第104話 後始末
第二皇子を懲らしめることにしたものの、その居場所はユーライにはわからない。また教主エルクィドに頼めばわかるのかもしれないが、できる限りエルクィドには頼りたくなかった。
仕方なく、居場所を知っているか、あるいは連絡を取る手段がある者を訪ねることにした。
つまりは、帝都に向かうことにした。
ユーライは帝都の場所もわからなかったが、ラムテンの城にはノギア帝国の地図があり、調べることができた。
帝都ユンダルはラムテンの南西にある。歩けば一ヶ月以上かかる距離なので、かなり遠い。
それでも、ユーライたちであればもっと早く到着することができる。早速向かおうとしたのだが。
「あの……町の魔物を退治して、町の人たちもきちんと弔ってあげられないかな」
ディーナがユーライに言った。ユーライはもう意識していなかったが、ラムテンでは魔物が徘徊し、大量の死体も転がっている。放っておけば魔物に食い尽くされるだろう。
人としてまっとうな心を持っていれば、それを放置しておけないと思うのは自然だった。
ディーナに続いて、リピアも言う。
「あちしも、できればそうしてあげたいな。リフィリスはもう無事で、第二皇子を捕まえるのも急ぎじゃないなら、弔ってあげてから向かっても遅くないと思う」
「わかった。二人がそう言うなら、後始末を手伝ってやろう。皆もそれでいい?」
フィーアだけはとても面倒くさそうに顔をしかめていたが、他は素直に頷いた。
ラムテンの後始末をするとして、魔物を駆除し、町中の死体を集めるのには時間がかかる。数日、あるいはそれ以上の滞在になるかもしれない。
(……いっそ、グリモワからこっちに拠点を移してもいいのかもしれないな。勝手に奪うと問題になりそうだから、今後の交渉次第だけど)
ユーライはそんなことも考えたが、まだ確定はしていない。
それから、早速、ラムテンでの後始末を開始。
まず、町中の魔物はあっさり駆除できた。ユーライが念じるだけで魔物は一カ所に集まり、大人しくなる。あとは闇の刃で片っ端から殺すだけだった。
魔王の魔物を支配する力は、想像以上に強力だ。
次に、傀儡魔法を使い、死体を広場に集めた。動きを止めるだけなら一度に何万人を対象とできたが、別々の行動をさせるとなると、せいぜい百が限界。五万人都市の人間を集めるのは、地道で大変な作業だった。ちなみに、改めて確認しても市民に生き残りはいなかった。
損壊が激しく、傀儡魔法で操れない死体は、無数のスケルトンに集めさせた。死体の運び方は雑になってしまったが、放置されるよりは良いだろうと、ユーライはあまり気にしなかった。
集めた死体は、クレアの炎魔法で焼いた。死体の数が多すぎるので、これもかなりの時間を要した。
なお、この世界では火葬が一般的に行われているらしい。土葬している地域もあるが、少数派。疫病対策でもあるし、アンデッド発生を防ぐ意味もあるのだとか。
残った骨は、フィーアが広場に作った大穴に放り込んでいった。強制的な集団墓地になってしまうが、一人一人を識別して埋葬することは不可能なので、仕方ない措置だった。
諸々の弔いが終わるまで、五日かかった。町は寂しい廃墟となり、かつてあっただろう賑わいは消え去った。
そして、いざ帝都に向けて出発……という朝に、また紅い竜、ラグゥがやってきた。
十メートル越えの巨体を誇るラグゥが広場に降り立ったので、ユーライたちも全員、そこに向かった。
「よぉ、また会ったな。どうしたんだ?」
ユーライが声をかけると、ラグゥは神妙な声音で言った。
「……そなたから魔王の気配が漏れている。それ故に我もここにそなたがいるとわかった。以前、魔王として世界に君臨するつもりはないと言っていたはずだが、どうして気配を放置している?」
「それなー。ちょっと事情があって、魔王の力を使う必要が出てきちゃったんだ。やっぱりまずいかな? 世界を支配するつもりも、滅ぼすつもりもないんだけど」
「……事情についても気になるが、まずいといえば、まずい。魔王の気配につられ、世界中で魔物の活動が活発化している。それに、一部の魔物に魔王の元に集まろうという動きがある」
「うーん、活性化は考えものだよな。世界中に影響が出ちゃう……」
魔物が活性化すれば、おそらくそれと戦う人間たちに被害が出る。今まで滅ぶことのなかった町も、滅んでしまうかもしれない。
「ユーライよ。そなたが魔王の気配を隠せぬ理由とはなんだ?」
「えっとね……」
ユーライは今までの経緯を説明。
全てを聞き終えて、ラグゥは唸る。
「勇者の娘については、
ラグゥの言葉を聞き、ユーライの隣でリフィリスが薄く笑う。
「私が幸せになるためなら、赤の他人なんて犠牲になっちゃえばいいよ」
その発言に、ラグゥはぎょっとした様子。
(闇落としの影響は甚大だなぁ……。リフィリス、元々はこんな身勝手なことを考える子じゃなかったのに……)
ユーライはリフィリスの頭を軽く撫でてやる。青白くなった髪は、今でも艶やかだ。
「……悪い、ラグゥ。前に会ったことがあるからわかるだろうけど、リフィリスも元々は優しい子だったんだよ。私の魔法の影響で、少し精神的に変わっちゃったけど」
「……うむ。そのようだな」
「世界に影響があるのはわかった。でもさ、私はリフィリスを見捨てたくないんだ。リフィリスが自分の心を保てるように、私はリフィリスの側で、魔王として生きていくつもりだ」
「多くの犠牲を出してでも、か?」
「うん」
「よほど大事な存在なのだな」
「うん」
ラグゥがしばしの沈黙。
人間だったら、きっと渋面を作っているのだろう。しかし、ラグゥは竜で、あまり表情に変化がない。
ラグゥは紅い鱗を煌めかせながら一度天を仰ぎ、それからもう一度ユーライを見つめる。
「ユーライ……いや、魔王よ。我ら竜族は、そなたと敵対せねばならぬ」
「……そっか」
「もっとも、そなたが竜族にただ一言、我に従えと命じれば、我らは敵対する暇もなく、そなたの支配下となる」
「そんなことをするつもりはない。余計な争いは避けたいけど、誰かの自由意志を奪うってのは、争いを避けるよりも悪いことかもしれないって思う。優先順位は、私の中でもあやふやなんだけど」
「そなたが悪だとは思わぬ。しかし、ただそこにいるだけで世界に害を成す存在となってしまった。我らはそれを看過できぬ」
「わかった。今からでも戦う?」
ラグゥは首を横に振った。
「我一人では、そなたには到底敵わぬ。我は一度里に帰り、策を練って、仲間を引き連れてから、再びそなたを討伐しにくるだろう」
「わかった。向かってくるなら、ただ全力で捻り潰す」
ユーライはラグゥと見つめ合う。あるいは、睨み合う。
「……我ら竜族は、平穏な世界を望む」
「奇遇だね。私もだよ」
「そうか」
「うん」
ラグゥが翼を広げ、羽ばたかせる。その巨体が宙に浮き、いずこかへ飛び去っていった。
「あーあ……竜族が敵になっちゃった。他にも、面倒ごとがたくさん起きるんだろうなぁ……」
リフィリスに闇落としを使う前、ユーライがリフィリスと離れて生きていくことを選択していれば、こんな事態にはならなかっただろう。
自分たちのわがままのため、多くの人が苦しい思いをするかもしれない。
ユーライたちには、きっと他人に誇れる正義などない。
「……クソ神様のせいだ。いつか、ぶん殴ってやる」
邪神に訊けば居場所もわかるかもしれない。いつか神様に直接喧嘩を売ることを想像し、ユーライは拳を握りしめた。
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