第106話 帝都

 クレアたちとの話も済んだところで、ユーライたちは帝都に向けて出発した。


 一般人が歩けば一ヶ月以上かかる道のりだが、悪鬼を利用することでそれを五日に短縮。悪鬼を移動手段とするのは客観的にはおかしな話なのだが、車も鉄道もないので、非常に便利な乗り物と化している。


 旅の途中、ユーライは改めて魔物の支配を試してみた。


 魔物を操れる範囲は、どうやらかなり広い。正確に測定したわけではないが、半径数十キロの範囲に入っていれば、ユーライの支配下に置くことができる。本気になれば、百キロほどの範囲で魔物を支配下に置けるかもしれない。


 逆に、それを越えてしまうと、ユーライにも制御不能になる。魔王の存在で活性化しているらしい世界中の魔物を、ユーライの一存で大人しくさせることはできないらしい。


 ユーライが魔王として世界に存在する限り、世界は凶暴になった魔物の脅威にさらされる。ユーライは申し訳なく思いながらも、リフィリスのため、魔王であり続けた。


 そして、ラムテンを出発して、六日目の朝。


 ユーライたちは、帝都ユンダルに到着。


 ユンダルは、今まで見てきた中で最も大きく、栄えた町だった。


 町の中には三つの城壁があり、要塞都市としての守りも強い。人口は二十万を越え、多くの建物が建ち並ぶ。町並みは洗練されて美しい。ユーライの感覚だとレトロな雰囲気だが、それがまた趣深い。流れ込む河川の周りも綺麗に整備されている。


 十メートル級の悪鬼の肩に乗り、ユーライは町の光景にしばし見とれる。


 帝都の者たちが攻撃してきており、客観的には、見とれている場合ではないのだろうけれど。



「いい町だな……」


「綺麗な町だね、ユーライ! 私たちで奪っちゃおうよ! いっそ、帝国全部を魔王領にしちゃおう!」



 ユーライの背に抱きつくリフィリスが、また過激なことを言った。



「そんな野蛮なことはしないって。今日は皇帝さんと話に来ただけ」


「でも、向こうはもう攻撃してきてるよ? やられたらやり返すんじゃないの?」


「基本はそうだけど、今回は私たちが近づいたから、向こうも反応してるだけ。これでやり返すとか、流石におかしいよ」



 ユーライは今、姿や魔力を隠蔽魔法で隠せても、魔王としての気配を消すことができない。一般人がその気配を感じとることは難しいのだが、探知能力に優れた者にはばれてしまう。リピアも、その気配を敏感に察知する一人だ。


 リピア曰く、膨大な魔力を放出されるような恐ろしさはないのだが、樹齢千年以上の大樹を前にしたような、畏怖の念を抱く何かを感じるらしい。


 リピアはそれを好ましく感じているようで、ユーライと対峙するとどこかうっとりした表情を見せる。


 さておき、ユーライが気配を消せないものだから、帝都側も動いた。


 町を襲われるとでも思ったのだろう。城壁の上に並んだ無数の魔法使いと弓使いが、城壁の側に立つユーライたちに攻撃を仕掛けてきている。


 魔法はユーライが吸収して無効化。弓もユーライが闇の刃で防ぐか、ユーライたちを運ぶ三体の悪鬼が軽く振り払っている。



「……今の私からすると、帝都を丸ごと敵に回しても、全然脅威じゃないんだな」



 相手が何をしてこようと、負ける気がしない。ただ、あまり油断もできない。



「ユーライは強いもんね!」


「まぁなー。けど、聖都のときみたいに何万人もの命を使った大魔法を使われると厄介だ。暗殺者とかがこっそり近づいても困るな。……もう町の奴ら、全員大人しくさせよう」



 苦痛付与ペインを使えば、広範囲で敵を行動不能にできる。しかし、できれば過剰な苦しみは与えたくない。


 傀儡魔法で動きを止められればいいが、取りこぼしが出てしまう。



「まぁ、ちょっと苦しいのは我慢してもらって。……今から一時間、ささやかな悪夢を見続ける呪いでも味わってみてくれ」



 ユーライが呪いを発動すると、帝都の上空に大きなヒビが入った。


 そこからあふれ出す、おどろおどろしい魑魅魍魎ちみもうりょう。薄汚れた小鬼、首だけの女、巨大な骸骨、大蜘蛛、四つの目を持つ狐……。


 魔物というより、妖怪のような何かが、町中に降り注いでいく。


 まるで百鬼夜行の光景。


 妖怪たちに実体はないらしい。町の住人が妖怪たちを攻撃しようとするが、物理でも魔法でも効果がない。光魔法か聖魔法は通用するようだが、それ以外の攻撃は無意味。


 妖怪たちが、町の人々に襲いかかる。物理的な傷は作らず、人の体内に入ってすっと溶けていく。そうすると、人々はその場に倒れ、うなされ始める。



「あはは! 何あれ!? ユーライ、いつから妖怪使いになったの!?」



 リフィリスがきゃっきゃとはしゃいでいる。少し離れて、フィーアも華やいでいる様子。



「妖怪使いになったわけじゃないんだけどな。この規模で呪いを使うのは初めてだから、こんな風になるとは知らなかった。たぶん、私の考える呪いのイメージとかが影響してるんだろう」



 あの妖怪たちは、単なる魔力の固まりにすぎない。ユーライが潜在的に持っている呪いのイメージが作用して、あの姿で顕現しているだけ。


 ユーライとリフィリスが呑気に町を眺めていると。



「ねぇ、ユーライ。あの変な魔物に襲われても、本当に人は死なないんだよね? なんだか不穏な気配がするけれど……」



 クレアが心配そうに尋ねてきた。クレアはユーライと同じ悪鬼に乗っているが、ユーライとリフィリスは左肩、クレアは右肩だ。



「安心して、クレア。あれで人が死ぬことはないよ。一時間、覚めない悪夢に襲われるだけ」


「なかなか辛いものがありそう……」


「精神汚染ほどじゃないはずだよ」


「それなら、まだいいのかな……」



 呪いに侵されて、町の人たちが次々に倒れていく。


 老若男女問わず、全ての人を苦しめてしまうのは、ユーライとしても心苦しい。



「ま、第二皇子が私を敵に回したってことは、帝国自体が私を敵に回したのと同じ事だ。魔王がやってきて、この程度で済むなら儲けもんだと思ってくれよ」



 やがて町は静かになる。


 ユーライたちは悠々と町に侵入し、中央の城を目指した。

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