第53話 教団

「ユーライ!」


「ユーライ様!」



 ギルカがユーライの手を引き、その場から離れる。クレアも剣を抜いて臨戦体勢。



(……私たちを襲撃? 兵士か冒険者かな?)



 ユーライは自分たちが攻撃されると思ったのだが、そうではなかった。


 石畳を破壊しつつ現れた土の棘は、まだ呆けていた百人程の市民を串刺しにした。心臓や頭を貫かれ、即死した者もいるが、半数以上は痛みにもがき苦しむ。



「……は? どういうこと?」



 困惑しながら、ユーライは辺りを見回す。そして、十五、六歳の少女が歩み寄ってくるのを発見。


 イエローベージュのツインテールの髪に、黒を基調としたロリータ系のドレス。その口元に歪な微笑みを浮かべており、一目でこれは危うい人物だとわかる。毒々しい紫の唇は、流石に天然ではないだろう。


 その少女はユーライの前までやってきて、片膝をついて恭しく頭を下げる。



「お初にお目にかかります、魔王様。わたくし、魔王教団が一人、『星を蝕む

いばら』フィーアと申します」


「……はぁ?」



 随分と痛々しい奴が出てきた。


 ユーライは色々な意味で呆れつつ、眉をひそめる。



「ユーライ! 魔力を貸して!」



 立ち尽くすユーライに、リピアが声をかけてきた。リピアはスケルトンホースから降り、怪我をしている者たちに駆け寄っていた。


 ユーライからすると無関係の他人で、その命がどうなろうとあまり関心がなかった。しかし、リピアはまだ他人を思いやるまっとうな心が残っているので、傷ついている人を見て放っておけなかったようだ。



「ああ、うん」



 ユーライは従者強化でリピアの補助をしつつ、指示に従って闇の刃で土の棘を破壊。リピアは、助けられそうな者を優先して回復魔法をかけていった。ギルカとクレアは警戒を解かず、フィーアに向けて武器を構えている。



「……魔王様。何をされているのですか?」



 立ち上がったフィーアが、心底不思議そうに尋ねてきた。



「……人命救助、かな」


「魔王様に刃向かったゴミのような連中ですよ? そんなもの、捨て置けば良いではありませんか」



(……こいつ、雰囲気通りの危うい奴だな。そもそも魔王教団ってなんだよ。まぁ、なんとなくわかるけど。魔王の力を力を借りて世界を支配しよう……とか考えてるんだろ)



「お前、さっきの話、聞いてなかったのか? 私は人間を傷つけるつもりなんてない。私に恨みをぶつけることくらいは許してる」


「あれは町の人間を油断させるための嘘でございましょう? わたくしはその御心を正しく理解しております」


「……お前、何言ってるんだ?」


「わたくしは魔王様の理解者です。そして、魔王様に逆らう者など、この世界には不要だと存じます」



 フィーアが再び魔法を使う気配。



「やめろ」



 ユーライは傀儡魔法を発動。フィーアの体の動きを止めるだけではなく、内部の魔力操作も強制終了させる。



「あはっ。もう一度魔王様の魔法に囚われるなんて……素敵……っ」



 自由を奪われているのに、フィーアはどこかうっとりしている。こいつには関わりたくないと、ユーライは心から思う。



「……お前、何するかわからないから、魔力も奪っておく」



 フィーアの体に左手を触れ、吸収を発動。フィーアから魔力を奪う。吸いすぎると死ぬので、一パーセントくらいは残しておくつもりだ。



「あっ……はぁぁんっ」



 妙に艶めかしく喘ぐフィーア。



「はぁ……はぁ……はぁ……魔王様……もっとぉ……っ」


「……お前、なんなの? 魔力とか吸われたって気持ち良くはないだろうに」



 吸収は快感を伴うような魔法ではない。むしろ気持ち悪いはずだ。


 それなのに、フィーアは恍惚とした表情を浮かべている。とても気味が悪かった。



「わたくしの命が……魔王様の糧となるのなら……この身、全てを捧げます……」


「……いらないよ。フィーアの命なんてもらわなくても、私はもう十分強い」



 平常時でも、もはや人類には到底及ばない強さ。闇落ちを使えば神レベル。


 これ以上、誰かの命を犠牲にして強くなる必要はない。


 フィーアの動きを制御したまま、ユーライたちは人命救助を続ける。フィーアの魔法で傷ついたのは百人程で、そのうち十二人が命を繋いだが、他は死んでしまった。怪我人が多すぎたし、腹や胸に大穴が空くなど、傷が深すぎた。


 ユーライはそのことにあまり深い悲しみもなかったのだが、リピアは酷く落ち込んでしまう。



「リピアのせいじゃない。リピアはよくやったよ」


「うん……」



 ユーライはリピアを抱きしめてやる。肩の震えがとまるまでそうしてやった。


 リピアが落ち着いたところで、ユーライはリピアを離し、フィーアに向き直る。



「……仲間を傷つけられたわけじゃないけど、お前、ムカつく」



 苛立ちを抑えられず、ユーライはフィーアの顔を殴る。単純な腕力も強くなっている今、相手の首を折らないようにするのに気を遣った。



(……女の子殴るのもどうかとは思うけど、今は私も女だし、いいや)



 フィーアは、殴られてなお、口から血を垂らしながら歪な笑みを浮かべている。



「魔王様自らの御手で殴っていただけるなど……幸運の極みにございます……っ」


「……お前、気持ち悪いな」



 ユーライは、今度はフィーアの腹を蹴る。内蔵を破裂させるくらいの気持ちで。


 フィーアは五メートル程飛び、地面を転がった。



「がふっ、げほっ、げほっ」



 フィーアが血を吐く。かなり苦しそうだが、同時にその顔にはやはり悦びも浮かんでいる。



(……こいつ、どうしようもないくらいに常軌を逸してる。何者なんだよ、あいつ)



「……なぁ、クレア。魔王教団って、何?」


「魔王を崇拝する邪悪な集団。全容はわからないけど、魔王と共に世界を支配し、闇に染めることを企んでいるのだとか」


「クレアは、聖騎士として連中と戦ったことがある?」


「何度か。でも、教団の末端で、その辺の荒くれ者とそう変わらない者たちだった」


「ふぅん……。あまり表立って活動してるわけじゃないのか」


「あたしの知る限りではそう。でも、人知れず世界に根を広げているかもしれない。破滅や破壊を望む者も、世界には必ずいるものだから」


「……詳しいことは、あいつに訊いた方が早いか。うっかり殺しちゃわなくて良かった」



 ユーライはフィーアを操作し、近くまで来させる。フィーアはなおもニコニコと笑っていて、ユーライはそれを不気味に思う。


 気味が悪いので、ユーライはその顔に拳をたたき込む。フィーアの鼻が折れ、鼻からも血が吹き出す。それでもフィーアは笑っている。



「魔王様……もっと、もっと、わたくしに愛を注いでくださいまし……っ」


「愛なんて注いだ覚えはない。なんなんだよ、お前……。痛みは全く効果がないな……」



 魔法を使っても効果はないかもしれない。しかし、何かしらの方法でフィーアの精神にダメージを与えたいとも思ってしまう。


 ユーライが悩んでいると、ギルカがフィーアの肩に触れる。


 その途端、フィーアの笑顔が消え、鬼の形相となる。



「触れるな! 獣の女! わたしに触れていいのは魔王様だけだ! たとえ魔王様の仲間だろうと許さん!」



 ギルカはぱっと手を離す。



「……なるほど。ユーライ様以外からの接触は嫌がる。ってことは、おれに殴られるのは普通に嫌なんだろうな」


「……ギルカ、いいところに気づくね」


「おれも悪人ですから」


「じゃあ、悪いんだけど、ギリギリしなない程度にフィーアを痛めつけてくれる? 動けないようにはしとくから」


「わかりました」



 ギルカがフィーアを殴り始める。



「やめろ! ふざけんな! 貴様に触れられるなんぞ虫酸が走る!」



 フィーアの罵りなどお構いなしに、ギルカはフィーアに暴行を加え続ける。


 ユーライとしては、ようやく気分が晴れていく。



「……ユーライ。あたしには命令しないの? あいつを殴れ、って」



 クレアはどこか不満そうだ。そして、その声はとても冷たい。



「……クレアにさせると殺しそうだからダメ」



 フィーアはユーライを傷つけたわけじゃない。しかし、不快にはさせている。


 クレアはそれを知って、苛立っているようだ。



「……殺しはしない。死んで終わりにはさせない」


「クレア、それもちょっと怖いぞ? あ、リピアはしばらく耳を塞いでおきな。嫌なもの見せて悪い」



 ユーライがリピアを気遣うと、クレアがぼそり。



「ユーライはリピアのことばっかり構う……」


「まぁまぁ、落ち着いて。クレアのことも大事だと思ってるから」



 ユーライはクレアを抱きしめてやる。鎧のせいでお互いの体温もわからないが、慰めにはなるだろう。


 フィーアの罵倒と絶叫を心地良く聞き流し、ユーライはクレアを抱きしめ続けた。

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