第97話 不本意

 リフィリスが誘拐された。


 グリモワにいる面々でその誘拐犯の手がかりを探したが、残念ながら何も見つからなかった。リフィリスの誘拐だけを密かに実行し、去っていったらしい。



「どうしよう。リフィリスを探せない……」



 ユーライは、普段生活している家屋のリビングで肩を落とす。


 一緒に手がかりを探してくれたクレア、リピア、ギルカ、ラグヴェラ、ジーヴィ、フィーアも一旦リビングに集まっており、フィーアを除いて表情を曇らせている。



「魔王様と勇者が一緒に暮らしている方がおかしいのですし、いなくなっても別に構わないのではありませんか?」



 フィーアは気軽にそんなことを言った。



「この状況は確かに変だけどさ。リフィリスは余所にいると色々なしがらみがあって窮屈に感じちゃうんだよ。まだ小さい子供なんだから、ここで自由に生活させてやりたい」


「その結果、魔王様を越える力を身につけて、魔王様に刃向かう可能性もあります。実のところ、早めに殺しておいた方が良いとわたくしは思っておりますよ?」


「いつか私を殺しにくる可能性はあるかな。でも、リフィリスとなら、そういう事態にならないようにできるかもしれない。殺すつもりはない」


「……前から思っていましたが、魔王様はまだ幼い勇者を随分と信頼していらっしゃるのですね? あの年頃の子供がどう変化していくかなど、わかったものではありませんよ?」


「まぁ、な」



(本当に五歳児だったら、不安定で危うい存在だと思ったんだろう。相手は中身が十七歳くらいだから、五歳児ほど不安定ではないんだよ)



 ユーライはそう思うが、説明は控えておく。



「……どう変化するかわからないからって、今のうちに殺しておこうなんて思わないよ。私を殺しにくるなら、そのときに反撃すればいい」


「そうですか。……ふむ。勇者が力を付けてから魔王様に楯突き、二人の死闘が世界を破滅させるというシナリオも悪くありませんね。わたくしも勇者の育成に尽力します!」


「変な未来図を想像するなよ」



 フィーアのぶれない思考に、ユーライはエマを思い出す。信じるものや信念は別だが、頑固さには通じるものがある。



「ところで魔王様」


「何?」


「おそらくですが、教主様なら勇者の居場所もわかると思いますよ?」


「……え? 何で?」



 ここで教主の話題が出てきたことに、ユーライは驚く。



「魔王教団は世界中に無数の信徒がおります。もしかしたら勇者誘拐に関わった者の中に、信徒が紛れ込んでいる可能性があります。

 そうじゃなかったとしても、信徒の中には人探しを得意とする者もいるでしょう。

 教主様の協力があれば、手がかりがなくとも勇者を見つけることは可能だと思います」


「……希望は見えたけど、あの教主を頼りたくないな」



 ユーライは、胡散臭い教主エルクィドを頼るのに抵抗がある。クレアたちも渋い顔をしている。



(表向きは私に協力しようとしている。一緒に戦おうってわけじゃないし、人探しに協力してもらうだけなら問題ないか……?)



 そもそもこの誘拐事件について、裏で手を引いているのは教主ではないか? そんな疑いさえある。



「うーん、リフィリスが危ないかもしれないし、利用できるものはなんでも利用するべきか。……あ、そうだ。なぁ、リピア。リピアの村には、人探しができそうな人、いない?」


「そういう特殊な力を持つ人はいない……」


「そっか。ま、いるなら先に教えてくれてるよな。一応、ユーゼフとルギマーノの長にも訊いてみようか。それでダメなら、教主を頼るしかない」



 それから、ユーライは二つの町の長に、人探しが得意な者がいないか、確認してみた。


 残念ながら、そういう力を持つ者は町にいないそうだ。


 冒険者ギルドの関係者の中には、人探しを得意とする者がいた。しかし、魔王のために協力させることはできなかった。


 結局、今の状況で頼れるのは教主エルクィドだけということに。


 気が進まないながらも、ユーライはフィーアを通してエルクィドに勇者の捜索依頼を出した。


 エルクィドは快くそれを引き受けてくれたそうで、依頼した一時間後には、誘拐犯もリフィリスの居場所を突き止めた。


 リフィリスを誘拐したのは、ニールという暗部の者。その雇い主は、リバルト王国の西にある、ノギア帝国の第二皇子。


 そして、ニールとリフィリスは、ノギア帝国方面に移動中。目的地は不明で、従えた鳥型の魔物の背に乗り、高速で移動している。だいたいの場所はわかるが、現在の厳密な居場所はわからないし、リアルタイムでも追えない。向こうが目的地に到着してからでないと、追いかけても無駄足になる可能性は高い。


 リフィリスを探しに行く手がかりが掴めたことに、ユーライは喜んだ。エルクィドを頼ったことで後々何か悪いことが起きないかと不安でもあったが、そのときはどうにかするしかないと諦めた。



「リフィリスの現在地はわからなくても、まずは少しでも西に移動しておこう」



 ユーライはそう判断して、手早く準備を済ませてから移動を開始した。



 * * *



(気がついたら誘拐されてたんだけど、命の危機じゃないよね? 殺すつもりならさっさと殺してるだろうし)



 青い巨鳥の背に乗るリフィリスは、不安な心を落ち着けようとする。


 リフィリスを誘拐したのは、全身黒ずくめの何者か。触れた感じの柔らかさだと女性なのだが、目元さえも薄い布で隠しているため、はっきりとはわからない。



「ねぇ、どうして私を誘拐したの? 私、殺されるの?」



 リフィリスは黒ずくめに話しかける。青い巨鳥には鞍がつけられており、黒ずくめとリフィリスは前後でその鞍に腰掛けている。


 リフィリスは腕には、魔封じの枷。完全に魔法を封じられるわけではないのだが、魔力に反応し、失神に至るほどの激痛を引き起こすので、魔法をほぼ封じることができる。



「……小生は詳細を答えられない。ただ、お主が殺されることはないから、安心せよ」



 その声は女性のものだった。そして、本当に殺すつもりはないのだろうことも、犯罪組織にいるような人間ではないだろうことも、リフィリスは察した。



「まぁ、殺すつもりなら、誘拐する前に殺してるよね。じゃあ、あなたは誰で、どこに向かっているの?」


「ニールと呼べ。向かう先は自ずとわかる」


「……職業は、暗殺者か何か?」


「そんなところだ」


「そう……。殺しも請け負うけど、今回は誘拐するだけって感じかな?」


「そんなところだ」



(ニール自身に危険な雰囲気はない。でも、向かう先で何をされるかはわからない。危険がないわけじゃないよね。また生け贄を捧げて天使を召喚するなんてのは嫌……。

 ユーライ、私を探してくれてるよね? 早く見つけてね……)



 ユーライの強さは、リフィリスもわかっている。ただ、人探しの能力については決して高くはないだろう。いつか探し出してくれるだろうが、それがいつになるかはわからない。


 見つけるのに何ヶ月もかかって、その間にリフィリスが辛い目に遭う可能性も十分にある。



「……ねぇ、ニール。一応忠告しておくけど、誘拐なんて止めた方がいいよ? 私、魔王のユーライと友達だから、魔王を敵に回すようなものだよ? 魔王はすごく強くて、その気になれば町を一つ……ううん、国を一つ滅ぼすくらい、簡単なの。今なら軽い罰で許してくれると思うから、私をグリモワに帰してくれないかな?」


「そういうわけにはいかない。小生はこの仕事をまっとうせねばならない」


「でも、きっと良くないことが起きるよ」


「そうかもしれないな」


「それがわかっていても、私を誘拐するの?」


「ああ、そうだ」


「変なの。わけわかんないよ」


「そうだろうな」



 リフィリスは、ニールの意図がわからず首を傾げる。



「それにしても、お主はその歳で随分と大人びている。勇者とは早熟を促すのか?」


「……そうかもしれないね」



 実際の精神年齢は十七歳なので、とは言わない。


 なお、たまに年齢について疑問を持たれることはあるが、あえて子供っぽく振る舞うこともしていない。十七歳が演じる子供っぽさにはやはり不自然なところがあるので、逆に怪しまれてしまう。年齢よりも大人びていると認識させる方が楽だった。勇者は特別だからそういうこともあるだろう、と思ってもらえる。



「……しかし、勇者のお主と魔王が同じ町で仲良く暮らしていたというのも不思議なものだな」


「まぁね。昔の勇者と魔王がどうだったかは知らないけど、私とユーライは友達なの。無駄に争ったりしないよ」


「……そうか。だが、それを好まぬ者も少なくない」



 ニールが軽く溜息をついた。誘拐犯はニールだが、自ら進んでそうしているわけではなさそうだ。


 リフィリスとニールの会話は、そう盛り上がるわけでもない。


 居心地が良いとは言えない空の旅が、しばらく続いた。

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