第120話 兄

 魔封じの手枷二つ、足枷三つ、首輪一つをつけたリフィリスは、もはや封印された悪魔か何かのようでもあった。


 ユーライが少々不憫に思ってしまう一方で、リフィリスはどこか目をキラキラさせた。



「なんか、ここまで来るとコスプ……役者でもやってるみたいで面白いかも!」


 

 危うく禁止ワードが出てきそうだったが、ともあれ、リフィリスは楽しそうだった。



「動きにくくないか?」


「動きにくい! 特に足! 鎖が短くて走れない! けど……まぁ、私が我慢すれば、世界も落ち着く。私とユーライが幸せな結婚生活を送れるなら、これくらい我慢してあげる」


「……結婚とか気安く言うな。冗談で済まない奴が二人はいるんだから」



 クレアとリピアは鋭い目でリフィリスを見つめている。



(五歳児相手に本気で対抗心を燃やすのは止めてくれ……)



 ユーライは呆れつつ、魔王の力を抑えてみる。


 手枷一つでも、リフィリスはしばらく理性を保てた。合計で五つ、魔封じの魔法具をつけた状態ならば、流石に魔法具も壊れないだろう。


 魔封じの魔法具も、実のところかなり貴重な品らしい。凶悪な罪人を拘束するために三組分は用意してあったが、それで全て。作るのも簡単ではないので、すぐに新しいものを用意することはできないし、量産もできない。


 これでリフィリスを抑えられなければ困る。



「……どうだ? 枷はまだ無事みたいだけど……」



 リフィリスの様子を見ること十分。魔封じの魔法具は無事。まだ安心できないが、もう壊れないかもしれない。


 あとは、リフィリスの精神が問題だが……。



「……大丈夫かも。ちょっと体は重いし、前と全く同じ精神状態ってわけでもない。でも、変に暴走とかはしないと思う」


「本当か! 良かったぁ……。まぁ、まだ様子見だけど、しばらくは大丈夫そうだな」


「うん! 良かった! ユーライ、色々とありがとう!」



 鎖をジャラジャラさせながら、リフィリスがユーライに体当たりしてくる。抱きつきたいようだが、左右の手枷を繋ぐ鎖が短いので、体当たりになった。


 その小さな体を抱きしめて、ユーライもほっと一息。玉座の間にいる他の者たちにも安堵の空気が流れる。



「あの、陛下。この魔封じの魔法具、ありがたく頂戴します。それと、約束通り、エレノアの遺体はお返しします」



 ユーライが促して、ギルカがエレノアの遺体を王国側の男性に差し出す。


 これにて一件落着……としたいところで、玉座の間に一人の青年が駆け込んでくる。


 年齢は二十歳前後だろうか。顔立ちは王様にもエレノアにもよく似ている。



「エレノアの遺体が帰ってきたというのは本当ですか!?」



 青年はそう叫びながら、すぐにエレノアの遺体を発見。駆け寄ってその遺体を抱きしめ、涙を流す。



「エレノア……っ。こんな変わり果てた姿で……っ。ごめんな……っ。兄さんが守ってやれなくて……っ」



 見た目の通り、エレノアの兄だった。



(……こいつの雰囲気、私を拷問したあの兵士たちと似てるかも? 私のせいで妹が死んだとか言い出さなきゃいいけど)



 ユーライの予想は外れた。


 しかし、その青年は厄介なことを言い出す。



「あなたが魔王様ですね!? お願いします! エレノアを生き返らせてください!」



 ユーライは青年と初対面。しかし、ユーライの容姿は伝わっていたようで、彼の瞳は迷わずユーライを見据えていた。



「ラーカイル! 愚かなことを言うな!」



 王様が青年ラーカイルを諫めた。しかし、ラーカイルは止まらない。



「魔王様には死者を生き返らせる力があると聞きました! 俺の大切な妹なんです! お転婆でバカな妹でしたが、勇敢で優しい子だったんです! まだ死んでいい子ではないんです! お願いします!」



 エレノアを抱き抱えたラーカイルがユーライに迫る。


 鬼気迫り過ぎた表情に圧倒されて、ユーライは一歩下がる。



「えっと……どこから聞きつけたのか知りませんが、私には確かにそういう力もあります。でも、色々と制約があるんです。エレノアを生き返らせることは、私にももうできません」



 実のところ、力を増した今なら復活させられるかもしれない。しかし、そうだとしても、エレノアを生き返らせるつもりはない。ユーライにとってはどうで良い人間だ。



「本当はできるのでしょう!? どうか! お願いします! 俺の全てを捧げます! だから、エレノアだけは、生き返らせてください!」


「……いえ、だから、無理ですって。私だって神様じゃありませんから、なんでもできるわけじゃないんです」



 なおもユーライに迫ろうとするラーカイルを、騎士団団長ガリムが押さえつける。



「殿下、落ち着いてください。たとえ魔王に死者蘇生の力があったとして、そのためには多くの犠牲を必要とするだろうという話です。

 妹君を大切に思うお気持ちはわかりますが、妹君のために他の者を犠牲にするわけにはいきません。どうか、その死を受け入れてください……っ」


「嫌だ! エレノアは、まだ死んでない! こんなにも美しい顔をしている! ただ少し長い眠りについているだけだ! エレノアはまた目を覚ます!」


「……殿下。申し訳ありません」



 ガリムは他の兵士たちと協力し、ラーカイルを引きずりながら去っていく。


 ラーカイルがいなくなると、玉座の間に静寂が戻った。



「……息子が失礼をした。申し訳ない」



 王様が謝罪を述べた。


 ユーライは首を横に振る。



「心底大切な人の死を受け入れられない気持ちは、私にも理解できます。怒ってませんよ」



 クレアとリピアを生き返らせた身で、ラーカイルを非難する資格はない。



「寛大な心、感謝する。……さて、そなたらの用件は済んだところだろうが、今日は王都に滞在してはどうだろうか。宿と食事を用意しよう」


「えっと……?」



(なんで誘われたんだ? そもそも、急に押しかけてきた私のこと、王様はどう思ってるんだ? うーん、どう答えるべきかわからん)



 ユーライはその誘いに即答はできなかった。クレアの方を向き、小声で尋ねる。



「ねぇ、これって本当に誘いに乗っていいの? それとも社交辞令? 誘いに乗ったら、逆に悪い?」


「社交辞令とは違う。ユーライがリバルト王国と仲良くしていくつもりなら、誘いに乗るべきところ」


「わかった」



 ユーライは頷き、王様に向き直る。



「わかりました。本日は王都に滞在させていただきます」


「うむ」



 王様の案内で、ユーライたちは王城の来賓室に通される。


 もちろん、城の者たち全員から歓迎されているわけではない。露骨に嫌そうな顔をする者もいる。


 しかし、そういう反応をされるのも当然。敵は多くとも、少しずつ人間と親しくできるのであれば、それで前進だ。



(リフィリスの問題は意外とあっさり片付いちゃったな。散々悩んだのがバカみたい……。まだこれで終わるかはわからないけど……。それより、今はラーカイルが気になるな……。大丈夫か?)

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