第114話 戦

 * * *


「おー、魔王軍、五万か。なかなか壮観だねぇ」



 黒いローブに身を包んだ魔王教団の教主、エルクィドは、外壁の上で思わずにやけてしまう。



「正確には、あれは単なる魔物の群れ。魔王は関与してない。でも、やっぱり世間は魔王軍って認知度しちゃうよねぇ」



 魔王が世界に存在して、魔物が群れていれば、それはもう魔王軍になってしまう。


 人間の認識とはその程度のものだ。魔王自身がそれを理解しているかわからないし、そんなことは望んでいないのだとしても。



「あの数が相手じゃ、ミューラももう終わりだな」



 エルクィドがいるのは、リバルト王国内のミューラという町。町の周りは外壁で囲まれているが、決して全ての魔物を退けられるわけではない。空を飛ぶ魔物も無数にいて、それらは簡単に外壁を越えてくる。



「ワイバーン、ハーピィ……グリフォンまでいるのか。人間側からすると脅威だねぇ。しかし、魔王不在の魔王軍で、ここまでの数になるとは。ヴァンパイアども、上手く立ち回っているじゃないか」



 通常、別種の魔物同士が一つの群れとなって行動することはあまりない。理由は明確ではないが、生き物はだいたいそういうものなので、魔物も同じなのだろうと言われている。


 その事情が変わるのは、魔王が現れたとき。魔王が圧倒的な力により魔物を支配し、様々な種類の魔物を一つの軍としてまとめあげる。


 魔王不在で多様な魔物をまとめるのは大変なことで、いつ破綻するかもわからない。



「ヴァンパイアは私と似たところがあるから、なんとなく考えてることがわかっちゃうなぁ。

 あいつら、完璧な軍隊を作り上げようだなんて、微塵も思ってないんだろうねぇ。魔王軍を使って世界を蹂躙し尽くそうだなんて考えず、一時の協力ができれば良いと思ってる。遠くないうちに破綻するだろうけど、しばらくは人間の脅威になるだろうねぇ」



 いずれ魔王軍は解体される。それも含めて、この状況はエルクィドにとって都合が良い。魔王教団の目的は世界を支配することであって、世界を終わらせることではない。



「リルシェンも良い働きをしてくれた。勇者を強化する術を教えてあげた甲斐があったよ」



 ノギア帝国内に潜む教団員に指示を出し、リルシェンに禁忌魔法を記した魔法書が渡るようにしたのは、エルクィド。魔王が本来の力を発揮するように仕向けられればと思い画策したことで、それが上手くいってエルクィドは満足していた。



「さぁ、魔王軍。人間の町を蹂躙するといい」



 空を飛ぶ魔物が、最初に町へ到達。その魔物たちを、外壁にいる魔法使いたちが迎撃していく。


 翼を広げると五メートルほどになるワイバーンは、一体でも人間にとって脅威。それが数十の群となってやってくるのだから、ミューラの戦力では対応しきれない。何人もの魔法使い、兵士、冒険者が、ワイバーンに襲われて散っていく。地上に落とされる者もいれば、噛みつかれ半分になる者もいる。


 エルクィドは、その光景をただのんびりと眺めている。自身の存在は魔法で隠しているため、外壁にいる人間も、飛び交う魔物も、誰もエルクィドに気づかない。



「いいねぇ。こうして間近で人と魔物の戦いを眺めていると、ワクワクするよ」



 外壁の上の戦力は、次第に数を減らしていく。ワイバーンは門の付近を固める兵士たちを攻撃し、蹴散らしていく。さらに、内側から門を破壊。これで地上からも魔物が内部に侵入できるようになる。


 ミューラは比較的小規模で、大規模な戦いにも備えていない町。外壁はあるが、堀もない。門が開いてしまえば、内部に攻め込むのも容易。



「ミューラの戦力はせいぜい五千くらいかな? 魔物に到底敵うわけもない」



 やがて、町に魔物たちが流れ込んでいく。それを食い止める戦力は、ミューラにはない。



「それにしても、存在を隠して近づいたくせに、あえて攻め込む前に姿を現したのはなんだろう? 私にあの程度隠蔽は通じないが、普通の人間になら有効だったはず。

 ……ああ、これはリザードマンの意志かな? 正々堂々と戦いたい武人みたいな連中だっけ? 魔物もなかなか愉快だねぇ」



 地上ではリザードマンが先陣を切って暴れ回っている。その様はどこか人間の軍隊に近いものが感じられた。オーガのように、無闇に破壊行為をするわけではない。



「この戦い、魔王様が見ていなくて良かったよ。何もしない、という選択を、変えてしまったかもしれないからね」



 町中から悲鳴が上がる。魔王が神様にはなりたくない思っていても、目の前で苦しむ人を見れば、気持ちは変わってしまったかもしれない。



「世界が混沌としてきて、私は今、とっても楽しいよ! もっともっと、世界は黒く残酷に染まってほしいもんだ!」



 エルクィドは高笑いしながら、町が滅び行く様を眺め続けた。

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