第92.5話 番外編⑤ 前編(次で番外編は終わりです)
* * *
グリモワに戻ってきてから、フィーアは髪を切った。
半分だけ天使に焼かれてしまったので、それを整えた。左側が短く、右側が背中にかかるくらいというアンバランスな形になったが、フィーアはそれも悪くないと思っている。
さておき、魔王様が目を覚ました後、約束のキスをもらったが、もっともっと欲しいという気持ちがフィーアの中で渦巻いていた。
(魔王様は可愛くてかっこよくて最強で素晴らしくて素敵で至高で神を越える神でこの世界の全てなのです。もう惚れるしかありません。この気持ちを受け止めてもらうにはどうすれば良いでしょう?)
毎日毎日、そんなことを考えている。
実際に魔王様に近づこうともしている。
しかし、クレアとリピアという邪魔者が常に魔王様の側に居座っているため、なかなか近づけない。
二人を強制的に排除したい気持ちはあれど、殺しは強制的に禁止されているので、それもできない。
フィーアは思案した末、ふと妙案を思いつく。
そして。
「魔王様! そこの二人と決闘する機会をお与えください! わたくしが勝利すれば、魔王様の隣はわたくしがいただきます! そこの二人、まさか逃げるわけありませんよね!?」
ある朝、フィーアは魔王様に提案。
魔王様はきょとんとして、その姿がまた尊かった。
その隣にいる元聖騎士は、幽鬼のようにうっすらと笑った。
「ユーライ。あの子はいい加減わからせないといけないようだから、その決闘、受けてやろうと思う。いいよね?」
「クレアが受けたいなら、ご自由に……。あ、でも、リピアはやめとけよ? 戦って勝てる相手じゃない」
「わかってる。あちしは流石に無理……。フィーア、すごく強いもん……」
(一人逃げましたか。まぁ、いいでしょう。一番の敵はこの元聖騎士です)
「ねぇ、フィーア。決闘というからには、フィーアが負けたときの条件も追加していいんだよね?」
「わたくしは負けませんが、どうぞご自由に」
「フィーアが負けたら、もうユーライにつきまとわないで。今後接触も禁止。当然、キスも禁止」
「わかりました。それでいいでしょう」
笑い合うフィーアとクレア。
魔王様が少しオロオロしていて。
「あのさ、決闘って言っても、殺し合いとかはダメだからな? お互い、殺さないようにな? 大怪我とかもさせるなよ?」
「大丈夫です、魔王様! 頭部と心臓は残します!」
「手足が千切れてもリピアが治せる。治せるということは、軽傷の部類……」
「お前らなぁ……もう……」
魔王様の溜息。その空気を吸い込みたいとフィーアは思ったが、今はまだ、クレアが邪魔だった。
朝食を摂った後、早速、外の開けた場所へ移動。フィーアとクレアは五メートルほどの距離を空けて対峙する。
観客として色々と集まっているが、フィーアの関心は魔王様のみ。魔王様が見ているというだけで、体中が熱くなる。
フィーアはの装備は、いつも通り両手にはめた魔法具の指輪。
クレアは、相変わらず聖騎士の鎧に、雅炎の剣。
クレアが持っていた聖騎士の鎧については、既に聖都でエマに破壊されている。しかし、その前の戦いで大量に聖騎士の鎧を手に入れる機会があり、クレアはそれを使っている。ディーナが調整したり加工したりして、サイズも合わせているのだとか。
(クレア個人の力量は、せいぜい戦闘力三万程度です。
鎧で防御力が上がっているうえ、アンデッドとして多少の怪我をものともしないのは厄介かもしれませんね。あの剣はほぼなんでも切り裂くという規格外の武器ですけど、攻撃範囲の狭さが弱点。
総合した戦闘力は七万程度でしょうか? わたくしには及びません。でも、油断は禁物……)
フィーアが分析していると、魔王様が口を開く。
「えっと、私が始めの合図をすればいいんだよな? 二人とも、準備はいいか?」
「はい!」
「大丈夫」
「了解。それじゃ……せーの、始め!」
直後、クレアが一直線に距離を詰めてくる。フィーアは後ろに飛びつつ、全力で地面から無数の土の刺を生成し、クレアを貫こうとする。
クレアが剣を一閃。通常ならその一振りで全ての土の刺を破壊できるわけもないのだが……。
(炎……!)
土をも溶かす膨大な熱量の炎が、その剣に宿っていた。土の刺は薙ぎ払われ、フィーアにも熱風が届く。
(こいつ……っ。こんな攻撃もできたんですね……っ)
クレアはいつも、剣技で敵を倒していた。それ以外の攻撃を見たことがなかったが、奥の手を持っていたらしい。
フィーアは土の壁を作成するが、それもクレアは容易く溶かし、破壊していく。
(でたらめな破壊力! リバルト王国の宝剣は伊達じゃないですね! でも!)
フィーアはクレアの足下をぬかるみに変える。数瞬、クレアの動きが鈍る。
「死ね!」
フィーアは大量の土を操作し、クレアを飲み込ませる。いかに炎で土を溶かそうと、土は周りにいくらでもある。その全てを溶かし尽くす魔力は、クレアにはないはず。
(クレアの魔力は、私よりも圧倒的に少ないはずです! わたくしの勝ちです!)
フィーアは勝ちを確信した。
ヒュン。
フィーアの足下に、雅炎の剣が突き刺さった。
「な……っ」
クレアは、己の最強の武器を投擲したらしい。土の壁に穴が空き、その隙間から、一瞬だけクレアの兜が覗いた。
(剣士が己の剣を放り投げるなんて……っ。あの女盗賊のような真似を……っ)
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