第38話 苦戦
* * *
馬上のエマは、まだ遠い城壁の上にあの魔物が立っているのを発見した。不思議と魔力は感じ取れないのだが、魔力を隠す力を有しているらしいという話は聞いている。
「……今度こそ、奴を討伐する」
歩兵九千、騎兵千、さらに聖騎士五十に、聖女、聖剣士、冒険者少々。
この数でも勝てない相手だと、エマは思いたくなかった。
ただ、あまりの戦力差に、兵士の中には気が緩んでいる者がいるのも事実。たった一匹の魔物相手にビビりすぎだと思っているのだ。
それでも、エマはこれだけの戦力を投入したのは間違いではないと思っている。あのダークリッチは、それほどの力量がある。
「あれは本当に危険な魔物だ。そして……クレア」
ダークリッチの隣に、かつて戦友だったクレアがいる。離ればなれになってから一ヶ月以上が経ち、何かしらの変化があったのか、なかったのか。
セレスとの戦闘で活躍していたらしいが、それは本人の意思だったのか、あるいは操られてのことだったのか。
(……もし、クレアが操られているのであれば、解放してやりたい。エメラルダならできるはず。しかし……解放したとして、その後は結局……)
アンデッドは人間社会の中では生きていけない。聖騎士とも相容れない。洗脳などから解放したとして、エマはクレアを殺さなければならない。
(……自由を取り戻しても結局死ぬことになるのなら、己を取り戻す前に死ぬ方が幸せか……)
エマが思い悩んでいると、エマと同じく馬上のエメラルダが声をかけてきた。
「エマ。そんな暗い顔をしないで。きっと……クレアのことは、そう悪いことにはならない。そんな予感がする」
「……悪いことにはならない、とは? 私たちは、クレアを殺すしか……」
「エマ。落ち着いて。大丈夫。きっと、大丈夫だから」
エメラルダが、城壁に立つダークリッチを見据える。
エメラルダはあの姿に何を感じ取るだろう。恐ろしい魔物以外の何かに見えるだろうか?
エマが考えている間に、前線の兵が魔法による攻撃を開始。
こちらの攻撃はダークリッチに向かって飛んでいくが、不意に黒い円が現れ、魔法が吸い込まれてしまった。
「……なんだ、あれは。全ての魔法を吸い込んでしまうなんて、普通の魔法じゃない……」
続けて、ダークリッチが遠目からでもわかるほど、膨大な魔力を放出する。
百人規模の魔法使いが協力して完成させるような魔法を、たった一人で扱うつもりのようだ。
「なんて、でたらめな……っ」
城壁の下に、無数の魔法陣が生じる。そこから、次々とスケルトンが湧き出てきた。
「数は五千もないか……? しかし、これでは数の優位が当てにならなくなる……っ」
スケルトン一体一体はさほど脅威ではないだろう。しかし、それは歩兵についても同じこと。数で押し切る戦略は、あまり有効ではなさそうだ。
「ちっ。あのスケルトン、再生までするのか……」
魔法兵の魔法で砕け散ったスケルトンが順次復活している。死んでも蘇る兵隊では、その脅威は見た目通りではない。
「エマ。わたしも、戦う」
「しかし……。エメラルダ様は既に防御結界を……」
一万の兵を守る防御結界を維持するのは非常に負担が大きい。さらに攻撃をさせるのは難しい……。
「わたしがここに来たのは、戦うためだから」
エメラルダが聖杖を掲げ、浄化の光をスケルトンに向けて放つ。
一撃で百以上のスケルトンを浄化するが、それでも敵はまだまだいる。
エメラルダが二度、三度と浄化の光を放つ。エメラルダが一気に憔悴していくのが、エマにはわかった。
「エメラルダ様! あなたは防御に専念してください! ダークリッチの危険な闇魔法を防ぐだけで十分です! あとは兵士たちに任せてください!」
「でも……っ」
「あのスケルトンとて、復活の回数には限りがあるはずです! 魔力で生まれたものであれば、無限の再生能力など持てるはずがありません!」
まだ戦おうとするエメラルダ。エマは馬から軽く身を乗り出し、力ずくで杖を下ろさせた。
「敵を浄化するより、ダークリッチの攻撃を防ぐ方が先決です。奴が自由に攻撃できるようになってしまえば、この数の兵とて一瞬で敗北します」
「……ごめんなさい。わたしの力が足りなくて……」
「あなたは十分にやっています」
「そう……なのかな……」
前方から、魔物も来た! という声があがる。
エマも見てみると、数は控えめだが狼の魔物が城門から出現していた。
「奴は魔物を操ることもできるのか……。傀儡化と同じ魔法ではなさそうだな……。単に支配下においているように見える……」
次に何が出てくるかわからない。とにかく、主な戦力は三人という事前情報が全く当てにならなくなったのは確かだ。
「一人で何人分の働きをするつもりだっ」
ほどなくして、スケルトンの軍勢が歩兵部隊とぶつかる。
敵一体一体は強くない。しかし、倒しても再生する魔物相手では、兵士たちが上手く戦えない。倒したと思った敵が復活し、その敵に刺されるという状況も多発している。
前方が騒がしくなる。悲鳴もよくあがっている。……既に、死者も出始めているだろう。
(……奴は殺生を避けるという話だったが、追いつめられればそんなことは言ってられないか。軍をぶつけたのは間違いだったかもしれない……)
聖騎士の一部は前線に配置されていて、その団員たちはよく戦っている。倒せないのならと、一カ所に敵を集め、土魔法で地中に埋めるなどの対応もしている。
しかし、少数精鋭すぎる聖騎士だけでは、戦局をひっくり返すほどにはならない。
「……あっちは、聖剣士とその仲間か」
聖騎士の他に、アクウェルたちも活躍している。どうやらスケルトン殲滅ではなく、仲間と共にこの場を突破してダークリッチを討つつもりらしい。
『我は聖剣士アクウェル! 神の加護を受けし正義の刃で、かの邪悪な魔物を必ずや滅してみせよう!』
戦いが始まる前、アクウェルは高らかに宣言していた。それだけの実力も、確かに備えている。
敵がダークリッチ一人だけなら、あるいは、討てたかもしれない。
(……無闇に突っ込ませても、向こうにはギルカがいる。魔物退治特化のアクウェルとは相性が悪いはずだ。もっと有効な戦わせ方もあったろうに……。しかし、ある意味陽動としてはいいのか……)
エマは、悠然と構えているダークリッチを睨む。
(……いつまでその余裕を保っていられるかな? 密かに暗殺者も向かっているはず。こちらの剣は確実にお前に近づいているぞ)
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