第96話 非常

 ラグゥが去ってから三日。


 魔物たちがグリモワにやってくることはなく、ユーライたちは穏やかな日々を過ごしている。


 魔物対策や町の復興については色々と考えたり相談したりはしており、多少の進展を見せている。


 ただ、町の復興については、専門の者がいないので、結局のところ何も進展はしていないのかもしれない。



「魔物たちがこっちに来たらとりあえず追い返すとして、町を復興させるんだったら専門家を連れてこないとどうにもできないな」



 ユーライはクレアと共に町を散歩しながら、今後のことを話す。


 クレアはユーライと腕を組み、必要以上に寄り添いながら返事。



「うん。あたしたちにできることはあまりないから、ユーゼフとルギマーノのギルド長とももっと相談してみるべき」


「だな」


「ただ……半分以上の建物が倒壊している状況なら、復興には時間もお金も労力もかかりすぎる。復興にこだわらなくても良いかもしれないとは思う。ここを離れるのも、悪くはないのかなって」


「そうだなぁ。どうしても復興しなきゃいけないわけじゃないもんな。私たちを受け入れてくれる場所があるなら、そこに行ってもいいのかも……」


「それもまた難しい問題ではある」


「うん。難しいところ。ま、中央にでかい広場がある町ってことにしてもいいけどな」


「それも悪くない。人がいないのに、建物だけがあっても仕方ない」


「人を集めればいいっていう状況から、もっと長期的な計画が必要になった。私たちの寿命は長いみたいだし、のんびりやっていくのも良いさ」



 アンデッドには寿命がない。放っておくと二百年でも三百年でも生き続ける。


 長い人生なら、少しずつ変化していく町を眺めていくのも、良い過ごし方なのかもしれない。



「長い人生、あたしとユーライで、のんびり過ごしていこう」


「……私とクレアと、リピアもな? 私はリピアがいなくなったら寂しいよ?」


「リピアは別の誰かのところに嫁に行く予定」


「勝手にリピアの予定を作るなよ。そりゃ、リピアが本気で誰かを好きになって、嫁に行きたいっていうなら、止めはしないけども」


「リピアのために、良い人を探すのも今後の予定に組み込まないと」


「何を考えてるんだか」



 ユーライが軽く溜息をついたとき。



「勝手に変な予定を組み込まないでよね! あちしだってユーライの側を離れるつもりなんてないんだから!」



 リピアが現れて、クレアに文句を言った。



「なぜリピアがここに? 今はあたしとユーライの時間のはずだけど?」


「それはわかってる。ただ……リフィリスが見当たらなくて。もしかしてユーライたちのところに行ったのかなって思ったんだけど、来てない?」



 ユーライとクレアが顔を見合わせる。



「こっちには来てないと思う」


「あたしも見てない」


「そう? じゃあ、どこだろ……? あちしたちと一緒にいたのに、ふと気づいたら姿が見えなくて……」



 リピアが心底不思議そうに首を傾げている。


 ユーライは、少し嫌な予感がした。



「……私が探してみよう」



 リピアにもらった指輪、第三の目を使い、町の様子を広く確認してみる。


 ダークリッチプリンセスになってから、この指輪を使うと町一つ分くらいの状況はだいたい見える。見えすぎて他人のプライベートも覗き見してしまうため、普段は使わないのだが、今は非常事態かもしれない。


 ユーライは、リフィリスの行動範囲をさっと確認。もっと視野を広げても、リフィリスの姿は確認できない。感じ取れる精度はリピアに劣るものの、リフィリスの気配を見落とすことはありえない。



「……リフィリスが、町にいない」



 ユーライは焦る。リフィリスが自分からどこかへ行ってしまうことはまずありえない。リフィリスに、この町以外に行く当てなどない。


 つまり。



「リフィリスが誘拐された……?」


「誘拐……?」


「嘘……」



 リフィリスは、人間側にとっては特別な存在だ。勇者の称号を持ち、魔王を倒すための重要な戦力。


 誘拐されてもおかしくない存在なのは確かだ。



「リピアが一緒にいても気づかなかったなんて。相手はギルカ並の実力者か……?」


「あ、あちし、自信はないんだけど、もしかしたらほんの少しだけ、意識を失ってたかも……」


「ん? どういうこと?」


「リフィリスがいなくなる前、ほんの少しの間だけ意識がぼうっとした瞬間があったんだ。気のせいかもしれない程度だったんだけど、あれは催眠の魔法か何かをかけられたんだと思う……」


「なるほど。ちなみに、リピアは特に怪我とかない?」


「あちしは平気。何も変わったところはないよ。他の皆もそうだと思う」


「リフィリスだけに狙いを定めて、速やかに誘拐していったのか……。手際がいい。一体誰の仕業だ?」



 誰にも知られず、ひっそりと連れて行かれたのでは、誘拐犯の探しようがない。


 生き残りの教会関係者が誘拐犯である可能性は高いが、確証はない。



「リフィリスを殺したいなら、その場で殺せば良かった。殺してないってことは、生かしてく必要があるってこと。だからすぐに殺されることはない。でも、早く助けてやらないと」



 せっかく会えた、二人きりの同郷の仲間。リフィリスが自分でどこかに行くのなら止めないが、誰かに連れていかれたのなら、探し出して連れ戻す。


 しかし、連れ戻すにしても、相手がわからないのでは動きようがない。


 ただ強いだけというのは、こういうときに無力だ。



「なぁ、クレア、リピア、こういうとき、どうすればいいんだろ? 誘拐犯が誰かわからないんじゃ、私はどうしようも……」


「ユーライ、落ち着いて。何か手がかりが残っているかもしれない。まずはそれを探してみよう」


「あ、ああ……」


「あちしも一緒に探す。きっと何か見つかるよ」


「うん。ありがとう」



 ユーライは二人と共に、普段生活している家に戻る。



(リフィリス……。無事に帰ってきてくれよ……っ)

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