第55話 お遊び

 * * *


「いい具合にボロボロになったな。とりあえずこんなもんでいいだろ」



 ユーライは、ボロ雑巾のようになったフィーアを見下ろしながら、にんまりと微笑む。


 当初は可愛らしい女の子だったが、殴られすぎて顔が変形し、青あざだらけにもなり、もはや見る影もない。体中の至る所にも傷があって痛々しい。また、流石に気絶しており、わけのわからない妄言を吐くこともないので、それもありがたかった。



「ギルカ、助かった。ありがとう」


「これくらいはお安いご用です」


「こいつはまた改めて尋問するとして。ギルカの部下も大丈夫そうだな」



 部下二人は、クレアの起こした火を使って暖をとっている。また、亡くなった人から服を借りているので、もう裸でもない。傷も回復薬とリピアの魔法でだいぶ回復している。



「私はちょっとここの領主と話をしてこようかな。無駄な争いも起きなくなるだろ」



 ユーライが呟いた直後。



「魔王とその仲間だ! 側に大量の死体がある! やはり先ほどの和平宣言は嘘だった! もはやこちらが全滅するか、奴らを殺すかだ! 殺せ!」



 ユーライは話し合いで解決したいと思っていたのだが、残念ながらそうもいかなくなったことを瞬時に理解する。


 領主城の方からやってきていたのは、数百人規模の兵士たちと、現領主らしき老人。領主が来てくれたのはありがたいが、もはや戦うつもりしかないのがよくわかる。



「……おい、フィーア。お前のせいで結局また戦いになっちゃったじゃんか。どうしてくれるんだよ」



 ユーライがグチを言う間にも、まずは大量の矢が飛んでくる。物理攻撃を簡単に防ぐ魔法はないのだが、ユーライは百以上の闇の刃を作りだし、全ての矢を打ち払っていく。


 なお、ユーライは非常用の剣二本を帯びているが、杖は持っていない。もはやユーライの魔力に耐えうる杖が存在していないし、持たなくても魔力の制御は完璧だった。


 ユーライが矢を防いだのを見て、クレアとギルカが言う。



「……ユーライ、腕を上げたね。まぁ、あの広範囲を傀儡の支配下においた時点で、ちょっと遠い目になってしまっていたけれど……」


「ああ、それはおれも思いました。あれ、たぶん町を丸ごとですよね? 流石にどうかしてます」



(……ごく自然にやってしまったけど、あれはやりすぎだったか。そりゃそうだ……)



「はは……。え、えっと、これ、どうしよう? やっぱり戦うしかない?」



 まだまだ矢は飛んでくる。魔法も飛んでくる。


 矢は闇の刃で、魔法は吸収で防ぐ。吸収の範囲も広くなったので、仲間を守るのもさほど苦労はない。



「ユーライがまた傀儡魔法で動きを封じれば、戦いにはならない。苦痛付与ペインはやりすぎだと思うから、控えてあげるといい」


「あ、でも、一回全力で戦わせてもいいんじゃないでしょうか? 全力で戦っても勝てなかったっていう実績があれば、素直に従ってくれると思いますよ?」


「うーん……確かに、私の攻撃って相手からすると負けた気がしないかもな。完膚なきまでに負けないと気持ちの切り替えができない人もいるだろ。

 ここはギルカの案を採用して、まずは全力で戦ってもらおうか。殺さないように手加減するって苦手なんだけど……」



 小規模に不死者の軍勢を使い、まずはスケルトン兵士を百体出現させる。


 だが、兵士たちもただの雑魚とは言い難いようで、スケルトン程度であれば問題なく破壊していく。復活するので完全破壊には手間取るが、力としては兵士の方が勝っている。



「……もうちょっとわかりやすく、戦った気にさせた方がいいかな」



 悪鬼を召喚。どれだけ魔力をこめるかで悪鬼の強さが変わるのだが、戦闘力二万ほどのものを一体召喚する。


 グリモワに残してきたものより小さい二メートル級で、武器は棘のついた棍棒だが、なかなかに迫力のある鬼だ。


 ちなみに、ユーライは素の状態でも悪鬼召喚を使えるが、魔界召喚は使えない。闇落ちはなるべく使いたくないので、もう使う機会はないかもしれない。



「悪鬼、戦ってこい。でも、殺すなよ」



 ユーライはスケルトンを消滅させ、黒い悪鬼を送り込む。悪鬼は棍棒を振り回し、兵士たちをなぎ払う。


 兵士たちの戦闘力は、高くてもせいぜい一万程度だろうか。悪鬼に太刀打ちできていない。



「なぁ、一般的に、兵士ってそんなに強くないのかな? セレスみたいな奴はそうそういない?」



 ユーライの問いに、クレアが答える。



「セレス程の実力者は少ない。王都にはいるかもしれないけど。ただ、一つの町に二等級くらいの兵士も二、三人はいるもの。ここにいないだけか、ユーライが消してしまったか……」



 クレアとギルカが辺りを見回す。


 そして、そのすぐ後、悪鬼の体が縦に両断された。



「……お、強そうな兵士が出てきた。どっかで治安維持の活動でもしてたかな?」



 新手は二人。一般の兵士とは違う黒い甲冑をまとう大柄な剣士と、白いローブ姿の魔法使い。前者は顔も隠しているので性別は不明だが、体格からすると男だろう。後者は三十代くらいの金髪女性だ。



「いいぞ! ティタン! このままあの魔王もやってしまえ! サシャもよく来た! ティタンと協力して敵を討て!」



 老人が嬉々として叫んだ。



(よく来たっていうか、その二人が戻ってくるまで城とかで待っとけばいいのに。雑兵じゃ敵わない相手だって、わからなかった? 常に錯乱状態?)



「なぁ、あの二人は結構強そうだけど、クレアとギルカに匹敵する実力はある?」


「……一対一なら、あたしに勝てない相手じゃない」


「単純な戦闘力なら、おれたちと同じくらいでしょうね。でも、負ける気はしません」


「そう。じゃあ、二人に任せてもいい?」


「……それが命令なら。ただ、ユーライは自分の身を自分でちゃんと守って」


「ユーライ様は急な襲撃に弱いですからね。気をつけてください」


「……気をつけるよ。じゃ、宜しく」



 クレアとギルカが、敵に向かって駆けていく。


 魔法使いが無数の火球を生みだし、クレアたちに向けて放つ。クレアは防御すらせずに突っ込むが、鎧の魔法防御力が高くダメージなし。ギルカは無防備に突っ込めず、火球を避けるのだが、いつしか姿を消してしまった。


 魔法使いはギルカを見失う。ただ、こういうときの対処を熟知しているようで、身の回りに光の壁を作りつつ、その周囲で火球の群をぐるぐると回転させる。これではギルカも近づけない。



「なるほどなー。姿が見えない相手には、あんな風に戦えばいいのか。それで、ギルカはどう対処する?」



 すぐには動きがない。


 一方、クレアは一度魔法使いに向かおうとしたが、黒い剣士に阻まれた。そして、二人は華麗な戦いを繰り広げる。


 お互いに攻撃をすれすれで回避し、決定打を与える隙を探う。


 ただ、クレアの方が優勢に見える。おそらく、大抵のものを切り裂く雅炎の剣のおかげで、相手はとても戦いにくそうだ。



「……それで、暇を持て余した雑兵は私に向かってくるわけ? やれやれ」



 雑多な兵士が向かってこようとするので、ユーライはもう一度悪鬼を召喚。再び、戦闘力二万程度の比較的弱い奴だ。


 悪鬼が兵士を蹴散らすので、ユーライはほっと一息。



「あんたらは必死で戦ってるつもりかもしれないけど、こっちは遊びにもならない作業なんだよ。つまんない戦いだ」



 いじめっ子気質を持っているわけでもないので、実力差をわかってもらう戦いなど、本当に退屈だ。



「……あ、魔法使いが倒れた。つーか、剣が刺さってら」



 ギルカが剣を一本投げたらしい。



(あの剣、魔法を日に何度か無効化できるんだっけ)



 近づけないなら剣を投げればいい、ということか。その剣は背後から魔法使いの腹を串刺しにしている。


 かなり深い傷だ。魔法使いの女性は死ぬかもしれない。


 そのすぐ後、クレアの方も勝負がついた。クレアは相手の剣を破壊し、さらに片腕と片足を切り落としている。こっちも相手は重傷だ。



「な、なんだと!? ユーゼフ最強の二人が負けた!?」



 領主が唖然と立ち尽くす。


 他の兵士たちも動揺し、戦意を喪失したのが見て取れた。



「悪鬼ももういいか。お前、帰ってよし」



 悪鬼が消滅。


 広場は、しばし静寂に包まれる。


 勝利宣言は自分の役目かなと、ユーライが最初に口を開いた。



「私たちの勝ちでいいよな? まだやるっていうなら、飛びきりきつい拷問でもしちゃうけど、体験したい奴いる?」



 兵士たちは武器を放り、逃げ出した。


 領主もその後を追うように逃げていった。

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