第101話 ワンシーン
* * *
内側から溢れ出てくる力を、リフィリスはどうしても制御できなかった。
『魔王を殺せ』
誰かの囁きと共に生じる、魔王討伐への衝動。抗うことはできず、衝動のままに魔王へ攻撃することしかできない。
最初に召喚した五体の天使は、ユーライたちに倒された。
リフィリスはほっとすると同時に、口惜しい気持ちにもなってしまった。
(ユーライはもう私の大切な友達。殺すなんて嫌。なのに、殺せなくて残念だなんて思いたくない……っ)
現状、リフィリスはフィーアの土魔法によって拘束されている。魔法はまだ使えるのだが、魔王以外への攻撃衝動については、リフィリスが辛うじて押さえ込んでいる。
何度か新たな天使を召喚しようとしたが、それはフィーアとギルカによって倒されている。リフィリスはそれに感謝している。
「……もう、勇者なんて嫌だ。変な称号のない、普通の人になりたい」
自分の周りで誰かが傷つくことも、死ぬこともない。
おかしな衝動で、誰かを攻撃することもない。
友達とただごく普通に過ごす、平凡な人になりたい。
「私のせいで色んなものがおかしくなってる……。これが神様の望みなの?」
どこかにいるらしい、神様。
エメラルダはときにその声を聞くことがあるらしい。リフィリスが聞いている声と同じかどうかは不明だ。
神様はこの世界を造ったが、人間の前に現れることはない。ただ、何か重大な出来事が起きると、聖女などを通して世界を正しい方向へ導く。
聖都では、そんな話を聞いた。本当に正しい方向へ進んでいるのかは、リフィリスには判断が付かない。
(称号を剥奪するスキルとかないのかな……。ユーライならできるんじゃない? あれだけ強いんだから……)
「……ユーライ、助けて」
リフィリスが呟いたとき、魔王への殺害衝動が強くなる。ユーライが近づいているのがすぐにわかった。
何か策でもあるのだろうか。そうであってほしい。
「あああああああああああああああああああ!」
リフィリスは衝動に任せて、ユーライたちの方へ攻撃を放つ。
聖王の光。魔物やアンデッドを消滅させる、強力な攻撃魔法。
しかし、その光でもユーライを倒すことはできない。魔力が強化され、威力は上がっているが、ユーライの力量には及ばない。
やがて、ユーライがまたリフィリスの前に立つ。
「フィーアは拘束を続けて。あと、皆、少し離れてて」
破壊衝動が一層高まり、リフィリスは何度も攻撃を繰り返す。
ユーライはその全てを受けきる。
どうやら、リフィリスにまずは魔力を使い切らせるのが狙いのようだ。
その狙い通り、次第にリフィリスの魔力が尽きてきた。町一つを軽く消し飛ばすくらいの魔力も、ユーライを消滅させるには至らない。
「はぁ……はぁ……はぁ……。ユーライ……ごめん……」
残りの魔力を振り絞り、リフィリスはまた聖王の光でユーライを攻撃。ユーライはまたそれを黒い盾で防ぎきる。
「私は平気だから、安心して。この町は色々あったみたいだけど、私たちは誰も傷ついてない」
「ごめん……」
「勇者ってのは大変だな。なんか正しいことをしなくちゃいけない感じがするし、魔王を討伐する使命みたいなものも課せられるし。神様って何を考えてるんだろう? 振り回されるこっちには本当に迷惑な奴だ」
ユーライがリフィリスの頭に手を触れる。
「リフィリスも、いい具合に疲れてきたな?」
「うん……。でも、どうするの? また、精神操作?」
「いや、精神操作じゃ足りないだろうな」
「……私を殺す?」
「まさか。リフィリスを殺すわけない」
「私たち、一緒にいたらいけないのかな? 勇者と魔王、だもん……」
「なんかそれ、私が男の子だったら、恋愛もののワンシーンみたいだ」
「……私、ユーライのこと、好きだよ」
「ありがと。私もリフィリスのこと、好きだよ」
ユーライが優しい笑顔を浮かべる。これが男の子だったら、リフィリスはきっと胸をときめかせていたのだろう。相手は可愛らしい女の子だから、ただほっとする。
「色々考えたけど、結局これしかなさそうだ。ちょっとばかり面倒な事態にもなりそうだから、皆でなんとかしていこう」
ユーライはふっと息を吐き、真剣な顔をする。
「我は、暗黒の魔女にして、魔王フィランツェル。神の使徒たる勇者、我がものとしてくれよう」
いつもと違う、重々しい響きのある言葉だった。魔王として名乗ってから、その雰囲気も大きく変わる。
小さな体から放たれる超常の魔力は世界を覆ってしまうのではないか。リフィリスにはそう感じられた。
「勇者リフィリス。闇に、堕ちろ」
リフィリスの中に、真っ黒な何かが侵入してくる。それは精神も心も魂も汚し、作り替えていく。
胸に沸き起こる絶望、苦痛、憎しみ、そして強烈すぎる破壊衝動。
魔王に対する討伐の衝動に匹敵する、世界の破壊を希求する衝動だ。
(ダ、ダメだよ! こんなのダメ! ユーライを攻撃することはなくなっても、今度はユーライも含めて全部をぶち壊したくなっちゃう!)
「あ……か……ユー……ラ、イ……」
ユーライの力に抵抗しようにも、もはやリフィリスに力は残されていない。
あっさりと己の全てが真っ黒に染められてしまう。
理性もほぼなくなり、ただただ世界の破壊を望んでしまう。まるで、歴史に記される魔王そのもの。
破壊、あるいは悪の化身に、リフィリスは変貌した。
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