第116話 思惑

「……とまぁ、今はこんな状況なんですよね。私とリフィリスの影響で世界中に迷惑かけちゃってて、ついでに帝国の皇帝からは手を組まないかって誘われて。どうすればいいんだろうって、悩んでるんですよ」



 魔物の軍が暴れ回っているという報告を聞いた数日後。


 ユーライは無眼族の村に行き、村長のウィザリアと話をした。


 同行者は、クレア、リピア、リフィリスの三人。他の面子はグリモワでいざというときのために待機中。


 ユーライの重いお悩み相談を聞いてくれたウィザリアは、悩ましそうに口を開く。



「流石魔王様というべきでしょうか、お話のスケールが非常に大きいですね。世界規模のお話になってしまいますと、小さな村を治めている程度の者では、明確な答えを出しかねます」


「……ですよね。すみません。こんなお話をしてしまって……」


「ご相談いただく分には構いません。魔王様が身に余る力を手にしてしまったが故、大変苦しんでいらっしゃることもお察し致します。少しでもお力になれるのであれば、いつでもご相談ください」


「ありがとうございます。助かります」


「それで、まずは魔物の軍についてですが」


「はい」


「彼らを無理矢理でも止めるべきか否かは、私にも判断がつきかねます。誰かの自由な意志を奪うことは、確かに命を奪うよりも酷いことなのかもしれません。

 魔王様が神様になるつもりがないのであれば、そこは干渉しないのも選択肢の一つでしょう」


「はい」


「魔王様がすべきことは、魔王の力の影響を最小限に抑える方法を探すことや、リフィリス様の状況を改善する方法を探すこと、でしょうか。それは、魔王様が神様を演じなくとも、できることです」


「ですね」


「このことに、魔王様も考えが及ばなかったわけではないでしょう。しかし、もっと力を尽くして、方法を探ってみてはいかがでしょうか。時間はかかるかもしれませんが、グリモワでただ成り行きを見守っているよりは有意義な時間となりましょう」


「……はい。確かに。ちょっとやってみます」



 ウィザリアは一つ頷いて、話を続ける。



「そして、帝国と手を組むお話ですが」


「はい」


「帝国が世界の支配者となることを望まないのであれば、現時点で手を組むのは控える方が宜しいでしょう」


「……えっと、話が少し飛んでません? 私と手を組むと、帝国は世界の支配者になれるんですか? 私、戦争に手を貸すつもりはありませんよ?」



 ユーライは首を傾げる。



「魔王様が戦争に手を貸さずとも、魔王様と親交を持つというのは、帝国にとって都合が良いのです。

 リピアも指摘しておるようですが、魔王様は優しいお人柄ですから、親交のある者たちを容易に見捨てることができません。

 一、二ヶ月の交流では何も変わらないかもしれませんが、一年、二年と親しくしていけば、魔王様は必ず帝国の者たちを大切に思い始めます。

 魔物の脅威から助けるだけのつもりだったとしても、いざとなればいつでも帝国の者たちを守るようになるでしょう」


「……そうかもしれません」


「いざとなれば魔王様が守ってくださる。それは、帝国民にとって多大な安心材料。防御を多少手薄にしても、攻めを優先できることになります」


「……なるほど」


「そして、他国からしても、魔王様の存在は無視できません。魔王様がもしかしたら参戦してくるかもしれない、というだけで、それに備えた行動をとる必要があります。魔王様はお一人で大国の軍隊以上の戦力ですから、備えるのも簡単ではありません」


「……はい」


「魔王様と手を組めば帝国は世界を支配できる、とまでは言えません。しかし、他国の侵略がやりやすくなるのは間違いありません」


「……確かに」


「もう一点。ノギア帝国は、シェイラン聖王国とも接しています」


「ああ、はい。そうですね」


「ノギア帝国は、長年シェイラン聖王国への侵略を企てています。

 しかし、シェイラン聖王国を積極的に攻めれば、同じ隣国であるリバルト王国に逆に攻められる恐れがあります。

 ノギア帝国は、安易にシェイラン聖王国を攻めるわけにはいきません」


「ええ、そうですね」


「一方で、シェイラン聖王国は、おそらく魔王様討伐に向けて積極的に動いていることでしょう。かの国もまた、魔王様の存在を許さない者がトップにおります。

 シェイラン聖王国が魔王様討伐のために動いたとき、魔王様は当然応戦するでしょうが、ノギア帝国も魔王様の協力者として戦うでしょう」


「……ふむ」


「ノギア帝国の力があれば、魔王様の戦いはだいぶ楽になることでしょう。しかし、ノギア帝国はそれで魔王様に恩を売ります。シェイラン聖王国の侵略を成しつつ、魔王様にも借りを作るのです」


「……うーん」


「魔王様が非道であれば、借りを作ろうとなんの意味もないでしょう。しかし、魔王様がまともな人格を有しているが故に、魔王様はノギア帝国の借りを返すよう、努めるはずです」


「……まぁ、人並みにちゃんと礼はしますね」


「ノギア帝国が魔王様と深い協力関係を築けば、他国はますますノギア帝国に手出しができなくなります。元々軍事に力をいれているノギア帝国は、世界の支配者としての道を進むことになるでしょう。

 ……というのはあくまで想像ではありますが、的外れではないかと。

 ノギア帝国が魔王様と手を組みたがる理由は、想像できたでしょうか?」


「……はい。おかげさまで。教えてくださってありがとうございます」



 ウィザリアが神妙な顔で頷く。



「お力になれて幸いです。そして、魔王様はノギア帝国と手を組む選択をなさいますか?」


「……ノギア帝国の戦争を手助けする立場にはなりたくありません。

 ただ、多少打算があったとしても、私と親交を持とうとしてくれる人たちのこと、切り捨てたくないんです。

 どういう関係ならばお互いにとって良い距離感になるのか、よく考えようと思います」


「わかりました。また気になることがありましたら、いつでもご相談ください」


「はい。ありがとうござます」



 ユーライは深く頭を下げる。


 ウィザリアとこうして相談できるのは、本当にありがたいこと。


 まだまだ問題は山積みだろうが、手探りでも進んでいく指標を得た気分だった。

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