第115話 歪み
* * *
ヴァンパイアたちが統括している魔物の軍勢は、決して魔王軍を名乗ってはいない。単なる魔物の群に過ぎない。
しかし、普通は群れない多様な魔物が集まり、軍を結成してしまえば、世間的には魔王軍として認知されてしまう。
ユーライは、ディーナを通し、魔王は魔物の軍に関わっていないと世間に伝えている。それでも、何もしていないことも人類への敵対行為と受け取る者は多いらしい。
魔王が世界侵略を始めたということで、ユーライたちの立場も危うくなってきた。
「世界侵略なんてしたくないけど、かといって世界を自分の思い通りにする神様にもなりたくない。どうしたもんかなぁ……」
ユーライは、一人でグリモワの外壁の上に登り、思案する。朝食を摂ったばかりで、時刻でいうなら午前七時過ぎだろうか。
「私が出向けば、魔物の軍はすぐに戦いをやめる。それで救える命はたくさんある。魔物側にも、人間側にも。
あーあ、私の力がもっと弱かったら、力を尽くして魔物と人間の戦争を止めに行くんだけどな……」
全てを思い通りにできてしまうからこそ、迷う。
個人の意志で、全てを思い通りに動かして良いものなのか。
「行動するべきか、何もしないべきか。考えても答えは出ないよな……。うーん、ここは、邪神君に相談だ。おい、邪神、聞こえるか?」
『なんだ?』
「お、反応した。いつでも会話できるわけじゃないって言ってたけど、意外と反応するんだな」
『大抵、暇を持て余しているからな』
「逆に、反応しないときっていつ?」
『その方が面白そうだと感じたときだ』
「性格悪ぅ」
『邪神だからな』
「はいはい。それでさ、私、どうしたらいいと思う? やっぱり、魔物の軍を止めるべきなのかな?」
『お前はいつまでも同じことをうだうだと悩んでいるのだな』
「うっせ。悩むに決まってるだろ。世界を巻き込む一大事なんだから。それで、お前はどう思う?」
『どうすべきかという話なら、お前の立場なら止めるべきではあるだろう』
「やっぱりそう思う?」
『そうだな。だが、お前が何もしない方がこの先面白くなる。放置しておくことを勧める』
「それ、絶対世界的にやばいことになるだろ」
『世界は混沌としている方が面白い』
「あー、やっぱり止めに行こうかな……。今更だけど……」
『好きにするが良い。我にお前を止める手段はない』
「邪神は世界の外側からこっちを覗き見しているだけ、か」
『そういうことだ。止めたければ止めろ。ただ、お前が己の意志で世界を導くというのなら、その責任もお前に降りかかる』
「……つまり?」
『お前が魔物の軍を止めたとしても、また別の歪みは生まれてくる。
人間は次に、お前に活性化した魔物全てを止めろと要求するだろう。お前が止めなければ、人間はお前を人類の敵と認識し非難する』
「……かもな」
『逆に魔物を止めれば、今度は魔物が魔物としての役目を果たさなくなる。
わかりやすい共通の敵がいなくなると、今度は人間同士の争いが増えるだろう。
人間にとっての敵は本質的な悪ではなく、ただ自分にとって都合の悪い存在だ。そんなもの、この世からなくなるわけもない
人間が生きていくには、どこかにわかりやすい敵がいる方が良いのだ』
「……敵がいる方がいい、ね。わからない感覚じゃないかもな」
ユーライとしては、敵のいない世界でも普通に暮らしていける気がする。
しかし、それに適応できない人間も存在していると、なんとなく理解している。
『今暴れている魔物の軍を止め、さらに知性のない魔物までもを排除したとして、世界は平和にはならん。今でも人間同士の争いはあるものだが、それが一層酷くなっていく。
まぁ、やがてそれも落ち着いてくるかもしれないが、戦争が少なくなったとして、今度は戦争以外の争いが激化していく。お前の故郷でもそうだろう?』
「そうかも。あっちはあっちで大変だし」
『人類は平穏すぎる日々を享受できるようにはできておらぬ。どこかに敵を見つけ、争い合うのだ。
結局のところ、お前が何をするにしても、世界には歪みが残り続ける。どの歪みと戦っていくかの選択に過ぎず、どこかで不幸が生まれ続ける。
人類はどうにも救いがたい存在なのだから、お前は面白くなりそうな選択をすれば良い。魔物の軍など放置して、高見の見物でもしていろ』
邪神の言葉も、ユーライは理解できる。納得したくないとも思うけれど。
「……魔物と人間の争いが激化するのが面白いとは、私は思わないぞ?」
『では、今の争いを止め、後世の子供たちに人間同士の醜い争いを味わわせるか?』
「マジで嫌みな選択肢を突きつけてくるな……」
『邪神だからな』
「滅びればいいのに」
『我はただお前の話し相手になっているだけなのだがな』
「そうなんだよなぁ……」
邪神は何も悪くない。断罪する対象でもなんでもない。
『魔王さえ倒してしまえば世界は平和になる。そんな幻想を抱かせ、希望を与えるのも、そう悪いことではあるまい。お前が魔王として君臨することは、ある意味世界を救っている。恨まれ役を演じてみればどうだ?』
「そういう言い方されると、もうこのまま放置でもいいかなって気持ちになっちゃうよな……。邪神ってマジ悪魔……」
『我は悪魔ではない。邪神だ』
「知ってるっつーの」
はぁー、とユーライは深く溜息をつく。
平和なくせに決して幸福に満ちているわけでもない世界のことを、ユーライは知っている。そんな未来を作ることが、本質的に良いことなのか、ユーライにはわからない。
「世界って、複雑だな」
『そうだな。まぁ、そう悩むな。お前は神のごとき力を得てしまった一般人。全知全能の神のように、完璧なる正解を選び続けられるわけもない。
お前が何かを間違えば多くの命が犠牲になるだろうし、人間はそれを責め立てもするだろう。
しかし、我だけはお前のしでかしたことを、愉快愉快と笑っておいてやろう』
「……慰めなのか煽りなのか、さっぱりわからん」
『どう受け止めるかはお前次第だ』
「はいはい。自分はいつでもお前の味方だー、みたいな雰囲気だけど、私が味方でいてほしいのはお前じゃないんだわ。むしろお前はどうでもいいんだわ」
『話し相手になってやっているのに、酷い扱いだ』
「それすらも愉快なんだろ?」
『そうだな』
クックック、と邪神が笑う気配。メンタル強めで、常軌を逸した存在だ。
「……まぁ、話を聞いてくれてありがと。またな」
『ああ。ではな』
邪神の気配がなくなり、ユーライはまた溜息を一つ。
「……ユーライ、誰と話していたの?」
クレアの声が聞こえて、ユーライは少々動揺。邪神との会話に集中していて、クレアの接近に気づかなかった。
ユーライは声のした方を振り向く。近づいていたのはクレアだけだ。
「クレア、来てたんだな。んー、今のは、もう一人の自分と会話してたんだよ?」
「それは誤魔化そうとしているの? それとも冗談?」
「どちらかというと冗談かな」
「じゃあ、誰と話を?」
「……知りたい?」
「知りたい」
「どうしても?」
「どうしても。ユーライのことなら、ちゃんと知りたい」
「そう。誰にも内緒って約束できる?」
「ユーライがそう望むなら」
「そう。じゃあ、教えよう。今のは、自称邪神と話をしてたんだ」
「自称、邪神……? それは、本当の話?」
「本当の話。本当に邪神なのかは知らない。ただ、世界のことを色々と知ってて、世の中のことを
「……邪神は、セイリーン教の神様と関係ある?」
「関係はあるかも。その神様の敵って感じらしい」
「……そう、なの」
クレアが混乱しているようなので、ユーライはもう少し詳しく邪神について説明。最初に出会ったときのことと、それから何度か言葉を交わしたこと、そして先ほどのやりとり。
ユーライが異世界から来たという話は伏せたが、それ以外については、だいたい話した。
「ユーライには神様と同じくらいの力があるとは思ってた。でも、実際に邪神と対話してるとは思わなかった……」
「ま、本当に神様の一種なのかはわからないけどな。確かめようがないし」
「うん。わかってる」
「内緒にしててごめんな。クレアたちに、遠い存在だとも思われたくなくてさ」
「大丈夫。ユーライは強いけど、それ以外はただの女の子だってわかってる」
「そっか。良かった」
「ユーライ自身がその力を持て余していること、あたしは知ってる。いつも困ってて、むしろ身近に感じるかな。中身は普通の子だなぁって」
「そうなんだよ。私も困ってるんだよ。一緒に色々考えてくれて、いつもありがと」
「うん」
ユーライはクレアに抱きつく。クレアも抱き返してくる。
「私、たぶん、これから世界にとって悪者になる。クレアは、一緒にいてくれる?」
「うん。ユーライが、世界を滅ぼそうとする邪悪に堕ちない限りは」
「危うくなったら、クレアが私を殺して」
「……わかった。ユーライを殺して、あたしも死ぬ」
(病んだ人みたいなこと言ってら)
ユーライは苦笑して、だけどクレアへの感謝や愛情も沸いてきた。
クレアの熱に救われながら、ユーライはその体を抱きしめ続けた。
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