第119話 魔法具

 ユーライたちは、玉座の間に通された。


 出迎えたリバルト王国の国王は、六十前後の厳しい顔をした男性。王冠を被り、赤のマントも纏って、いかにも王様という風情だった。やや色あせた金髪も、貫禄がある。


 その近くには国の重鎮らしき者たちが並び、他にも兵士たちがユーライたちを監視している。



(こういう畏まった場所に来るの、やっぱり緊張しちゃうなぁ。中身はただの小市民だから……)



 王様との謁見とあって、リフィリスはユーライの肩から降りている。ユーライと同じくらい小市民のはずなのだが、リフィリスの顔に緊張の色はない。


 一番緊張しているのは、監視役のドワーフ、ディーナだった。ビクビクしながら周りを見て、足もふらつかせている。


 ちなみに、ユーライたちは武装したままである。クレアは兜を取っているが、鎧を着て、剣を腰に帯びている。



「陛下。魔王をお連れしました」



 団長ガリムが恭しく頭を下げ、玉座の王が鷹揚おうように頷く。それから、緑の瞳でユーライをすっと見据えた。



「……そなたが魔王か」


「はい。初めまして、魔王のユーライです。突然の訪問、失礼します」


「うむ……。恐ろしい力を持つと言うが、確かに並々ならぬ力の気配を感じるな」


「確かに私は強いです。でも、戦いに来たわけではありませんので、安心してください」


「我が娘、エレノアの遺体をここまで運んでくれたとか?」


「はい。こちらです」



 ギルカが一歩前に出て、エレノアを包んでいた布を取る。青白いが、端正な顔が現れた。



「おお……」



 王様が顔をくしゃりと歪ませる。威厳のある鋭い視線が随分と柔らかくなった。



「一応申し上げておきますが、私が彼女を見つけたときにはもう亡くなっていました。暗闇のダンジョンのオークに殺されたようです」


「……さようか」


「何故彼女がダンジョン内にいたのかなどは、私も存じません。少なくとも私が何かをしたわけではなく、本人の意思でダンジョンにいたようです」


「うむ。理解しておる」


「それは良かったです。陛下は、彼女の亡骸の返還を希望されますか?」


「当然だ。そして、遺体を引き渡す代わりに、魔法具が欲しいということだったな? そなたらの事情も聞き及んでいる」


「はい。元勇者、リフィリスの力と感情を制御する魔法具を探しています。リフィリス自身のためでもありますし、私が無闇に世界を脅かさないためでもあります。何か心当たりはありませんか?」


「……あるには、ある」


「本当ですか? それ、私に譲ってくれませんか?」


「うむ……。持ってこさせよう」



 王様が指示を出し、近くにいた者が玉座の間を後にする。


 それからまもなく、三つの魔法具が届けられた。


 一つ目は、解呪の首飾り。見た目は金色の輪で、呪いなどを解除する強力な魔法具。これをつけていると呪いの影響を受けなくなる。


 二つ目は、闇封じの手枷。赤い魔法石のついた手錠のような形で、魔力をほぼ完全に封じる。


 三つ目は、破邪の剣。魔物などに対して絶大な威力を誇る剣で、これを持っているだけでも状態異常や精神異常を避けられる。



「へぇ、良いもの持ってますね。このどれかで、元勇者の状況が改善しそうです。とりあえず、全部試してみても構いませんか?」


「うむ」



 早速、解呪の首飾りを試してみる。ユーライが触れると魔法具が壊れるかもしれないので、ギルカがリフィリスに首飾りをつけた。



「ん……っ。くぅ……っ。うぁあ……っ」



 リフィリスが苦しみ始める。しばらく様子を見ていたのだが、一向に落ち着かない。



「無理……っ。これ、私には使えない……っ。苦しい……っ」



 リフィリスは首飾りを外そうとするが、自分では外せないらしい。ギルカが代わりに外してやる。


 首飾りから解放されて、リフィリスは荒い息を吐く。



「それは、ダメ……っ。私自身が削られてるような感じがする……っ」


「そうか……残念……」



 苦しそうに喘ぐリフィリスを、ユーライはそっと抱きしめる。魔力を分け与えると少しばかり楽になるようだった。


 リフィリスはアンデッドではないが、闇落としでユーライと似た性質を持つに至っているので、ユーライの魔力が癒しになる。



(解呪で自分が削られるってことは、リフィリス自身が呪いみたいになってるのかな? 他の魔法具で効果があればいいけど……)



 続けて、魔封じの手枷をリフィリスがつける。見た目が囚人のようになってしまうが、今はそれに構っていられない。



「これは……悪くない、かも? 力が入らなくなっちゃうんだけど……」



 リフィリスから溢れていた闇の気配が消えている。表情も穏やかだ。



「力が入らないっていうのは、普通に生活するのもダルい感じ?」


「うーん……そこまではない。でも、走るとか、力仕事をするとかは無理そう……」


「それはそれで問題だけど……」


「でも、普通に生活できるなら、多少のデメリットはあってもいいよ」


「そっか。じゃあ、次。私の補助なしで理性を保てるか、だな」



 ユーライは魔王の力を抑えてみる。


 以前は、こうすると途端にリフィリスが暴走を始めていた。


 しかし、今はその兆候がない。理性を保った目でユーライを見つめてくる。



「おお? もしかして、これで問題解決か? リフィリス、私のこと、わかる?」


「うん、わかる! これをつけてると、自分が闇に飲まれていく感覚がないよ!」


「本当か! それなら、手枷をつけておけば、私たちが周りに悪影響を与える心配は……」



 パァン。


 手枷が弾け、粉々になった。



「あ……」


「壊れた……」



 そして、リフィリスが再び闇の気配をまとい始める。


 ユーライは慌てて魔王の力を使い、リフィリスの暴走を防いだ。



「あー、せっかくいい感じだったのに、ダメだったか……。リフィリスの力が強すぎたな……」



 ユーライは軽く溜息。



「でもでも、これの強力な奴を作れれば、希望はあるんじゃない?」


「うん。そうかもしれない」



 ユーライは王様に向き直り、尋ねる。



「あの、陛下。魔封じの手枷の、より強力なものを作れませんか? それがあれば、私たちは世界を脅かさなくて済むかもしれません。あ、その前に、貴重な魔法具を壊してしまって申し訳ありません」


「手枷が壊れたのは、まぁ良い。世界の一大事だからな。魔封じの手枷、単体をより強力にというのは難しいが、いくつかを同時に使うことはできよう」


「それでも構いません。見た目はちょっと可哀想な感じになりますけど、とにかく力を抑えられるなら」


「うむ。今すぐ手配しよう」


「ありがとうございます」



 王様の指示で、側近の一人が部屋を後にする。



「あの、破邪の剣も試してみて構いませんか?」


「うむ」



 リフィリスは破邪の剣を受け取ろうとしたのだが、その手が弾かれてしまった。


 やはり、リフィリス自身が払うべき邪という扱いになっている。



「痛い……っ」



 リフィリスが涙目で右手をプラプラさせる。火傷を負ったように赤く腫れている手を、ユーライは両手でさすってやった。



「リピア、リフィリスの手、治してあげて」


「うん」



 リフィリスの傷は浅く、リピアの回復魔法ですぐに治った。



「とりあえず、希望は見えたな。王都まで来た甲斐があったよ」


「うん! これで、私たちの平穏な日々が近づくかも!」



 ユーライはリフィリスと笑い合う。


 色々と考えたり悩んだりもしたが、意外とあっさり解決してしまうかもしれない。


 ユーライは少し拍子抜けして、でもそれで良いとも思った。

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