の支配とかは考えてない」
「そうか。珍しいこともあるものだ」
紅い竜は拍子抜けした様子。
「私はユーライ。あんたは?」
「我はラグゥ。竜種を代表し、魔王の様子を確認しに来た」
「様子を確認して、どうするつもりなんだ? 討伐?」
「討伐は考えていない。一介の魔物が魔王を倒すなど不可能だ。ただ、どんな魔王が現れたのかは知る必要があった。必要ならば逃げるためにな」
「逃げる? 魔王って、普通は魔物にとっても脅威なわけ?」
「魔王は概ね魔物を従えて人間の世界を蹂躙するという。しかし、我らはそれに巻き込まれたくない。故に逃げる。ただ、一時魔王の気配を察知したものの、その気配は消えてしまった。何がどうなっているのか、状況を知りたかった」
「ふぅん。それにしても、魔王を名乗る相手に力試しとか、結構危険なんじゃない?」
「うむ。そなたがもっと魔王らしい魔王であればすぐに引き下がった。だが、ただの
「矮小な小娘ってのは、的外れでもないよ。私は規格外に強いだけで、中身は何の変哲もない一般人だから」
「……そうであったか。であれば、今代の魔王は何を望む?」
「私は平穏に暮らしたいだけ。世界を蹂躙することも、支配することもしない」
「平穏を望む魔王。随分と奇特な存在だ……。しかし、それも本当なのであろうな……」
ラグゥがユーライの側に立つクレアたちを順に見ていく。
そして、フィーアに視線を止めた。
「この娘だけ、雰囲気が違うな。この娘には世界の破滅を望むような暗い陰が見える」
「ああ、うん。フィーアはちょっと特殊だから。私と一緒に世界を滅ぼしたいんだって。でも、それはフィーアの個人的な希望にすぎない。今は精神を病んでるけど、私が抑えるから無害な女の子だよ」
「そうか。ならば良い。そして、これで我の役目も終わりか」
「私は無害な魔王だって納得してくれた?」
「うむ」
「それは良かった。あのさ、ここに来たついでに、ラグゥみたいな魔物たちについて教えてくれない? どこにいて、魔王が現れたことをどう思っているのかとか」
「それくらいは構わん」
「ありがと。助かる」
ラグゥが話してくれたことによると。
この世界に、ラグゥのように知性があり、言葉も話せる魔物は相当数存在している。割合で言うと魔物のうちの一割程。同じ種族でも、知性のある者とない者がいるから、少しややこしい。
知性のある魔物は、半数以上が人間の目に付かないところでひっそりと暮らしている。人間は問答無用で魔物を敵と見なす傾向があるので、なるべく関わらないようにしているのだ。竜はその類。
中には、密かに人間と共存している者もいる。吸血鬼やサキュバスなど、人間との関わりが必要な魔物は、人と魔物が一緒に暮らしていることもある。ただ、必ずしも友好関係を築いているわけではなく、魔物が人間を飼っていることも珍しくない。
一部の者たちは、積極的に人間と戦っている。オーク、オーガ、トロール、ミノタウロスなどがこの部類。
そして、知性ある魔物にとって、魔王の登場は色々と悩ましいことらしい。
魔王が現れると魔物は活性化して強くなる。それは良い変化。
しかし、魔王には魔物を従える力があり、命じられれば魔物は魔王のために戦うようになる。ときには正気を失う。
争いを望まない者たちにとっては、魔王の出現は迷惑でしかない。
一方、人間と戦いたい者たちにとっては、魔王という強力な後ろ盾と共に暴れられるのは喜ばしい。
ただし、歴史上、魔王が人間世界を蹂躙することはあっても、最終的に討伐される形で終わっている。
魔王が現れれば、それに呼応するように勇者が生まれる。魔王は勇者に勝てず、討伐されてしまう。
最終的に負けるとわかっているのに魔王の仲間になりたがるのは、主に暴力を好む魔物。
その連中が、今後魔王の仲間になろうして集まってくる可能性は高い。
「色々聞かせてくれてありがと。でも、魔物が集まってきても困るな。私、人間を攻めるつもり皆無だし」
「うむ……。しかし、世界中の魔物が、既に魔王の気配を察知したことだろう。今後、魔物たちに動きがあるのは間違いない」
「魔王の気配を隠しててもダメ?」
「わからぬ。我は人間に多少
「……ま、あまり期待しないでおくよ」
「それが良かろう」
今後、また厄介事に巻き込まれそうな気配をひしひしと感じ、ユーライは溜息。
「話を聞けて良かった。ラグゥはこれからどうする? もう帰る?」
「そうだな。我は里に帰り、仲間に危険はなさそうだと伝える」
「わかった。それじゃ、もう会うこともないかな?」
「いや……いずれ、また動向を確認しに来る」
「わかった。またな」
「うむ」
ラグゥが翼を羽ばたかせ、体を宙に浮かせる。
そのまま空の彼方へと飛び去っていった。
「人間の相手をしたり、魔物の相手をしたり、魔王って面倒だなぁ」
ラグゥの背中を見送りながら、何事もなく過ぎてほしいと、ユーライは願った。
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