第105話 特別

 ラグゥが去った後、帝都ユンダルへと向かう前に、ユーライはクレアとリピアの二人と少し話をすることになった。


 広場近くの民家に入り、誰にも話を聞かれない状況で、クレアがユーライに言う。



「改めて、だけど。あたしは、今回の件でユーライの決めたことに反対するつもりはない。神様だとか、運命だとかに翻弄されるリフィリスを守ろうとするのは、悪いことだとは断言できない。

 客観的に見れば、今すぐリフィリスを殺して、ユーライは魔王の力を隠す、というのが正解なのだと思う。

 けれど、あたしたちからすればそれは正解とは言えない。リフィリスと過ごした時間があるから、リフィリスには死んでほしくない。

 結局、何をしても完全無欠な正解なんてないのだと思う。

 そういう正解がないのなら、あたしたちは自分たちの立場で何かを選ぶしかない。どこかで犠牲が出てしまうことを承知の上で」


「うん。そうだな」


「ただ、あたしは少し気になってしまう。ユーライは、どうしてリフィリスをそこまで特別視するの? あたしやリピアを大事にするのと同じくらい、ユーライはリフィリスのことも気にかけているように見える。そこまでする理由が、あたしにはよくわからない」



 クレアに続いて、リピアも口を開く。



「それ、あちしも不思議に思ってるんだよね。誰かを大切に思うって、単に一緒に過ごした期間の問題じゃないのはわかってる。でも、ユーライとリフィリスが、そこまで深い関係になるきっかけってあったのかな? 聖都で何かあった?」



 二人の疑問は当然のものだ。ユーライは、確かにリフィリスを理不尽なまでに大切にしている。出会ったのは一ヶ月ほど前で、様々な厄介事を共にくぐり抜けてきたというわけでもない。



(同じ異世界人だから。そう言えたら簡単なんだけど、なるべく秘密にしたい)



 どうしても必要なことでもないのなら、打ち明ける必要もない気がしている。


 打ち明けることでどんな影響が生じるか、ユーライにも予測できない。


 何も問題ないかもしれないし、何か重大な事件を引き起こしてしまうかもしれない。


 危うい出来事に繋がる可能性があるのなら、なるべく控えた方が良いだろう。


 もう手遅れかもしれないが、平穏な日々を送るために。


 ユーライは少し考え、決して嘘でもないことを、告げる。



「……リフィリスは私と同じだから、かな。私だって好きで魔王になったわけじゃなくて、成り行きで魔王になっちゃっただけ。

 リフィリスだってそう。好きで勇者になったわけじゃない。特に理由もなく、神様の勝手な都合で勇者にされた。

 同じ境遇だから、私とリフィリスだけで通じ合える部分があると思ってる。お互いに、神様の都合に振り回されるばっかりじゃいられないって思ってる。

 自分たちがいなくなれば大多数の人が幸せになれるって言われても、受け入れられない。私たちだって、他人を犠牲にしてでも、自分たちの幸せとか、心地良い日々を守りたい。

 クレアも、リピアも、それにギルカも、私にとっては大切な仲間。だけど、皆は勇者でも魔王でもないから、ほんの少しだけ、通じ合えない部分はある。

 私とリフィリスにしかわからないものがあるから、私にとってリフィリスはやっぱり特別。もちろん、恋愛感情とかじゃなくて」



 ユーライは微笑む。クレアとリピアは、神妙な顔で頷いた。



「わかった。少し悔しい気もするけど、リフィリスは確かに特別な存在だと思う」


「あちしらには入り込めない部分はあるね……」


「うん。ただ、やっぱり私にとってクレアとリピアはまた別の意味で特別だよ。二人がいないと私はダメだから、これからも宜しくな」



 二人が頷く。そして、ユーライを挟み込むように抱きついてくる。



「……二人とも、私に抱きつくの好きだね」


「ユーライは抱き心地がいい」


「あちしらだって、ユーライがいないとダメだよ」


「そっかー……」



 二人はよくユーライに抱きついてくるが、その先のことは求めない。二人が抱くのは恋愛感情とは違うから。


 二人が満足するまで、ユーライは抱き枕に徹する。ここはベッドではないけれど。



「まぁ、何にせよ、私たちの存在は、世界にとって害悪になっちゃうわけだ。教会関係者が一方的に私たちを悪と断じてたときとは状況も変わった。

 ただ、自分たちが正義だ、正しい、誰にも咎められない、って胸を張れるのも、意外と贅沢なことなのかもしれないな。そういう風にいられるのは、たまたま運良くそうあれただけ。

 私たちは、そうじゃなかった」



 正義の側に生まれられたら、きっともっと気楽だったのだろう。そうあれたなら、きっと幸せなことだったのだろう。



「私が普通の悪い魔王だったら、世界中の人は、魔王退治の責任を勇者一人に押しつけてたんだと思う。自分たちには何もできないってさ。

 勇者一人に全部押し付けるつもりだった人たちが、今は勇者一人のために苦労する。案外、これは妥当な状況かもしれない」



 そう考えると、ユーライは多少気が楽になる。とはいえ、元々、さほど世界の迷惑など気にしてもいなかったが。



「私たちは世界に大迷惑をかける集団になった。それでも、私は皆と生きていたいな」


「……うん」


「……そうだね」



 決して無邪気に笑えない状況。


 この先、今の決断を後悔することもあるかもしれない。


 そのときはそのときだと、ユーライは少しだけ闇に染まった心で、思う。

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