第41話 神剣

 * * *


 アクウェルがあっさりと破れた。


 エマはそれを冷静に見ていたが、続いてアクウェルの仲間たちが寝返り、兵士を襲い始めたのには驚いた。



(アクウェルは魔物退治に特化した冒険者。キルガを相手に敗北するのも無理はない。しかし……奴の仲間は何をやっているんだ? やはり洗脳のような力があるのか? だとすると、下手に奴に近づくのは良くない。こちらの戦士が奴の手駒とされてしまう)



 アクウェルの仲間たちが次々に兵士を殺していく。さらにその死体をスケルトンたちが町の中に運ぶ。



(……一体何が起きているのか。嫌な予感がする……)



 やがて、アクウェルの仲間たちが町の方へ戻っていく。数百人は殺しただろう。


 操られているのであれば話は別だが、もしあれが本人たちの意志であった場合、あの三人はもう人間社会で生きていくことはできないだろう。


 城壁の上のダークリッチが姿を消す。それから程なくして、町の中から邪悪な光が放たれた。



(あれは……クレアをアンデッドにしたときと同じ光……。まさか、アクウェルをアンデッドにしたのか? このタイミングなら……兵士たちの命は、アンデッド作成のための材料にでもされたのか……。そうだとすると、やはり、あの三人は自ら裏切ったのだろうな)



 エマがアクウェルたちと顔を合わせたとき、あの三人の女性がアクウェルに特別な想いを抱いていることは見て取れた。



(アクウェルの復活を餌に、あの三人を裏切らせたか……。なんと非道で、卑怯な魔物だ。殺しを避けるという話だったが、その性根はやはり残虐。早く……奴を討伐せねば……っ)



 エマは決意を確たるものにするが、しかし、戦局が大きく動くことはない。


 前線の兵とスケルトンがぶつかり続け、次第にスケルトンの数が減っていく。どうやら十回も壊せばスケルトは消滅するらしい。ただ、要するに数千のスケルトンではなく数万のスケルトンを相手にするのと同じなので、数の上では兵士の方が不利だ。


 また、スケルトン以外の魔物も攻めてきている。野生の魔物を大量に使役しているらしく、それらの相手をするのも簡単ではない。



(……このままでは負けるか。いや、暗殺部隊が討伐を成すかもしれない。しかし、連中にどれだけ期待していいものか……。

 聖騎士団としてももっと動きたいところだ。聖騎士団は守護に専念すべきなどと、下らん指示が降りていなければ……っ)



 この戦いはユーゼフ伯爵の嫡男が主導している。ダークリッチ討伐で箔をつけたいのが見え見えの男だった。ろくな男ではないが、組織として動いている以上、その指示から外れたことをするわけにはいかない。


 しかし、このままでは、ダークリッチを討伐するどころか、全滅の危機さえある。



「エマ」



 前方の団長カーディンに名前を呼ばれ、エマは意識を外に向ける。



「あ、はい。なんでしょうか」


「……お前に、クレアを討てるか」


「……えっと、それは、どういう意味でしょうか?」


「そのままの意味だ」



(団長は、私にクレアと戦わせようとしているのか……)



 エマにとって、クレアはエメラルダの次に親しい友。聖騎士団では珍しい十代で、かつ同性同士。共に過ごした時間は、他の誰よりも長い。



「……討てます。いっそ、私以外の誰にも、クレアを討たせたくはありません」


「そうか。ならば……お前にこれを預ける」



 団長がエマに差し出したのは、聖騎士団における最も貴重な武器の一つ、退魔の神剣。魔物を殺すためだけにあるような剣で、特に闇属性の魔物であればほぼ一撃で屠る力がある。


 ただし、魔物に対しては強力な力を持つ反面、人間を一切傷つけられないという弱点も持つ。対人戦では完全にただの飾りだ。


 エマは、団長の差し出すその神剣を受け取る。



「……つまり、私はここを離れ、クレア、そしてダークリッチを討て、と」


「そんなことは言っていない。お前は独断で俺から神剣を奪い、友の敵であるダークリッチを討ち、かつての友を自らの手で神の元に返すのだ」


「……なるほど。承知しました」



(つまりは、私に全ての責任を押しつけながら、ダークリッチの討伐を聖騎士団でなすということか。……私がやらなければ、他の誰かがそれをなすことになるのだろう。他の誰もやらなければ、団長自らが行くのだろう)



 エマは、団員の優先順位を考える。



(この人は、この団に必要だ。そんなことはさせられない。私が責任を取らされることくらい、大したことではないさ)



「エマ……。行くの?」



 エメラルダが不安そうにエマに声をかけた。



「ええ。行きます」


「……そう。引き留めるわけにも、いかないよね……。どうか、無事で」


「ええ。もちろん」



 ダークリッチ討伐を成功したとしても、聖騎士団には戻ってこられない可能性もある。エマはそれを理解していたが、このまま何もせずにいるのは嫌だった。



「エマ。俺も手伝う。行こう」



 ヴィンがエマの隣に並ぶ。ヴィンは気配遮断の魔法を使えるので、二人で姿を隠して進むつもりのようだ。団長とは事前に話してあったのだろう。


 エマはヴィンと共にその場を離れ、他の兵の隙間を縫って進んでいく。



「……エマ。お前の友を殺してしまったこと、本当にすまないと思っている」


「……やめてください。あなたの意志ではなかったことくらい、わかっています」



 ダークリッチの魔法で錯乱し、クレアを斬ったのはヴィンだ。


 エマはそれを恨むつもりはない。自分でも、ダークリッチの魔法の凶悪さは嫌というほど理解している。



「……二人で、終わらせましょう」


「ああ」



 エマはこれからすべきことを思い、胸が酷く痛んだ。

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