第9話 アンデッド

 暴れていたヴィンという騎士は、冑を脱がされた後、他の騎士の魔法によって眠らされた。夢を見ないほど深い眠りについたようで、うなされている様子はない。


 落ち着いたところで、首を飛ばされた騎士に視線が集まる。よく見ると他の人より少し小柄で、中身は女性かもしれなかった。



「クレア……」



 赤髪の少女騎士が、心痛の面もちで名前を呟いた。



「これ、私が殺したんじゃないからね?」


「……お前が殺したようなものだ」


「はぁ……。そこは譲らないわけか」



(こいつ、全部私のせいにする……。原因の一端はあるとしても、責められるいわれはないっての)



 遊雷は、やれやれと肩をすくめつつ、ふと思いつく。



(……あ、これ、もしかして新鮮な死体じゃないか? 霊視、発動)



 名前:クレア

 種族:人族

 性別:女

 年齢:18

 死後:10分

 魂:あり

 状態:高潔。信仰に篤い。戦士としての汚れを背負っている。



(魂、あり。そんで、確かにまだ死体の側に何かいるな。高潔うんぬんってのは、信心深いけど、騎士として人を殺すこともあったとか、そんな感じかな)



 クレアの死体からは細い糸が伸びていて、その糸の先に一人の少女がプカプカと浮いている。


 半透明だが、空色の髪をボブくらいにした可愛らしい子だ。素っ裸なのは、彼女が魂だからだろう。



(ほほぉ、なかなか良いものをお持ちで……。体も引き締まってるなぁ……。とか、私、体は女なのにいつまで男子臭いことやってんだか。それより、これはアンデッド作成のチャンス!)



「ちょっとごめんよー。その子、貸してねー」


「おい、お前! 何をするつもりだ!? クレアに近づくな!」



 遊雷に文句を言うのは赤髪の騎士だけで、他の者は遊雷が近づくと即座に逃げていく。



「大丈夫大丈夫。悪いようにはしないからさ?」



(たぶんね)



 遊雷は中身の入った冑を拾い、中身を取り出す。虚ろな表情のまま停止した少女の顔は哀れだった。



(死体からアンデッドを作成する場合には……体のパーツを集めて、魂を体の中に押し込む、と。あと、死後三十分以内じゃないとダメなわけね。ふむふむ。こんな感じかな?)



 思い浮かぶ通りに、アンデッド作成の手順をこなす。



「……アンデッド、作成」



 遊雷の体内から、膨大な魔力が抜けていく。


 それは全てクレアの体に注ぎ込まれていき、クレアの体を改変させていく。



「おい! 何をしているんだ!? アンデッド作成だと!? 我ら聖騎士をアンデッドにすると言うのか!? ふざけるな! アンデッドになるくらいなら、潔く死んだほうがマシだ!」


「それはあんたの場合だろー? この子がどう思うかは、本人に訊いてみないとわからないさ」



 遊雷、及びクレアの周りには、禍々しい黒紫の光が溢れている。


 ある意味、これは死者蘇生の大魔法なのだが、どう見ても邪悪な雰囲気しかなかった。



(まさか、いかにも化け物みたいなゾンビができるわけじゃないよな? もう少し頑張ってくれよ、暗黒魔法!)



 三分ほどで光が納まる。アンデッド作成、完了だ。遊雷の魔力も、半分程が持って行かれた。



「……さて、結果はどうかな? 見た目は少し変わったけど、化け物って感じじゃないな」



 白かった肌はうっすら青くなり、空色の髪はより深い青色になった。


 生きている人間の姿ではない。しかし、多少肌や髪の色が変わっただけで、決して救いがたいほど醜悪になったわけではない。


 やがて、クレアが目を覚ます。瞳は黒かった。



「あれ……? あたし、首を切られて……?」


「おはよう。気分はどうだ?」



 クレアは遊雷を認識すると、ビクリと体を震わせた。そのまま、恐怖に駆られて地面を這いつつ遊雷から距離を取る。



「やめて! もう嫌! あなたには手を出さないから許して!」


「安心しなよ。私は向かってくる敵には容赦しないけど、こっちから襲うほど凶暴じゃないんだ」



 遊雷はクレアを落ち着けようとするが、クレアは涙目で体を震わせるばかり。



(……精神汚染はトラウマ製造魔法だなぁ。皆の様子を見るに、まだ戦意を失ってないあの赤髪は相当に心が強いみたいだ)



「ま、とにかく、アンデッド作成は成功した。私としてはもうあんたに用もないし、好きにすればいい」


「……アンデッド、作成……?」



 クレアが首に手を当てる。切断面は綺麗に回復しているので、それだけでは自分がアンデッドであるとはわからない。



「え? あたし……ヴィンに首を斬られて……死んだ……? でも、生きてる……? アンデッド作成……?」



 クレアが周りの騎士たちを見回す。まだ冑を被っているので表情は見えないが、クレアに恐れを抱いているのはなんとなく感じ取れた。


 クレアが、赤髪の騎士と目を合わせる。



「エ、エマ……? あたし、アンデッドにされた、の? そんなの、嘘……だよね?」


「クレア……」



 赤髪はエマと言うらしい。エマが即答しなかったことで、クレアは全てを察した。



「嘘……。あたしが、アンデッドに……? 聖騎士がアンデッドなんて……ありえない……」



(あらら、絶望しちゃってる。大人しく死なせておいた方が良かったか?)



 へたり込んで脱力するクレアに、遊雷は膝を突いて視線を合わせる。



「生き返らせない方が良かった? 死にたいなら殺してあげるけど、どうする?」


「嫌だ……死にたくない……」



(迷いなく答えたな。そりゃ、死にたくはないか。まだ十八歳だもの)



「じゃ、頑張って生きてね」


「でも、でも! あたし、どうすればいいの!? アンデッドなんかにされたら、あたし、もう聖騎士は続けられないし、人の中でも生きていけない!」


「人里から離れて生きれば? それか、私と一緒に来る?」


「あなたと一緒に……?」


「私も一人くらい仲間が欲しかったんだよねー。色々教えてほしくて。一緒に来るなら歓迎するよ?」


「あたしは……っ」


「ダメだっ」



 割って入ってきたのは、隊長格らしき男。



「聖騎士がアンデッドとなって生き延びるなど、あってはならん! クレア……。非常に心苦しいが……お前はここで死んでくれ」



 隊長が剣を構える。まだ精神的なダメージは残っているようで、頼りない印象はある。



「クレア、どうする? 私の仲間になるなら助けるし、仲間にならないな見殺しにする」


「……嫌。死にたくない」


「それは知ってる。で、私と来る? 来ない?」



 クレアは迷う。隊長はゆっくりとクレアに近づいていく。


 隊長が剣を振り上げたとき、ようやくクレアは言った。



「……あなたについて行く。だから、助けて」


「了解」



 隊長は弱っていたので、遊雷が軽く突き飛ばすだけで吹っ飛んで行った。


 脅威が去り、クレアはまた脱力してうなだれる。



(……仲間にしちゃったけど、この子、大丈夫かね? ま、死にたいって言い出したら殺してあげればいいか)



「この戦いも終了ってことでいいかな? あんたの名前はエマでいいんだよね? エマは、まだ私と戦いたい?」



 傀儡魔法で動けないエマに問いかける。



「……お前は、いずれ必ず打ち倒す」


「それ、今はもう戦わないってことでいいね? なら、傀儡も解除してあげる。ほい」



 解除しても、エマが襲ってくる気配はない。



「エマの気が変わらないうちに、とっととずらかるかね。クレア、行くよ」



 遊雷はクレアの腕を引いてその場を離れる。


 追いかけてくる者は一人もいなかった。

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