第92.5話 番外編③

 * * *


 

 曇天の下、グリモワの町の、まだ瓦礫が残る片隅にて。


 リピアはユーライが作り出したスケルトン五十体に向けて、一斉に水の刃を放つ。


 耐久力の低いスケルトンたちはそれで一度崩れるけれど、すぐに復活。リピアに向けてまた近づいてくる。一体ずつはさほどの脅威でもないのだが、五十体ともなると簡単に倒せる相手ではなくなる。


 数の暴力というのはやはり恐ろしい。



「……何度でも、打つ」



 リピアは再び水の刃を放ち、スケルトンたちを両断していく。


 魔力自体はユーライに借りているもの。しかし、膨大すぎる魔力をコントロールするのは容易ではなく、魔力枯渇とは別の疲れが溜まっていく。


 スケルトンたちが復活する度に水の刃を放ち、それを繰り返す。


 スケルトンが復活しなくなったら、またユーライにスケルトンを作り出してもらう。



(……あちしは弱い。自分一人の力じゃ、ユーライにとって足手まといになっちゃう。急には強くなることもできないから、せめて、ユーライから借りた魔力を上手く扱えるようにならないと……っ)



 精神的な疲労は溜まるが、リピアは魔法の訓練を続ける。


 しかし、だんだんと精度が落ちてきて、水の刃がスケルトンを打ち漏らし始める。


 さらに、自分の魔力を使っているわけでもないのに、体にもだるさを感じてしまう。


 体内にある、魔力を司る部分が疲労しているのを、リピアは感じる。



「リピア。疲れてきたんじゃない? ひたすら訓練すればいいってもんでもないし、そろそろ休んだら?」



 ユーライがリピアに声をかける。スケルトンたちも消えた。



「ユーライ……。でも、あちし、もっと強くならないと……」


「無茶をしたら強くなれるってわけじゃないだろ? それでもリピアは日々強くなってんだから、そう焦るなって」



 ユーライがリピアの背中をポンと叩く。


 リピアは息を吐いて、杖を下ろす。



「焦っても強くはなれないけど、あちし、もっとユーライの力になりたいな」


「リピアには十分助けてもらってるよ。回復魔法でも、その優しさにも」


「回復魔法は、確かにそうだと思う。ここだとあちししか使えない……。けど、あちしよりもすごい回復魔法を使える人が仲間になるかもしれないし……」



 聖都では、聖女の回復魔法を目の当たりにした。


 ギルカの傷を瞬時に治し、失われていた髪さえも元通りにしてみせた。


 聖女が世間に重宝される理由もよくわかる。あれは魔法というより、奇跡の力。自分がどれだけ鍛えようと、到達できない高み。


 聖女と一般の魔法使いを比べるべきではないとしても、リピアは自分のふがいなさを悔しく思った。


 聖女ほどではなくても、リピアよりも実力のある魔法使いは世の中にたくさんいる。そういった人が仲間になれば、自分の存在意義は霞んでしまう。


 それが、少し怖い。



「リピアよりもすごい回復魔法の使い手は、まぁ、世の中にたくさんいるとは思うよ? リピアは世間的には平凡な魔法使いなのかもしれない」



 ユーライの容赦ない言葉が、リピアには少し痛い。



「……うん」


「でもさ、リピアはこれから、もっともっと強くなっていく。寿命の制約がないなかで、いくらでも強くなれる。今がどうかなんて、あんまり意味はなくてさ。将来的に、リピアは必ず優秀な魔法使いになる。その将来性があるだけでも、リピアには無二の価値があると思うよ」


「将来性……」


「そう。今、この瞬間、リピアが超優秀な魔法使いじゃないことは、仕方ないって諦めるしかない。少しずつ、超優秀な魔法使いに近づいてくれればいい。私はリピアが成長していく姿を見てるの、好きだよ」


「そっか……」



 アンデッドとして、リピアは普通の人より長く生きていく。将来性は、確かにある。


 ユーライと共に生きていくのならば、それは希望といっていいのかもしれない。



「ユーライは、あちしが超優秀な魔法使いになるまで、ずっと側にいてくれる?」


「うん。側にいる」


「……ありがとう」



 リピアは大きく伸びをして、深呼吸。澄んだ空気を取り込むと、体内から淀んだ何かが消えていく感じがする。



「今日の訓練は終わりにしようかな」


「うん。それでいいよ」


「ん。ずっと外にいて、ちょっと体が冷えちゃった。ユーライ、温めて」



 リピアはユーライに抱きつく。お互いに二時間近く外にいたので、ユーライの体もよく冷えている。



「私の体も温かくはないだろ?」


「んーん。温かいよ」



 ユーライと触れあっているだけで、温かい。体温の問題じゃなくて、心の方が、特に。



「ま、いいけど」



 ユーライもリピアを抱きしめ返す。



「ねぇ、ユーライ。あちしね、ユーライのこと、好きだよ」


「私も、リピアのこと、好きだよ」


「……じゃあ、キスしてくれる?」


「……リピアの好きは、そういう好きなの?」


「わかんない。本当はキスがしたいわけじゃないんだ。ただ、ユーライをもっと近くに感じられるなら、キスしてみるのもいいかなって」


「複雑な感情みたいだな」


「うん。複雑。自分でもよくわからない感情だよ」


「……キスとかは、もっとちゃんと、気持ちがはっきりしてからにしよう。お試しみたいな感じでするのは、ちょっとな」


「そう……」



 ユーライが欲しい。この衝動は、きっと恋とは違う何か。


 どこか食欲にも似ていて、ユーライを食べてしまいたいという気持ちも、ほんのりと、ある。



「あちし、将来は世界一の魔法使いになる。そのとき、ちゃんとユーライが側にいてね」


「うん。わかった」


「ねぇ、ユーライ」


「ん?」


「あの……あのね」



(あちしとクレア、どっちの方が好き? なんて、訊くもんじゃないか……。きっと、ユーライはクレアの方が好きなんだろうなぁ……。悔しい。

 この前二人きりで過ごしたときも、きっと何かあちしに言えないようなことをしてる……。

 けど、今はクレアに負けてても、それで終わりにはしない。あちしたちには、長い寿命があるんだから)



「……やっぱりなんでもない」


「そう?」


「うん」


「なら、外は寒いし、そろそろ家の中に入ろうか?」


「もう少し、このままがいいかな……」



 アンデッドは寒さに強い。体が冷えても、風邪を引かない。


 体が凍らない限りは、問題ない。



(この寒さの中で、ユーライの熱だけ、感じていたい)



 リピアはユーライを抱きしめ続けて、ユーライはそれを受け止めてくれていた。

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