第67話 天使召喚

 天使召喚は、今のところリフィリスだけが使えるスキル。


 歴史上はそのスキルを持つ者がいたけれど、かなり稀な存在。


 とても有用なスキルなので、リフィリスとしては嬉しい。でも、敵が強大過ぎて、その嬉しさも霞んでいた。



(天使召喚でも魔王なんて倒せる気がしないよねー。……それにしても、礼拝堂は相変わらずとても綺麗で、静謐せいひつな場所だな……)



 礼拝堂に入り、リフィリスはほぅっと息を吐く。


 聖都における最大の礼拝堂は、過度にきらびやかなものではない。ただ、ステンドグラスや純白の壁は美しく、心を浄化する雰囲気があった。結婚式を挙げるにはこんな場所がいいかも……と密かに考えてもいる。



(長椅子が脇に寄せられてる。床の中央には魔法陣? 聖歌隊も正面に並んで……。何を始めるつもり?)



 神聖な雰囲気のある白いガウンを着た男女四十人程が、教壇の前に並んでいる。


 聖歌隊とは少し離れて、司祭の中年男性が一人。名前はガリムだったか。


 そして、白いローブを着た一般の教徒十名に、十歳くらいの子供も一人。



(これ、どういうメンツ? なんで天使の召喚に一般人まで集まってるの?)



「……今から、天使召喚の儀式を行う」



 司祭ガリムが言った。



(……儀式? なにそれ。天使って、スキルでポンと呼べるけど?)



 特別な詠唱は必要ない。スキル名を口にする必要もない。この世界は、基本が無詠唱だ。魔力さえあれば、天使は召喚可能。


 リフィリスが困惑している間にも、一般の教徒が、床に描かれた魔法陣の円周上に並ぶ。さらに、子供は魔法陣の中央へ。



「あの……何をしているんですか?」



 リフィリスは司祭に尋ねる。



「リフィリス様は、しばしお待ちください」


「うん……」


「では、聖歌隊は賛美歌を」



 聖歌隊が綺麗な歌声を礼拝堂内に響かせ始める。


 リフィリスは日本育ちらしく宗教にはあまり関心がないのだが、度々聴いているこの歌声は綺麗だと思っている。



(賛美歌より、J-POPとかの方が普通に好きだけどさ)



 気軽に色々な音楽に触れられないのが、異世界での難点。


 リフィリスがのんきにそんなことを考えていると、一般教徒たちが苦しげに呻き始める。



「え……何……?」



 リフィリスには、まだ状況がわからない。


 しかし、リフィリスがまた困惑している間にも、儀式は続いていく。


 やがて魔法陣から神聖な光が放たれ始め、中央の男の子に魔力が集まる。


 並の魔力ではない。数値で言えば、数十万の魔力になるのではないだろうか。



「これは……どういうこと……?」


「……リフィリス様。あの男の子を依代よりしろとして、天使を召喚してください」


「……え? あの子を依代? どうやってですか?」


「難しいことではありません。いつも天使を召喚されているでしょう? その顕現けんげんする場所を、あの男の子と重ねるだけです」


「そうですか……。でも、そんなことして大丈夫なんですか?」


「ええ、大丈夫ですとも。これは、かつての偉大な聖女様が残された秘術です。安全な魔法ですよ」


「そうなんだ……」


「さぁ、お試しください」


「わかりました……」



 司祭は柔和な笑みを浮かべている。きっと本当に危険はないのだろうと、リフィリスは判断。



「……天使、召喚」



 普通なら、リフィリスの体内から魔力が抜け出ていく感覚がある。しかし、今回はそれがほとんどなかった。代わりに、魔法陣の中に溢れていた大量の魔力が消費される。


 男の子の体が光り始める。光り始めるどころか、体そのものが光に変化したかのよう。


 その光は少しずつ形を変えて、翼の生えた甲冑の騎士になる。身長は成人男性くらいあり、右手には剣を、左手には盾を装備している。


 やがて光は収まる。白銀の甲冑姿の天使が顕現した。



「わ、すごいですね。私が一人で召喚するよりずっと強力な天使です」



 リフィリスは鑑定スキルを持っていないので、天使の正確な強さはわからない。しかし、エマよりもずっと濃密な魔力を宿していることはわかった。


 司祭の笑みを見るに、秘術は成功したのだろう。リフィリスはパチパチと拍手を送る。


 しかし。



「……え?」



 魔法陣の円周上に座っていた教徒たちが、その場に倒れた。糸の切れた操り人形のように。

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