第54話 【幕間】セレス
* * *
魔王たちが出立してから、三日目の朝のこと。
セレスは気晴らしにグリモワの町を徘徊する。雪景色は幻想的とも言えるのだが、ほとんど人の気配がしないのは寂しいばかりだ。
(……この町が復興する日はいつになることやら。もし人が集まったとして、あえて魔王の直轄領に来るなんて、ろくな連中じゃねぇぞ……)
セレスはそのろくでもない奴の一人だという自覚がある。自分と似たり寄ったりな人間が集まっても、町が上手く復興できるとはあまり思えない。
(そもそも、あの小娘に一つの町の統治なんてできるのか? 戦闘能力はあるかもしれないが、指導者タイプには見えん)
ユーライは強い。圧倒的すぎる魔力を誇り、扱う魔法も強力かつ凶悪。本気を出せば世界を支配できるだろう力を有している。
しかし、それだけといえばそれだけだ。特別なカリスマ性や威厳があるわけではなく、人を従える技量や知恵があるわけでもない。他領、他国との交渉技術もない。
武力を除けば、あれはただの小娘だ。見た目十四歳くらいだが、精神年齢もそれと大きく変わらない。
あれが町の統治者となっても、それだけで良い町が築けるとは、セレスには思えなかった。
(その辺は腕のいい臣下でも集めればいいか……。魔王の元で働こうなんて奴は、やっぱりろくでもない奴に違いないが)
「ま、この町の未来なんざ知ったこっちゃないがな」
セレスが白い吐息をこぼしながら吐き捨てると、ユーライが残した悪鬼が咆哮をあげる。
「……侵入者か?」
町が壊れようがどうなろうが、セレスとしては気にしない。
ただ……悪鬼の咆哮はすぐにやんだ。やんだというより、途切れた。
「へぇ、あれをしとめるくらいの奴が来てるわけか」
あの悪鬼はそれなりに強い。セレスの敵ではないが、一般的に見て、倒せる者は少ないだろう。
セレスは誰が来たのか気になり、悪鬼のいた方へ走る。幸いというべきか、常に愛剣だけは持ち歩いているので、戦闘になっても対処できる。
セレスが駆けること、数分。
首が落ちた悪鬼の死体の側に、一人の青年が立っていた。
「……なんだ。ルベルトか」
一等級冒険者、ルベルト・ジャティス。
年齢は二十五歳だったか。濃緑色の髪に、鷹のように鋭い瞳。身長は高く、体は比較的細くて優男風だが、戦闘能力はセレスに匹敵する程に高い。
武器は槍。そして、濃紺の鎧をまとっている。
性格は冷静。あるいは、いっそ冷淡といっても良いかもしれない。
「……セレス。生きていたか」
同じ一等級冒険者として、お互いに顔も名前も知っている。
「ああ、私は生きてる。アンデッドにもされてない。誰かに私が死んだとでも聞いたか?」
「いや。ただ、グリモワの町に行ったきり、帰ってこないという噂は聞いた」
「私はこの町に居座ってるだけだ」
「ここで何をしている?」
「成り行きを見守っている。特にそれ以上の意味はない」
ユーライに負けた当初は、再戦を望んでいた。しかし、ユーライが成長し、圧倒的な力を身につけてからは、戦おうとするのも馬鹿馬鹿しくなった。
あれはもう、正面から戦って勝てる相手ではない。ユーライに手加減された状態で戦い、勝利しても、そんな勝利に価値はない。
今では、ただユーライが何をなしていくのか、見守る気持ちが強い。
協力はしないが、邪魔もしない。
「……隙を見て魔王を討つ、というわけでもないのか」
「ああ、そのつもりもない」
「お前の正義はどこにいった? 世界の悪をその手で全て消しさる、と言っていただろう。魔王は討たないのか?」
「肩書きだけの魔王さ。中身はただの小娘だ。私がどうしても討伐すべき相手でもない」
「ほぅ……そうなのか。お前、雰囲気が少し変わったか?」
「なんのことだ?」
「……いや、なんでもない」
ルベルトは首を横に振った。
「それで、ルベルトは何しに来たんだ? まさか、一人で魔王退治か?」
「いや。主な目的は偵察だ。冒険者ギルドから依頼を受けた」
「魔王がどんな相手か、確認しに来たわけか」
「そうだ。二度に渡り数万の人間を殺したが、その後動きがない。何を考えているのか、何をしようとしているのか、探りに来た。探ってどうするかは、俺の一存では決められん」
「なるほど。だが、残念ながらその魔王は今不在だ。ユーゼフに行ってて、数日は帰ってこないだろうよ」
「そうか……。タイミングが悪かったな。まぁ、それならそれでいい。もう一つの任務をこなすのに丁度いい」
「もう一つ?」
「もし可能であれば魔王の弱みを探れ、とも言われている」
「ほぅ。弱みを、ね。それはまた危ういことを考えるもんだ。弱みを握って、上手いことコントロールしようって?」
「そのようだ。冒険者ギルドでは、可能なら魔王を討伐したいが、それが不可能であれば上手く制御したいと考えている。セレス、何か魔王の弱みに心当たりはあるか?」
「ああ、あるよ。一緒に暮らしてれば、いくらでも見えてくる」
「例えば?」
素直に教えてやるべきか、セレスは少し迷う。ユーライにとって不利な言動をすると、特にあの元聖騎士が何をするかわからない。
しかし、ろくに探ろうとしなくてもどうせわかることだと思い、答えてやる。
「弱みの一つは、この町。この町が壊されることを魔王は嫌う」
「ほぉ? 何故?」
「この町を復興したいんだと。そのために、町を壊されたら困るってよ」
「……そうなのか。他には?」
「魔王の仲間。元聖騎士クレアと、無眼族の少女リピアは特にお気に入りだ。同じアンデッドっていう同族意識もあるかもしれん。
次に黒幻狼の元頭領ギルカだな。魔王のためによく働いている。
それと、リピアの友人である無眼族の少女二人も、魔王は大事にしている。ついでに言えば、無眼族の連中そのものも大事にしているだろう。
あとは……その辺にいる元盗賊連中も、多少は気にかけているかもしれん。アクウェルもアンデッドにして生かしたが、魔王はあれをどうでもいい存在と思っているな」
「……魔王のくせに、仲間を大事にするわけか」
「ああ、そうだ。あれはそういう魔王だ。無関係であれば万の人間を殺すが、仲間や顔見知りであれば殺しを
「それが事実であれば……そいつらを人質にすれば、魔王を制御することも可能かもしれんな」
「かもな。ただし、得策とは思わん。一歩間違うと報復される。また大量に人が死ぬだろう」
ルベルトが思案げな顔をする。
「……何も交渉材料がないよりはいい。ああ、そうだ。仲間を大事にする魔王であれば、こちらの手の者を送り込み、仲間と認識させるという手も有効か?」
「ああ、それは悪くねぇな。ただし、あからさまに密偵のような奴はやめておけ。流石に警戒される。普通の女の子とかがいいだろうよ」
「ほぅ……。ちなみに、女の方が良いか?」
「魔王は男に興味がないらしい。かといって女に興味津々ってわけでもないが、比較的女に甘い」
「なるほどな」
ルベルトはふむふむと頷く。
「人材の選定はまた改めてしてみよう。……それで、今、ここに魔王の弱みとなりうる人間はいるか?」
「無眼族の少女二人がいる。クレア、ギルカ、リピアは魔王と一緒にお出かけ中だ」
「……ならば、その二人を連れて行き、交渉材料として効果を見てみよう」
「丁重に扱えよ? 傷つけると魔王が何をしでかすかわからん」
「……止めないのか?」
「私は魔王の仲間じゃない。傍観者だ。魔王もそれを知った上で、私をここに置いてる」
「そうか。お互いに怪我をせずにすんで良かったよ。その二人は領主城か?」
「たぶんな」
「わかった。あと、これも訊いておこう。もし魔王を討伐するとしたら、お前ならどうやる?」
「暗殺か奇襲だな。あの魔王は正面から戦えば強敵だが、常に周りを警戒してるわけじゃない。急な攻撃には対応しきれん」
「なるほど」
「やるなら速やかに終わらせろ。二度目もないと思え」
「わかった。情報提供、感謝する」
ルベルトが領主城を目指して歩き出す。
セレスも、成り行きを見届けるために、その後を追った。
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