第107話 皇帝

 ユーライたちが城の入り口に立ち、中に入ろうとすると、一人の魔法使いが立ちふさがった。


 腰まで届く銀髪の女性で、怜悧な瞳が威圧的。年齢は二十代後半くらいだろうか。純白のローブ姿は神々しくもある。


 ユーライの呪いを退けていることや、魔力の気配から、聖属性の魔法の使い手だとわかる。



「こんにちは。ちょっと皇帝様に訊きたいことがあるんだ。そこ、通してくれる?」


「……皇帝陛下の元に、魔王を通すわけにはいかぬ」


「でも、お前一人で私に敵わないことくらいわかるだろ? 抵抗しても無駄だって」


「それでも、私は戦わねばならぬ」


「ふぅん……」



 ユーライはギルカにちらりと視線をやる。


 ギルカは姿を消し、瞬時に距離を詰めて、魔法使いの背後に現れる。その首に剣を突きつけた。



「お前一人じゃ、おれたちの相手にはならないよ。聖属性もおれにはあまり効果がない。大人しく引け」


「く……っ。魔王の手先……神の敵が……っ」



 せっかくギルカが降参する機会を与えたというのに、魔法使いは無謀にも何かの魔法を使おうとする。


 その気配を察知し、ギルカがすぐさま魔法使いの右足を切り落とす。



「あ、足がああああああああああああああああああ!」


「無駄な抵抗するからだ。首を落とされなかっただけマシだと思え」



 魔法使いは戦意を喪失した。帝都においてどれだけの実力者だったのか、ユーライにはいまいち予測できない。おそらくそれなりの地位にいるはずだが、ユーライからすると弱すぎた。



「お前も寝ておきなよ。別に帝都を滅ぼしにきたんじゃないから、安心するといい」



 ユーライは呪いをかけて、魔法使いに悪夢を見せる。個人向けの攻撃であれば、聖魔法の使い手だろうと関係なく効果を発揮できる。



「リピア。そいつの足、とりあえずくっつけてあげてくれる?」


「う、うん。わかった……」



 リピアが回復魔法で魔法使いの足を治癒する。完治させるまでじっくり時間をかけてやるつもりはないが、出血が止まれば死にはしない。



「……リピア。いつもこんな場面ばっかり見せちゃってごめんな」


「あちしは、大丈夫。もう慣れた……とは言えないけど、ユーライと一緒にいるためだから」


「そっか。いつもありがとう」


「ん」



 魔法使いの応急処置が終わったら、ユーライはフィーアに頼み、城の正門を破壊させた。こういうとき、フィーアは実に良い笑顔を浮かべる。破壊行為が大好きすぎる。


 皇帝などのお偉いさんは玉座の間にいるイメージだったが、常日頃からそこに座っているわけではないらしい。普段は執務室で仕事をして、訪問客などがいる場合に玉座の間に移動する。当然といえば当然の話。


 広い城内だったが、軽く探し回って、三階の執務室で皇帝を発見。ユーライたちがやってきたときには、机に突っ伏してまだ悪夢にうなされていた。


 皇帝は五十代くらいの男性で、勇ましい顔立ちをしていた。クレアによると、ノギア帝国の皇帝は武勇にも優れており、かつては兵士長をしていたこともあったのだとか。



「……大国をまとめ上げるのも大変だよな。戦うだけなら勝てるけど、上に立つ者としては私よりずっと格上なんだろう」



 執務室には、皇帝だけではなく、宰相らしき男性もいた。そいつもまだ床の上で夢の中だ。


 二人が目を覚ましたら、ユーライは傀儡魔法で余計な動きをさせないようにして、挨拶をする。



「初めまして、皇帝陛下。魔王です。とりあえず無駄な抵抗はやめてください。普通の人間では、私に到底敵いません。今日はちょっと訊きたいことがあって来ただけなので、それがわかれば退散します」



 ユーライが気安く話しかけると、皇帝は渋い顔でユーライを睨みつける。魔王相手に怯む様子はない。



「……魔王が生まれたという話は聞いている。ここに来た目的はなんだ」


「第二皇子の居場所を知りたいんです。彼は私の大切な仲間を傷つけました。居場所をご存じありませんか?」


「……あの子が何をしたかは聞いている。独断でラムテンの民を殺め、勇者の力を強化したそうだな。先に問いたい。我が息子に何をするつもりだ?」


「たぶん、殺します」



 ユーライのあっさりした言葉に、皇帝は渋面を作る。



「息子が殺されるとわかった上で、居場所を教えると思うかね?」


「一般市民なら教えないかもしれませんね。でも、あなたは皇帝陛下でしょう? 第二皇子の命など、さほど重要ではないのではありませんか? 第一皇子がいれば問題ないでしょうし」


「あながち間違いではない。しかし、余は息子の命を軽んじるつもりはない」


「まぁ、教えてくださらないなら、無理矢理聞き出すだけです。あなたに魔法をかけてもいいですし、この町の人々を人質にすることもできます。それでも、私の質問に答えていただけませんか?」



 皇帝が数秒思案する。そして、観念したように溜息を一つ。



「息子の居場所はわからない。ただ、調べることはできる」


「では、調べて教えてください」


「もう一度先に問おう。息子の居場所を教えれば、魔王殿は他の者に手を出さず、引き下がるのか?」


「そうですね。私は向かってくる敵は返り討ちにしますが、何もしてこない相手を攻撃するつもりはありません」


「……わかった。調べて、知らせよう」


「ありがとうございます。すんなりと話を聞いてくださって助かります」



 皇帝は宰相らしき男性に、第二皇子の居場所を調べるように指示。その男性は執務室を出て行った。



「我が国には、人の居場所を探る魔法使いがいる。すぐに居場所もわかるだろう」


「へぇ、便利な魔法使いですね。こっちにはそういう特殊な魔法を使える者がいないので、人探しには手間がかかります」


「ふむ。魔王殿にはまだ仲間が少ないと聞く。魔王殿よ。ノギア帝国と手を組むつもりはあるかね?」


「……え?」



 突然の提案に、ユーライは困惑。


 皇帝の思惑が、ユーライにはわからなかった。

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