第113話 魔物

 もしかしたら酷い悲劇を生むかもしれない決断をした、その日の昼過ぎ。


 ユーライは、アラクネのリューレンと少しだけ話をした。


 リューレンたちは空き家にいたのだが、ユーライはリューレンだけを一旦外に連れ出し、軽く散歩をした。



「なぁ、リューレンって、戦うのは好き?」


「好きですよ。ただし、人間を殺すのが好きという意味ではありません。人間を殺すのは、恨みを晴らすためです」


「そっか。大切な人とかを、人間に殺された?」


「母は人間に殺されました。他にも、五人の友を殺されました。同族を殺された数は、もう何人になるかもわかりません」


「リューレンたちが何か人間たちにしたわけじゃないよな?」


「何もしなかったとは言いません。こなたも人を殺したことがあります。ただ、どちらが先に始めた戦いなのかは、今となってはわかりません」


「復讐が復讐を生んで、もう止まらなくなったって感じ?」


「傍から見れば、そういうことなのでしょう」


「その復讐を終わらせるつもりはない?」


「終わらせられるのなら、終わらせたいとも思います。しかし、誰も終わらせる術を知りません。我らが一方的に人間との戦いをやめたとしても、人間は我らを狩り続けることでしょう。それならば、我らも戦うしかありません」


「そうなっちゃうか……。終わらせる方法があるとすれば、誰かが力ずくで止めるしかないんだな」



 その力を、ユーライは持っている。今ならまだ、止めることもできる。


 しかし、それをしてしまうと、もはやユーライは神様の領域に足を踏み込んでしまう。


 自分の意志で、誰かの意志を踏みにじることになる。


 それをして良いとは思えなかった。


 争いを放置していて良いとも、思えなかったけれど。



「魔王様は、我らを止めますか?」


「まだ迷ってる。たぶん、止めないと思う」


「我らの意志を尊重してくださり、ありがとうございます」


「これで良いのか、わからないんだけどさ」


「世の中そんなことばかりでしょう」


「うん。そうだな。……あーあ、リューレンの健闘を祈るってことは、人間がたくさん死ぬってことを祈るってことでもある。かといって、一度こうして話した相手に死んでほしいとも思わない。

 リューレンは話の通じる相手だから、復讐を忘れて、この町で暮らしてくれたら嬉しいのに……」


「魔王様が、そうお命じになるのなら、そうするしかありません」


「命令はしない。私はリューレンの意志を奪わない」


「ありがとうございます」



 用件が終わっても、ユーライはリューレンとしばし雑談を続けた。


 リューレンは魔物ながら理性的だったし、可愛い動物が好きだったり、ちょっとしたことで笑ったりする一面もあった。


 死んでほしくないし、誰も殺してほしくない。


 ユーライはそう思わずにはいられなかった。



「あなたは優しい魔王のようだ。そして、どうやらまだ幼い。歴史上、おそらく初めてのことだろう。そのせいで、きっと心を痛める場面もある。

 しかし、この先何が起きようと、それぞれがただそれぞれの願う道を歩んでいるだけのこと。過剰に責任を感じることなく、外から成り行きを眺めていれば良い」



 リューレンの言葉に、ユーライは少しだけ気持ちが軽くなった。


 そして、翌朝。


 ユーライの気持ちは変わらず、リューレンたちをそのまま行かせることにした。


 アラクネたちが何をしようと、もう干渉することはないだろう。一応、無眼族の村、ユーゼフ、ルギマーノについては、ユーライの支配下だから手を出すなと伝えた。



(何を願えばいいのかもわからん。私は、私の生活を続けよう……)



 リューレンたちの背中を見送りながら、ユーライはそう思った。


 その日の夕方には、オーガの一群がグリモワにやってきた。そのオーガたちにも知性があり、ユーライに対し、共に人間と戦うことを要求。


 ユーライが断ると、残念ながらオーガたちはそれを不服として町を破壊しようとしてきた。オーガはアラクネと違い、ただただ暴れ回りたいだけのようだった。


 そういう連中に対し、ユーライは冷徹に接するだけだった。殺しはしなかったが、苦痛付与ペインで相当な苦しみを味わわせ、グリモワやユーライの支配地を襲わないように命じた後、追い返した。


 その後にも、オーク、トロール、ギガース、ハーピィ、ワーウルフ、リザードマン、ヴァンパイア等、知性のある様々な魔物がグリモワを訪れた。


 ただ暴れたいだけの連中は、問答無用で追い返した。


 会話する価値があったのは、リザードマンとヴァンパイア。


 リザードマンはアラクネと同じく理性的で、闇雲に暴れるつもりはないようだった。


 アラクネとの違いとして、リザードマンは武人の気質があるらしく、人間と魔物、どちらが強いかを戦争によって見極めたいという気持ちがあった。復讐云々ではなく、人間と魔物の総力戦で、力比べをしたがっていたのだ。


 ユーライは、もちろんそれに協力しないと伝えた。リザードマンは残念そうにしていたが、大人しく引き下がり、去っていった。


 ヴァンパイアはまた少し違った気質を持っていた。酔狂な性格をしており、人間と魔物の戦いをなるべく安全なところで見物したいと言った。


 非常に性格が悪いのだが、本人たちに積極的に人間を殺す意志はなかった。人間が絶滅すると血を吸えなくなるから、ほどほどに人間と魔物が争っているくらいが丁度良いのだとか。


 ユーライが、戦争に関わるつもりはないと言うと、ヴァンパイアのリーダーである女性がまた少し変わったことを言い出した。



「魔王様が不干渉を貫くのであれば、我らヴァンパイアが代わりに魔物たちをまとめても問題はありませんね?」



 ユーライは、自分はそれを止める立場にないと思った。



「勝手に私の代理を名乗るとかじゃないなら、好きにすればいい」



 ヴァンパイアはその答えに満足して去っていった。


 そして、ユーライの望まない方向で、事態は着々と進行していった。


 リバルト王国のある町が、魔物の軍勢に襲われて壊滅した。その報告をユーライが耳にしたのは、ヴァンパイアたちが去ってから三日後のことだった。

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