第116話 準備

 夕方、グリモワに戻ってきたユーライは、エレノアの死体を保管している民家を訪れた。


 以前は領主城の地下室に安置していたのだが、城が破壊されてからは、民家の一室に移動していた。まだ気温も氷点下が続いているので、自然に冷凍保存されている状態。



「……リバルト王国の王女様、か。相変わらず綺麗な顔してんな」



 冷え冷えとした部屋のベッドで横になるエレノア。死体なので顔色は悪い。しかし、金色の髪も、整った造形も、美しいままだ。


 死んでいるのは確かだが、今からふと目を覚ましてもおかしくないように、ユーライには思えた。



「ユーライ、まさか死体に特別な興奮を覚えるわけじゃないよね?」


「クレアよ。一体何の心配をしているのかな?」



 同伴しているのは、クレア、リピア、リフィリス。クレアのずれた発言に、ユーライは苦笑してしまう。



「ユーライがこの子の顔をやけにじっくり見ているものだから、何か特別な意味があるのかと思って」


「そんなもんないよ。死体を愛でる趣味はない。人形みたいで綺麗だなって思ってただけ」


「そう。確かに綺麗な子ではある」



 クレアの声に、若干の嫉妬が滲んでいるように、ユーライには感じられた。



(死体にまで嫉妬しなくていいだろうに……)



 少々呆れながら、ユーライはクレアの手を握っておいた。



「とにかく、この状態ならリバルト王国に持っていけるな」



 エレノアの死体を確認しに来たのは、死体をリバルト王国に返却するためだ。


 もちろん、単に返却するわけではない。返却する代わり、必要な魔法具があればそれをもらおうと考えている。探しているのは、魔王の力の影響範囲を狭めたり、リフィリスの感情を制御したりする魔法具だ。


 クレアが持つ雅炎の剣は、この世界において規格外に強力な魔法具。それを持っていた国であれば、ユーライたちに必要な魔法具も保有しているのではないかと考えた。


 もっと早く思いついていれば良かったのだが、色々と考えることがあり、見落としていた。



「ずっと放置してて悪かったな。家族の元に返してやるよ」



 ユーライがエレノアの頭を軽く撫でていると、リフィリスが尋ねてくる。



「ねぇ、ユーライって反魂の魔法を使えるんだよね? クレアとリピアもそれで生き返らせたんでしょ? この子を生き返らせることはできないの?」


「んー、どうだろ? あのときは、死後三日以内じゃないと使えなかった。今はあのときより力が増してるから、もしかしたらできちゃうのかも。でも、できたとしても、一万人だかの命を犠牲にしないといけない。私にとってはどうでもいい人だから、そこまでして復活させようとは思わないよ」


「そっか。……もしもの話。特別な魔法具を渡す代わり、エレノアを生き返らせろって言われたら、どうする?」


「……生け贄になる人間を向こうが用意してくれるっていうなら、私はそれでもいいけどさ」



 ユーライにとっては、見知らぬ一万人の命よりも、リフィリスの方が大切。


 ユーライとリフィリスがまた平穏に暮らしていけるのであれば、それが最優先。


 ユーライが少々暗い想像をしていると、リピアがユーライを背中からそっと抱きしめる。



「ユーライ、簡単に人を殺す選択をしたらダメだよ。あちしが言うのもなんだけど、死んだ人は生き返らない、でいい。誰かを生き返らせるために他の命を犠牲にするなんて、やっちゃいけないことだよ」


「……ま、そうだな。そんな要求は突っぱねて、他の条件で妥協してもらおう」


「うん」



 実のところ、力関係で言えば交換条件などを出す必要すらないのかもしれない。


 しかし、いざとなれば暴力に訴えて欲しいものをなんでも奪っていくと思われるのは、ユーライの今後にとって宜しくない。


 世界中の人に、きちんと対話ができる相手であると思わせなければいけないのだ。下手な真似はできない。



「それじゃ、準備をして、早速王都に向かおう」



 エレノアの死体はスケルトンに運ばせ、ユーライたちは外に出る。


 普段生活している家に向かっているところで、セレスがやってきた。



「わざわざ宣言する必要もないんだろうが、明日には、私はここを離れる。もしかしたら、もう会うこともないかもしれん」


「へぇ、ついに離れるのか。このタイミングってことは、戦いに行くのか?」


「ああ、そうだ。例の魔物の軍と戦う」


「まさか、一人で?」


「んなわけねーだろ。私でも万を越える魔物を一人で相手にするなんてできん。他の冒険者やら軍隊やらと一緒にだ」


「そっか。セレスって、一応は人間側に立ってるんだもんな」


「まぁな。別に人類全部が大事だなんて思っちゃいないが、このまま人が死んでいくのを放置するのもしょうに合わん」


「ただのチンピラみたいな冒険者のくせに、意外と正義の心を持ってる奴だ」


「……ああ、そうだよ。私にも、譲れないものはあるんだ」


「わかった。私が言うのもなんだけど……死ぬなよ。しばらく一緒に暮らした仲だし、色々と助けられてもいるし、お前が死ぬの、私はちょっと嫌だな」


「私だって死ぬつもりはない。そっちこそ、暗殺とかであっさり死ぬんじゃねぇぞ」


「大丈夫。クレアとかギルカが対処してくれる」


「……他人任せかよ。まぁ、それくらいの方がまだかわいげがあるってもんだな」



 セレスは苦笑して、ユーライたちに背を向けた。



「……セレスがいなくなると、グリモワを守る人がいなくなっちゃうな。まぁ、元々仲間ってわけでもなかったから、仕方ないか」



 特別に親しくするわけでもないが、そこにいるのが当たり前のようになっていた存在。


 セレスがいなくなることに、一抹の寂しさはあった。



「状況は変化してる……。私ができることはまだあるみたいだし、平穏が戻ってくるように頑張ろう」



 ユーライは出発に向けて、準備を急いだ。

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