第43話 足りる

 闇の中に、ユーライは一人でただずんでいた。


 単なる心象風景なのか、実際にそうなのか、ユーライには判別できない。


 ただ、魂が黒く染まるのは実感していて、ユーライはそれがどこか心地良かった。


 何もかもがどうでもよくて、全てを消し去ってしまいたい気分だった。


 今の自分にはそれもできるだろう。世界を丸ごと消し去ることはできなくても、グリモワの町と近くにいる敵くらいなら、消滅させられる。



『ユーライ。それはダメ。自分を見失わないで』



 ユーライは、クレアの声を聞いた気がした。しかし、クレアはもう死んだ。死者の声が聞こえるはずは……。



『ユーライなら、あたしの声が聞こえるはず。死者の魂を見る、あなたなら……』


(この声……本当にクレア……?)



 もしかしたら、ただの幻聴かもしれない。しかし、幻聴だったとしても、ユーライはその声にすがりたい気分だった。



(クレア……っ)


『ユーライ。先に死んでしまってごめんなさい。でも、どうか、ただの化け物にはならないで。あなたは、そんな卑しい存在ではない……』



 ユーライは、何か温かいものに包み込まれるのを感じた。


 その温もりが、ユーライの心に、僅かだが闇に染まらない部分を残した。


 そして、ユーライは目を覚ます。



「……夢、か? でも、あのときと違って理性はあるな……。クレアに守られてる……?」



 長い眠りから覚めたような感覚だったが、数秒の出来事だったのかもしれない。


 ユーライの目の前には、驚愕する敵の男がいた。



「な、なんだこの魔力は!? こいつ、本当にただの魔物か!?」



 ユーライの体から既に熱は消えている。胸の穴も塞がっていた。



「お前が……リピアとクレアを……殺した」



 ユーライは立ち上がり、男を真っ直ぐに見据える。



「くっ。ここは撤退するしか……っ」


「死ね。闇のやい……ん?」



 ユーライが呟いた途端、男が絶命してその場に崩れ落ちた。



「……あれ? これから殺すつもりだったのに、どうしてもう死んでんの?」



 ユーライは不思議に思いながら、己のステータスを確認する。



 名前:フィランツェル(ユーライ)

 種族:ダークリッチ

 性別:女

 年齢:4ヶ月

 レベル:×××

 戦闘力:1,120,000

 魔力量:9,825,000

 スキル:暗黒魔法 Lv.×××(覚醒)、闇魔法耐性、聡明、死なず

 称号:怒れる暗黒の魔女、魔王



(……なんか、変わってる。暗黒魔法 Lv.×××(覚醒)って何?)



 暗黒魔法 Lv.×××(覚醒):霊視、魂摘出、魂食たまくい、傀儡、魔改造、苦痛付与、精神汚染、精神操作、吸収、アンデッド作成、闇落ち、闇落とし、闇の刃、隠蔽、認識阻害、呪い、闇の支配者、従者強化、不死者の軍勢、呪言じゅごんうろ、悪鬼召喚、魔界召喚、死の連鎖、反魂はんごん



「……死ねって言っただけで相手が死ぬのは、呪言の力か。呪いは言葉にしただけじゃ発動しない。……え? っていうか、反魂……?」



 アンデッド作成と死者蘇生は別物。完全に死んでしまったものを、アンデッド作成で蘇らせることはできない。


 ユーライはそう思っていた。


 しかし、反魂を使えば、死者を復活させられるらしい。


 ただし、条件がある。死者の体の一部が残っていること、死後三日以内であること、そして一万の人間を生け贄とすることだ。



「ふぅん……へぇ……。ちょうどいいじゃん。外の奴らを使おう。けど……二万人には足りないな。ん……? 死の連鎖っていうのは……?」



 死の連鎖は、殺した相手の血縁者、すなわち親兄弟姉妹子供を同時に殺せる魔法だった。



「ああ……なんだ。足りるじゃないか。向こうの生き残りが五千人だったとしても、二万人は余裕だろ」



 ユーライは、リピアの血が染み込んだローブを手にし、クレアの骸を抱えてから、城壁を上るための階段に向かう。


 ただ、その前に、まだギルカと戦っている女が少し目障りだった。



「……良かったなぁ。クレアたちが生き返る目処が立ったから、殺さないでおいてやるよ。けど、死ぬほど苦しめ」



 女の体が途端にぶくぶくと膨れ上がり、装備していた鎧も服も弾け飛んだ。


 紫色のよくわからない肉の固まりのような姿になり、そこからさらに手足の肉が破裂。



「いやあああああああああああああああああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ナンナノコレエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」



 もはや男か女かもわからないどころか、人間のなれの果てとも思われない奇妙な物体となり、元女が絶叫する。


 地面に倒れ、身をよじり、体の至る所が破裂し、内蔵が飛び出し、全身がぐずぐずに崩れていく。それでもまだ意識はあるようで、元女は目玉らしきものと口らしきものを蠢かせつつ、獣にも及ばない酷い呻き声を発している。



「うるさいな。静かに苦しめよ」



 元女の声がやんだ。紫色のぶよぶよした物体が、ひたすら地面を這い回る。


 ユーライはもうその物体に興味をなくし、ギルカを見る。戦闘が終わったというのに、ギルカはまだ警戒を解いていない。



「……ユーライ様。その……意識は、ありますか?」


「……ああ、あるよ」


「……これから、何をされるつもりで?」


「クレアとリピアを蘇らせる。そのために、二万人を殺す」


「二、二万人を……。そうですか……」


「ギルカは、私をとめる?」


「いえ……。ただ……おれの手下たちは、殺さないでやってほしいです。クレアとリピアを守れなかったおれのことは、どうでもいので……」



 ギルカはひきつった顔で紫色の物体を見ながら、「せめて殺すだけにしてほしいとは思いますが」と付け加えた。



「大丈夫だよ。ギルカも、ギルカの手下も、殺さない。ギルカはよく戦ってくれてるんだから、責めるわけないじゃないか。殺すのは、向こうの連中だけさ」



 闇に染まっていたら、ユーライはこの場にいる全てを殺し尽くしていただろう。


 しかし、クレアのおかげなのか、僅かに己を制御できている。


 ユーライはゆっくりと階段を上る。ギルカもついてきた。


 城壁の上にたどり着いたら、まだ戦闘を続けるスケルトンや兵士たちを見下ろす。



「……聖女の守りか。ちょっと厄介だけど、今の私なら、呪言でも殺せるかな。まぁでも、せっかくだし、ここは……」


「待て! 何をしようとしている!?」


「……うん?」



 ユーライたちの背後に、二人の聖騎士が立った。


 鎧で顔は見えないが、その女性の声に、ユーライは聞き覚えがあった。

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