第42話 え?

 * * *


「やれやれ。正義の味方ってのは、難儀なもんだなぁ」



 ユーライは、自傷行為を繰り返すアクウェルを眺めながら肩をすくめた。


 兵の死体も集まり、アクウェルをアンデッドにしたまでは良かったものの、アクウェルは自分がアンデッドになってしまったことに絶望した。さらに、自分を復活させるために三百人の兵士を死なせてしまったことを嘆いた。


 正義感の強い男だったのだろう。自分は死んで償うべきだと自傷を繰り返すのだが、アンデッドは容易には死なない。アクウェルはひたすら自分を切り刻むが、傷は徐々に回復する。死ねなかったアクウェルは再び自傷行為に走るというループができつつある。


 仲間の三人はどうにかアクウェルを落ち着かせようと努力しているのだが、しばらくは難しいだろう。


 余談だが、聖属性の魔法を扱っていたアクウェルは、アンデッドになってからその系統の魔法を使えなくなった。逆に闇属性の魔法に特化している。



「……ま、アクウェルがどうしても死にたいって言うなら、後で殺してあげればいっか。今は放っておこう。そろそろ上に戻ろうかな」



 アクウェルをアンデッド化するため、ユーライは一旦地上に降りてきていた。もう用事は済んだので、一緒に降りていたクレアとリピアを連れて階段に向かう。なお、ギルカについては、警戒のために城壁の外で待機。



「必死で戦ってる敵には悪いんだけど、上から眺めてるだけって結構退屈かも」



 ユーライがぼやくと、クレアも同意。



「まぁ、わかる」


「クレアも飽きてきた?」


「少し」


「一発で戦いを終わらせる魔法とかがあればいいのにな」


「それはそれで恐ろしい。というか、ユーライならそれもできるのでは? この町の人を消し去った魔法を、ユーライはまだ使っていない」


「……あれは使わない方針で。敵を全員消し去りたいわけじゃないし、こっちの勝利を認めてもらえればいいんだよ。とりあえず、向こうの主戦力を潰せば終わりかな?」


「……主戦力を潰すか、向こうの大将を潰すか、聖女を……無力化すれば、諦めて帰っていくと思う」


「なるほどねー。聖女にはなるべく手を出さない方針で、さっさと終わらせたいところだよ」



 ユーライが軽くあくびをすると、クレアが眉をひそめる。



「あまり気を抜かない方がいい。ギルカのような力を持つ者は、向こうにもいるはず。暗殺者の一人くらい、こっちに向かってきているかもしれない」


「確かに。気をつけないと。って言っても、私はそういう気配察知が得意なわけでもないから、クレアとリピアに頼ることになるかな」



 クレアは戦闘経験豊富のため、隠密系のスキルを使われても何となく気配がわかるらしい。また、リピアたち無眼族は元々見えないものに対する察知能力が高い。


 ユーライは見えない敵に対応できないが、二人がいれば大丈夫だろうと、どこか安心している。


 安心、していた。



「危なっ」



 突然、リピアがユーライに体当たり。


 ユーライが倒れる前に、一瞬前まで立っていた地面が大きくひび割れる。何か大きなもので、上から押しつぶされたような跡だ。



「え?」



 地面に倒れたユーライは、半身を起こして周囲を確認する。


 リピアの姿がなかった。


 リピアがいるはずの場所に、赤く染まったローブと、血溜まりがあった。


 傍らに落ちている盾が、妙に物寂しかった。



「……え?」



 ユーライが混乱している中で、クレアの動きは速かった。すぐさまユーライを引き寄せ、背後に押しやる。


 クレアが雅炎の剣を抜き、一閃。金属がぶつかる音がした。


 そのまま、クレアは見えない誰かとの戦闘を続ける。



「ユーライ、下がってて!」


「……あ、うん」



(え? 今、どうなってる? リピアは、どこへ……?)



 頭のどこかでは理解している。しかし、認めたくなかった。


 後ろに下がりつつ、血溜まりを眺める。



「リピア……?」



 呼びかけても返事はない。



「リピア……。なんだよ急に……。まさか、死んだなんて言わないよな……?」



 リピアとは、これからも長く一緒にいるはずだった。今はまだ何も知らないと言ってもいいくらいの相手だけれど、今後、知らないことなどないくらいになっていくのだと、漠然と思っていた。


 クレアが遠ざかっていく。ユーライはよろよろと血溜まりに近づき、その側で膝をつく。


 その血に魔力を流してみた。



「……リピア」



 体があれば、ユーライが魔力を流すことで回復が早くなる。


 しかし、血溜まりに変化は見られない。


 ユーライが呆然としていると、胸元から剣が生えた。



(……痛い。背後から刺された。二人いたのか。うっとうしいな)



「燃えろ」



 ユーライの内側で、熱が生じる。ローブの魔法耐性のおかげか、火はついていないのだが、完全に防ぎ切れてはいない。また、ユーライは熱以外の何かで体が蝕まれていくのを感じた。



「ちっ。体内から聖炎で燃やそうとしても瞬殺はできんか。ローブの力か、ダークリッチ自体の力か……厄介だっ」



 背後から、女の声がした。



(聖炎……。妙に不快だと思ったら、ただの炎魔法じゃないんだな。そんなのはどうでもいいんだけどさぁ……お前たち、リピアを殺したの?)



 ユーライの内側がどんどん熱くなっていく。煙も出始め、体が少しずつ焼け崩れていくのを感じた。



「ユーライ! しっかりして!」



 クレアの叫び声は、ユーライの耳にも届いていた。


 しかし、ユーライは思考が上手くまとまらず、何もする気が起きなかった。



「ふん。このダークリッチと違い、向こうのアンデッドは多少腕に覚えがあるようだな」



 ユーライはぼんやりしながらクレアの様子を見る。短剣を持つ敵は既に姿を現しているが、クレアでも手こずっている。



「クレア……」



 加勢がいるだろうか。いるのかもしれない。このままでは、リピアだけでなく、クレアまで失ってしまうのかもしれない。


 そんなのはダメだ。


 ユーライはクレアに加勢しようとするが、体が上手く動かない。聖炎の影響かもしれない。


 ユーライがあがいていると、背後から金属のぶつかる音。



「ちっ。おれの一撃をかわすか。流石同類、察しがいいな」


「黒幻狼の頭領、ギルカだな。お前もついでに処分してやる」


「やれるもんならやってみろっ」



 門の外にいたギルカが戻ってきていたらしい。


 おかげで、ユーライの近くに敵はいなくなった。


 ただ、体はまだ動かない。



(これ、本格的にやばいのかも……。このまま私も死ぬのかな……)



 不意に、ユーライの体が抱きすくめられた。感触は堅く、鎧であることがわかった。



「ユーライ。こんなところで、死んではいけない」



 クレアの声。鎧に付与されたアンチマジック効果のおかげか、ユーライにまとわりつく嫌な熱が消えていく。


 そして、クレアはユーライを貫く刃を引き抜いた。


 直後、クレアの首から上がずり落ちた。



「クレア……?」


「敵に背中を見せるとは。そんなにこの魔物が大事かね? アンデッドの考えることはよくわからん」



 ユーライの目の前に、黒い仮面を付けた男が立っていた。


 その男はクレアの頭部を冑ごと持ち上げ、中身を取り出す。そして、クレアの頭部を何かしらの魔法で押しつぶした。


 男の手から、血がしたたり落ちる。



「あ……」



 アンデッドは、首を切った程度では死なない。しかし、頭を完全に潰されてしまえば、流石に死んでしまう。



(クレアが……死んだ? え?)



 目の前の光景を、どうしても受け入れられない。



「お前もさっさと死ね」



 男の血塗れの手が、ユーライの頭に添えられる。


 不可視の圧力がユーライを押しつぶす、その前に。



(……闇落ち)



 ユーライはろくに考えることなく、もう二度と使うまいと決めていた魔法を発動させた。

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