第100話 堕天使

 リフィリスが単独で召喚した天使は、十代の少女の姿をしていた。軽装の鎧をまとい、右手に剣、左手に盾を装備。イメージは天使というよりワルキューレに近いかもしれない。



「とりあえず、あいつらを倒そう。前回の奴よりは楽かな」



 ユーライはクレアとリピアを強化しつつ、無数の闇の刃で向かってくる天使たちを攻撃。


 鎧の天使より防御力は低いのか、体中に傷を負わせることができた。ただ、深手にはなっていないし、本質的にダメージになっているかは不明だ。痛みを感じている様子もない。



「クレア! 私があいつらの動きを止めるから、クレアがトドメを刺していってくれ!」


「わかった」



 ユーライは闇の刃の雨で天使たちを上空から攻撃。天使たちは勢いに押されて地面に落ちてくる。



(攻略法が同じなら、私とクレアの敵じゃない……)



 ユーライがそう思った矢先、落下中の天使たちが歌い始めた。


 人間からすれば、きっと高く澄んだ美しい歌声。


 しかし。



「う……っ」



 ユーライにはその歌声が酷く不快だった。人間としての感覚で言うなら、黒板を爪で引っ掻くような音を、より酷くした雰囲気。


 ただ不快なだけではなく、明確に精神が乱され、魔法を使いにくくなってしまう。明らかに闇の刃の威力が減じて、天使たちのまとう光に打ち消されるようになってしまった。



「面倒な攻撃してきやがって……っ」



 ユーライでも影響する歌声なら、当然クレアとリピアにも同様。リピアは耳を押さえてうずくまり、身動きが取れなくなっている。クレアも少しふらついている。


 ただ、クレアは魔法よりも剣術で戦うタイプだからか、魔法が使いにくいことに大きな影響はないかもしれない。



「クレア! 戦えるか!?」


「まだ戦える!」


「私は援護が上手くできないかもしれない! 気を付けてくれ!」


「わかった!」



 ユーライの攻撃が手薄になり、天使たちは歌いながら自由に飛び回る。


 幸いというべきか、その歌声は脅威だが、遠距離攻撃は得意ではないらしい。接近戦をしかけてくる。


 天使三人がクレアの方へ行き、残りの二人がユーライとリピアを襲う。ユーライはリピアを守りながら戦うことになるので、少々分が悪い。



(リピアは傷つけさせない。全力で戦えなかったとしても、こいつらより私の方が強い。それに、もう私には聖属性に対抗する手段もある)



 ユーライは周囲に無数の闇の刃を展開し、天使二体に向けて放つ。天使たちにダメージを与えることはできないが、天使たちの動きを多少阻害するくらいはできる。


 相手が近づいてこられないうちに、ユーライは少し時間をかけて魔力を練る。



「……堕天使、召喚」



 ユーライの前に、黒い羽に薄紫の髪をした美女が現れる。サイズは人間と同じ。


 その両手には、真っ赤に染まった禍々しい二本の刃。


 威風堂々とした立ち姿で現れたものの……堕天使が膝をつく。



「あ? おい、大丈夫か?」



 天使の歌声は堕天使に致命的なダメージを与えてしまうのだろうか。


 ユーライは少し心配になる。


 堕天使は数秒頭を抱えていたものの、何かを追い払うように左右に頭を振る。


 堕天使が一瞬ユーライの方を見た。


 その瞳に、今まではなかった意志の光のようなものが見受けられ、ユーライは困惑。



「えっと……戦えるか?」



 堕天使が頷く。



「なら、あの二体を殺せ」



 堕天使が動く。少し動きが鈍っている印象だが、戦えないほどではなさそうだ。


 堕天使は闇属性というより、暗黒属性の天使。邪神の言う通りなら、聖属性を蝕む力を持つ天使だ。


 聖属性が平気ということはないのだが、お互いに弱点同士であるため、堕天使の攻撃は普通の天使に対しても効果的。


 ユーライは、堕天使の戦闘を邪魔しないよう、闇の刃を消す。



「キァアアアアアアアアアアアアアアアア」



 堕天使が叫ぶ。ただの声ではなく、魔力が込められた攻撃の一種。その圧に押され、天使たちの動きが鈍る。


 堕天使は二本の剣を巧みに扱い、天使たちに傷を付けていく。堕天使の剣は天使たちの体を大きく切り裂き、そして再生もさせない。


 天使たちの剣も堕天使に傷を作るのだが、ユーライが魔力を供給し続けることで、その傷も癒えていく。


 元々、堕天使は魔力で構成された仮の姿。魔力さえ途切れさせなければ、消滅することなく戦い続ける。



(堕天使は一体しか召喚できないのが難点か……。あ、余裕があればあの天使に闇落としを使えばいい? けど、魔王としての力を使う必要はあるか……)



 魔王の力を使えば、魔物たちが寄ってきてしまうかもしれない。それは避けたいところ。



「とりあえず、天使たちを殺そう」



 堕天使はよく戦ってくれて、天使二体を撃退してくれる。


 一方、クレアの方は苦戦していた。鎧にも傷が入っており、ユーライが魔力を供給し続けなければ、重傷で動けなくなっていたかもしれない。



(クレアでも、三体相手にするのは厳しかったか。でも、もう大丈夫)



「クレアに加勢しろ! 残りの天使たちも殺せ!」



 堕天使がクレアの方に飛び、天使二体を相手に立ち回る。


 余裕ができたクレアは、一体の天使の胴体を両断。それでも天使は動いていたのだが、続けて頭を両断されると消滅した。


 今度はクレアが堕天使の戦いに加勢し、一対一の構図。そうなれば、もうこちらが押されることもない。


 クレアと堕天使が天使二体を消滅させた。



「クレア、堕天使、お疲れ様! 倒してくれてありがとう!」



 ユーライが声をかけると、クレアは軽く頷いて、堕天使は何故かユーライに抱きついてきた。



「うぇ? な、何?」



 堕天使がユーライの頭を抱き抱え、頬ずりしてくる。見た目は堕天使の方が年上なのだが、まるで年端も行かぬ童女のような振る舞い。


 この光景に、クレアとリピアからふと殺気めいたものが噴出。



「……ねぇ、ユーライ。そいつ、何なの?」


「ユーライ。あちしらの見てないところで、その子に何をしたの?」


「待て、待て、私は何もしてない。普通に召喚して、戦わせただけだよ。何度か試しに召喚したことはあったけど、こんな風になるのは初めてだ。強いて言えば、あの歌の影響?」



 天使の歌声で堕天使の心境に変化でもあったのだろうか。そもそも心を持っていたのだろうか。知性はなく、ほぼ命令に従うだけの存在だと、ユーライは認識していた。



「あのー、堕天使さん? そろそろ離してくれる?」


「アノウタゴエデ、オモイダシタ。ワタシハ、モトテンシ。アナタガワタシヲコワシタ。セキニン、トッテ」


「……しゃべれたのか。まぁ、確かに壊したのは私だな。ちゃんと大事にするつもりだよ」



 堕天使がユーライを解放。ふっと唇の端を吊り上げてから、空気に溶けて消滅した。



「……天使の歌声で記憶を取り戻した、か。そもそも思い出す記憶があったんだな」



 堕天使を使役するのは初めてなので、よくわからないことも多々ある。


 少なくとも、堕天使が心強い味方なのは変わらないだろう。


 ふむふむと考え事をするユーライを、今度はクレアとリピアが抱きしめる。



「堕天使は危険。あまり召喚するべきじゃない」


「あちしも、何か良くないことが起きる気がしたよ」


「……お二人さん。まだリフィリスの件は解決してないから、そういうのはもう少し後にしような」



 ユーライの声掛けで、名残惜しそうに二人が離れる。



「とりあえず天使は退けたけど、リフィリスのこと、どうにかしないと。でも、どうすればいい……?」



 ユーライの問いに、クレアとリピアも答えを出せなかった。

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