第10話 祈り
* * *
ダークリッチとの戦いに敗れた後、聖都に帰り着いたエマは、エメラルダと二人きりで礼拝堂の長椅子に座っていた。
「……というのが、今回の討伐の顛末です。災厄の魔物は強く、私は何もできませんでした……」
あの魔物との戦いから、既に十日以上が過ぎている。教皇や国王への報告は隊長が済ませていて、エマたち騎士団員は数日の休息を与えられた。
魔物の精神汚染により、戦士としての復帰も危ぶまれた騎士団員たちだったが、エメラルダの浄化魔法で少しずつ回復に向かっている。
ただ、通常であればエメラルダの魔法は瞬時に人を癒すはず。それなのに、何日も時間をかけなければならないのだから、あの魔物の力は凄まじい。
「……わたしがついていれば、もう少し、できることがあったかもしれない」
エメラルダが口惜しそうに呟く。
あの魔物は闇の力を有していたので、エメラルダの聖属性魔法は効果的だっただろう。
(でも……おそらく、エメラルダ様の力を持ってしても、一人ではあの魔物は抑えきれない。魔力量が圧倒的に違う。対抗するなら、世界各地にいる五人の聖女を集め、力を合わせるべき……)
「……エメラルダ様の手を煩わせる必要がないよう、私がもっと強くなります」
「エマ、これ以上自分の体をいじめるつもり? これ以上はあなたの体がもたない……」
「大丈夫です。まだ余裕はあります」
「余裕がなくなるほど自分を追いつめるなんて、まともな訓練ではないと言っているの。ねぇ、エマ……もっと自分を大事にしてちょうだい」
「大事にしていますよ。そのおかげで、今もこうして元気に生きています」
「もう……。エマはわたしの言うことなんて聞いちゃくれない……」
エメラルダが眉を寄せながら溜息。エマは軽く微笑みかける。
「大丈夫です。自分のことですから、休むべきときはきちんと休みます」
「本当にそうしてね? あなたがいなくなってしまうなんて、わたしは嫌だからね?」
「ええ、わかっていますよ」
「……クレアのように、いなくなってしまっては、ダメ」
エメラルダの表情が大きく陰る。エメラルダはクレアとも親しくしていたので、かなりの喪失感に襲われているはず。
「……私としても、友を失ったことはとても辛いです……。私の力不足で……」
「あ、その、ごめんなさい。エマを責めているわけじゃないの! 相手はわたしに天啓が下るほどの強敵だもの。今すぐどうこうできなくても仕方ない」
「……それは、わかっています」
なお、クレアは、公式には魔物に無理矢理アンデッドにされ、連れて行かれたことになっている。『アンデッドにされた聖騎士が、死を恐れて魔物につき従うようになった』というのでは、外聞が悪いからだ。聖騎士団としての外聞も問題だが、クレアの家族さえ、裏切り者のそしりを受けるかもしれない。
これはあの場にいた聖騎士団員だけの秘密で、エメラルダにも本当のことは言えない。
「わたし……聖女として失格なのかもしれないけれど、クレアが生きていてくれて嬉しい。たとえ、アンデッドにされたとしても」
「……聖女としては、確かに失格の発言です。私以外には言ってはなりませんよ」
「わかってる。エマだから話したの」
「それなら安心です」
「……ねぇ、エマは、どう思う? その魔物に加え、今はクレアまで討伐対象にされてしまった……。エマは、クレアにアンデッドであっても生きていてほしい?」
エマはその問いに即答できない。
あの日以来、エマは何度も自問自答を繰り返している。
聖騎士としては、クレアは人として死ぬべきだったと考える。
しかし、クレアの友としては、アンデッドであっても生きながらえてほしいと思う気持ちは確かにある。
「……アンデッドにされたのがクレアではなく、私の知らない誰かであったなら、私はきっとその者を容赦なく討伐するでしょう」
「エマにしては珍しく、遠回しな言い方ね。つまり、クレアの場合は話が別ってこと?」
「……かもしれません。討伐すべきだとも考えますが……私は、クレアと再び笑いあえる日が来てほしいとも、願ってしまいます」
「……そうね。わたしたちは聖女と聖騎士。クレアは邪悪なアンデッド。それでも……いつかまた、笑いあえる日が来てほしい」
エメラルダが両手を組み、祈りを捧げる。
それに倣って、エマも祈りを捧げた。
(……全ての元凶はあの暗黒の魔物。奴は必ず、私がしとめてみせる……っ。神よ、どうか私に、その力を与えてください……っ)
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