第92.5話 番外編⑤ 後編
「そこまでー。クレアの勝ちー」
魔王様の緩い声が響いた。
傀儡魔法でフィーアの魔法が制限され、クレアを覆っていた土がボロボロと崩れていく。
「ま、魔王様! わたくしはまだ負けていません!」
「今のはクレアがわざと外したんだろ? その気になればフィーアの腹でも首でも貫けた。だから、クレアの勝ち」
「で、でも……っ」
「とにかく、これで終わり。これ以上やってると本当に死人も出そうだしさ」
フィーアは体の力が抜ける。
(負け……。わたくしが……負けたんですか……? あのクソ剣士に……? それじゃあ、魔王様の隣が……っ)
絶望するフィーアに、クレアが近づいてくる。
「決闘はあたしの勝ち。もう、ユーライにつきまとわないで」
「……ふぐっ。うわぁああああああああああん」
悔しさと、ふがいなさと、悲しさで、フィーアは涙が止まらなくなってしまった。
こんなはずじゃなかったのに。絶対、魔王様の隣を勝ち取るはずだったのに。
「……おいおい、フィーア。泣くなよ……。自分で仕掛けたくせに……」
「ユーライ。フィーアが泣いたからって、情けをかけてはいけない。フィーアは、もうユーライにつきまとわないことを約束していた」
「そうだけど……。んー、でもまぁ、フィーアにも結構助けられてるし、たまに私に近づいてくるくらい、いいんじゃない?」
「ユーライは甘すぎる。せっかくあたしが勝ったのに……」
「フィーアは実年齢より幼いんだ。お姉さんとして許してあげてよ」
「……バカ」
二人のやりとりを、フィーアはあまり聞いていなかった。
しかし、魔王様がフィーアを抱きしめたところで、正気を取り戻す。
「ま、魔王、様……?」
「落ち着け、フィーア。今の勝負はクレアの勝ち。でも、今後私と一切接触なしとかにはしなくていいよ」
「い、いいの、ですか……?」
「うん。それでいいから、もう泣くな。ああ、ただし、一個条件。……もうクレアに
喧嘩売るのやめろよな。仲良くしてくれ」
「……努力します」
フィーアは泣きやんで、魔王様を抱きしめる。
もう離したくない……と思ったのだけれど。
「いつまでやっているの? 敗者は敗者らしく、大人しく引き下がって」
クレアがフィーアの背中を割と強めに蹴った。
割と本気で痛かった。
「わたくしに傷を付けていいのは、魔王様だけです!」
「うるさい。負けたくせに」
「つ、次はわたくしが勝ちます!」
「次とかない」
「あります! わたくしが勝って、今度こそ魔王様の隣はわたくしの場所になるのです!」
「……心臓に向けて投げれば良かったかな」
「おーい、クレア、落ち着いてー」
魔王様がフィーアから離れ、クレアの手を握る。クレアはツンと冷めた態度を取っているが、その手を振り払うことはしない。
(……ずるい。いつもいつも、魔王様に構ってもらえて……。
はっ。もしかして、わたくしがアンデッドになれば、魔王様はわたくしをもっと愛してくださるのでは……?)
フィーアは地面に突き刺さっていた雅炎の剣を拾う。
「あ、おい、フィーア?」
「魔王様。わたくしは今から死にますので、アンデッドにしてくださいね? そして、わたくしをもっと愛してください!」
「は?」
フィーアは剣を己の胸に突き刺そうとする。
「待て待て待て! バカなことするな!」
魔王様の傀儡魔法で、動きを封じられてしまった。
「魔王様! 止めないでください! わたくしはそいつと同じアンデッドとなり、魔王様にもっと愛されるのです!」
「アンデッドになったからって、私とフィーアの関係は変わらないって!」
「そんなことありません! 魔王様がその女ばかり気にかけるのは、そいつがアンデッドだからです! そうに違いありません!」
「違うっての! バカ! クレア! あいつの剣、回収して!」
フィーアの手から剣が奪われる。
「お前、自害も自傷も禁止!」
魔王様が、精神操作でフィーアにさらなる制限をかけた。
「わたくしは……わたくしは……わぁあああああああああああああああん!」
「なんでまた泣くかな……。中身はまだまだ子供だなぁ……」
フィーアが泣きわめくと、魔王様がまたフィーアを慰めようとする。
(あ、もしかして、泣けば構ってくれるのでしょうか?)
「ユーライ。こいつ、今、泣いたら構ってもらえる、って顔をした」
「してません! 魔王様、それは誤解です!」
「あー、もー、本当に落ち着いてくれ……」
ここで、リフィリスの無邪気な笑い声が上がった。
「あんたたち、なんなの? おっかしー!」
その笑い声は冷えた空に響きわたる。
フィーアは笑われたことが不満だったけれど、魔王様も笑顔だったので、全てが肯定された気分になった。
フィーアが魔王様に見とれていると。
「なぁ、フィーア。今、楽しいか?」
「……楽しいというか、魔王様が愛おしくて仕方ありません」
「あ、そう……。ま、それでもいいや。世界の滅亡だとかに執着してるより、ずっといい。私のことだけ好きなら、私のこと考えて笑ってなよ。そのうち、世界の滅亡なんてどうでもよくなるからさ」
果たしてそんな日が来るのかはわからない。そんな日は来ないとも思う。
でも、魔王様の側にいられる時間は幸せで、その瞬間には、暗い感情も忘れている。
(……魔王様がいれば、わたくしは変わっていくのでしょうか?)
魔王様に変えられるのなら、それも悪くないかもしれない。フィーアはそう思った。
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