第92.5話 番外編④
* * *
ギルカが朝のランニングから帰ってきたところで、普段使っている家の前にラグヴェラとジーヴィがいた。
何の用かと不審に思っていると。
「あの、あちしたちに稽古をつけてくれませんか?」
黒髪ショートで、剣士のラグヴェラが言った。
「二人に稽古? おれが?」
「はい!」
「部下の皆さんを鍛えていらっしゃる感じで、あちしらも鍛えてほしいんです!」
ラグヴェラの明るい返事に、肩に届く髪を二つに結んだジーヴィも続いた。
「……構わねぇが、おれよりクレアの方が綺麗な戦い方してるぞ? あっちに習った方がいいんじゃないか?」
ギルカは剣士として正規の訓練を受けていない。基本は我流で、そこに色々な流派の剣術を取り込んでいる。さらには剣術以外の技も平気で使う。必要ならば剣を投げるし、殴る、蹴るもあり。
クレアは騎士として正規に訓練を受けているので、洗練された強さがある。剣士として好ましくないような攻撃も使わない。少なくとも剣については、クレアから学んだ方が良い。
ギルカはそう思うのだが、二人は首を横に振り、交互に言葉を継いでいく。
「クレアさん、たまにちょっと怖いんですよね……」
「ユーライが絡むと特に……。リピアに向ける視線が冷たくて……」
「それに、たぶんギルカさんの方が、人に教えるのは得意だと思うんですよ」
「クレアさん、周りにすごい剣士さんたちばっかりだったから、普通の人を教えるの苦手な気がするんです」
「ギルカさんはずっと普通の人の面倒を見てるので、あちしらにも上手く教えてくれると思います」
「普通の人ができる限界を考えて、戦い方を教えてもらえたらって思うんです」
二人の言い分に、ギルカは苦笑してしまう。
「クレアは確かにユーライ様のことになると壊れるよな。それに、一般的には天才の部類だから、同じくらい才能のある奴じゃないとついていくのは難しいだろう。わかった、おれが教えてやるよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「しかし、わざわざおれに習おうなんて、何かきっかけでもあったか?」
ラグヴェラとジーヴィが顔を見合わせる。
「リピアが、もうあちしらとは違う次元の世界に行っちゃってて……」
「ユーライの力を借りてるけど、回復魔法も、それ以外も、あちしらと戦ってたときとは全く違うレベル……」
「ユーライと一緒に行動することで、経験することもすごく濃密で……」
「毎日訓練も頑張ってて、日々成長してるんです……」
「あちしらも、もっと先に進みたいって思ったんです」
「リピアが遠くに行くのを、ただ見ているだけなのは嫌なんです」
二人の言葉に、ギルカはふんふんと頷く。
無眼族の三人娘は、まだ十四、五歳だったはず。
一人が成長しているのを見れば、もっと自分も、と奮起することもあるだろう。
「早速、今からでいいのか?」
「はい!」
「お願いします!」
「わかった」
ギルカは二人を案内して、訓練場として利用している倉庫に向かう。
元々は商人が商品を保管しておくための場所なのだが、そこを整理して広めの空間を確保した。十人くらいなら、中で動き回っても問題ない。
中では既に六人三組の男たちが訓練に励んでいる。暑苦しくてむさ苦しい光景だが、ギルカには馴染みのものだ。
男たちが一度動きを止め、ギルカに挨拶する。ギルカは軽く手を振って応え、続けるように指示。
それから、ギルカはふと思いついた疑問をラグヴェラたちに問う。
「そういえば、お前たちってずっとここで暮らすのか? リピアと違って、ここに残らないといけない理由はないだろ? ここ、この前みたいにまた危険なこともあるかもしれないぞ?」
「ないと言えばないです。でも、ずっとあの里に引きこもってるのも、本当は嫌なんです。世間では亜人として差別されやすいから、なかなか外には出ていけないんですけど……」
「外の世界で生きていく機会があるなら、あちしたちはそうしたいです」
「本当は、ユーライたちと一緒に他の町も行ってみたいんですよ」
「ちょっと危なすぎるから、流石についていけませんが……」
「……それもそうか」
外の世界を見たい。誰しもが持つ好奇心で、冒険心。二人の気持ちは、ギルカにも理解できた。
「おれがお前たちを強くしよう。いつか、二人が自由に世界を旅できるように。無眼族だとしても、誰にも邪魔をされないくらいに。ただし、ちょっと厳しくなるぞ?」
「大丈夫です!」
「望むところです!」
早速、ギルカは二人の訓練を開始する。
ギルカは基本的に剣士だが、必要に応じてどんな武器も使う。槍も一定レベルで扱えるので、槍使いのジーヴィにも程良く指導できた。
二人が訓練に励むのは良いとして……。
「お前ら! 女子がいるからって集中切らすんじゃねぇぞ!」
慣れない女子の存在に、部下たちは少々気が散ってしまっている。
以前は亜人というだけでラグヴェラたちを嫌悪する者もいたのだが、今では気にしなくなっている。一緒に過ごす時間が長くなれば、相手がただの人だと認識するようにもなる。だからこそ、女の子というくくりで考えるようになり、一緒にいると集中を欠く。
「あ、あの、あちしたち、お邪魔でしたか……?」
「時間を変えた方が良いでしょうか……?」
「気にすんな。こいつらも、将来は兵士になるかもしれん。近くに女がいるってだけで戦えなくなるんじゃ使い物にならん」
「わかりました」
「っていうか、ギルカさんも女性ですよね……?」
「こいつら、もうおれを女とは思っちゃいないさ」
ギルカがそう言うと、ラグヴェラとジーヴィが軽く溜息。
「ギルカさんって……」
「そういうの、疎いよね……」
「あん?」
ギルカは首を傾げる。
しかし、二人はそれ以上何も言わなかった。
「……まぁいい。続けるぞ」
訓練を再開。男どもの野太い声と、少女二人の可愛らしい声が響く。
まだまだ未熟な二人の少女を見ていると、ギルカは最近亡くなった七人の姿を思い出した。あの中には、ラグヴェラたちと同じくらい未熟な奴もいた。
(お前らがいなくても、ここじゃ特に変わらない生活が続いてる。ろくに悲しんでもやれないクソなボスで悪かったな。ただ、お前たちのことは忘れねぇよ。盗賊の末路にしちゃ、それでも上等だろ?)
ギルカはそこまで考えて、頭を切り替える。
死んでしまった奴らのことより、まだ生きている奴らのことが大切だ。
(まずはこの二人に、なるべく良い未来を見せてやる。せっかく死にぞこなったんだから、それくらいきっちりやってやるさ。今更だが、今までやらかしてきたことの罪滅ぼしにもなるだろうよ)
ギルカは二人の明るい未来を想像して、小さく微笑んだ。
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