第57話 力

 その後、ジルベドたちは本当に領主の首を持ってきた。


 年齢にして七十過ぎだろうか。最初に見たときには幽鬼のような顔に見えたが、首だけになった老人はどこか安らかな表情をしている。ユーライにはそう感じられた。


 約束通り、ユーライは町を支配下におくと宣言しようとしたのだが、その前にリピアが不安そうに言った。



「ユーライの力で町を安定させるのはいいことだ思うけど……魔王が人間を脅かしたってことで、ユーライが人間に討伐される理由になっちゃわない?」



 ユーライはそれもありうると思ったが、実のところ、何もしなくてもそれは変わらないだろうとも思った。


 魔王という肩書きを持つだけで、少なからず人間には疎まれる。町を一つ支配下におこうがおくまいが、状況は変わらない。



「……心配させてごめんな。でも、多少のことで状況は変わらないだろうし、私は約束を果たすよ」



 リピアにそう言った後、ユーライは再び傀儡魔法を使いつつ、町を支配すると宣言。


 その際、支配下には置くが、実際の統治はジルベドに一任することも伝えた。また、決定に逆らう者には厳罰を下すという脅しを交えつつ、ジルベドに従っている限りは自由に暮らして良いとも伝えた。


 そして、当面の治安維持のため、ユーライは町中に一万のスケルトンを配置。命令は、争っている者がいたら殴って止めろ、だ。


 細かい指示はできないので、誰が悪いとか関係なく喧嘩両成敗になってしまうが、今は仕方がない。まともに治安を維持できる衛兵がいないので、妥協案としてそうした。


 そのせいで、町中をスケルトンが徘徊する異様な光景が広がった。まさに、魔王に支配された町という風情。


 しかし、強制的に暴力を取り除くことによって、町は落ち着きを取り戻す見通しだ。


 それに、町の人も、言うことを聞いていれば殺されることはない、と思えるようになり、精神的にも多少楽になったはずだ。


 本格的に町が活気を取り戻すには時間がかかるだろう。それでも、希望が見えたのは大きいはず。


 ユーライがユーゼフにおいてできることは、一日もかからず終わった。


 そのすぐ後、ジルベドから別の依頼があった。



「ルギマーノの町も、魔王殿の支配下においてほしい」



 ルギマーノは、グリモワとユーゼフに近い町。ジルベドはそこのギルド長とも話をしたそうで、ユーゼフと同じく不安定になったルギマーノを救うには、ユーライの力が必要だと言う。



(名目上、一気に二つの町を支配するのか。私、ますます世界征服を企む魔王みたいになっちゃうなぁ)



 ユーライは若干心配になったが、ルギマーノの町が滅んでほしいわけでもなく、結局そこも支配下に置くことにした。


 ユーライたちは一日かけてルギマーノに移動し、そこの冒険者ギルドの長と接触。


 ユーゼフの町と同じようなことを繰り返し、ルギマーノも支配下に置いた。もちろん、実質の統治はギルド長に任せている。


 ギルド長と今後のことについて色々と話をして、一段落する頃には夕方になった。


 それから。



「……さて、依頼は完遂したし、次はこいつをどうにかしないとな」



 持ち主のいなくなった、ルギマーノにある一軒家の一室にて。


 ユーライは、椅子に座らせたフィーアと対峙する。


 ユーライはフィーアと向かい合う形で椅子に座っているが、クレア、ギルカ、リピアの三人は側に控えて立っている状況。


 一度ボコボコにしてから、ユーライはフィーアをずっと連れ回してきた。精神操作で魔法を使えないようにしているので、もはや大量殺人などはできない。また、傀儡魔法でほぼ呼吸以外の動作を禁じており、しゃべることも見ることもできないようにしていた。なお、持ち運びはスケルトンに任せていた。


 顔が変形し、全身傷だらけだったのは、リピアが回復させている。ユーライとしてはそのままでも良かったのだが、リピアが辛そうな顔をするので、回復させることを許した。



「……目、開けていいよ」



 ユーライは傀儡魔法を一部解除。フィーアは目を開き、ユーライの顔を見てうっとりしながら微笑む。



「魔王様……っ。ようやくまたお顔を見られました……っ。今日もお美しい……っ」


「……お前って本当に私のことが好きだよなぁ。ろくに私のことを知らないくせに」



 ユーライは溜息を一つ。



「わたくしは魔王様を心より愛しております」


「……それ、私を愛しているんじゃなくて、フィーアが勝手に作った魔王のイメージを愛してるだけだろ?」


「そんなことはありません! わたくしは今目の前にいらっしゃる魔王様を愛しております! 魔王様の圧倒的な力に、わたくしは心底惚れてしまいました! どうか、わたくしと共に世界を滅ぼしてくださいまし!」


「……強い相手だったら誰でもいいわけ? なんて言っても仕方ないか。確かにさ、私は強いよ。でも、それだけだ。私にできるのは、概ね壊したり殺したりすることだけ。とても寂しい力だよ」


「寂しい力などではありません! この醜い世界を浄化できる、とても尊く素晴らしい力です!」


「……浄化、ね。お前からすると、そうなのかもな。けど、私はお前みたいには考えない。壊す力より、造る力や癒す力の方がよほどすごいと思う」


「魔王様にそんなものは必要ありません! 魔王様は、その神にも等しい力で、世界を蹂躙してしまえば良いのです! 破壊の時こそ、魔王様は最も美しいのです!」


「……ああ、そう」



(この子は、本当に私とは異質な存在なんだろうな……。理解し合おうなんて思っちゃダメだ)



 多少は理解し合えればとユーライは思っていたが、早々に断念する。



「フィーアがどう考えるかは自由だ……。それより、とりあえず、魔王教団について話せ」


「はい。わかりました。何をお話しすれば宜しいでしょう?」



 フィーアはすんなりと頷く。素直に全てを話すよう、精神をいじったわけではない。


 魔王に全てを捧げる、という気持ちは本物なのだろう。

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