第63話 ルベルト

 * * *


 魔王と別れた後、ルベルトは露店で仮面を一つ購入した。都合良く顔の左半分を隠せる白い仮面があった。



(……危険は承知で俺は魔王の仲間を誘拐した。数万人を瞬時に殺せる魔王の力を考えれば、この程度は軽いものだ。大した問題ではない)



 女性受けは悪くなるかもしれない。しかし、外見だけで寄ってくる相手がいなくなるのは、ある意味ありがたいことでもある。


 さておき、ルベルトはしばし町の様子を見て回った後、再度ルギマーノの冒険者ギルドに戻ってきた。魔王たちは既にいなくなっている。ルベルトは受付の女性に断りをいれ、二階にある通信用の魔法具が置かれた一室を借りる。


 通信用の魔法具は、等身大のクリスタルのような形をしていて、持ち運びには向いていない。魔力の消費も大きい。それでも、移動に何十日もかかるような場所と気軽に連絡が取れるのは、とてもありがたいことだった。



「……さて、本部に報告だ」



 魔法具を起動。繋ぐ相手を指定すると、王都の冒険者ギルド本部と繋がった。


 クリスタルの中に映るのは、副ギルド長のロマンサ。赤銅色の髪をした四十代半ばの男性で、圧迫感のある外見をしている。既に全盛期は過ぎているとはいうものの、まだ二等級以上の力を持っている。



「ロマンサさん。魔王殿と接触しましたので、そのご報告です」


『うむ。……しかし、その仮面はどうした? お前が仮面をつけるなど珍しい』


「魔王殿からのちょっとした報復の結果ですよ」



 ルベルトは一度仮面を取り、ロマンサに素顔を見せる。ロマンサは顔をしかめた。



『男の勲章というには、痛々しすぎる顔になってしまったな』


「仕方ありません。痛い目を見ましたが、この程度で済んで良かったと思っていますよ」


『……町一つが消し飛ぶ可能性さえあったと考えれば、犠牲は確かに少ないな』


「はい」


『……お前に背負わせるような形になってしまってすまない。ちなみに、ディーナは無事か?』


「ええ、無事です。十日間、食べ物や水など、口にする物全てをピリ辛に感じる呪いを受けていましたが、傷の残るようなものではありません」


『……魔王は比較的女性に甘い、だったか? 随分と気の抜ける呪いだな』


「そうですね。ロマンサさんからすると、むしろ祝福の類でしょうか」


『そうだな。そんな呪いであれば俺がかかりたいくらいだ』



 ふっ、と二人で軽く笑いあう。


 それから、ロマンサが顔を引き締める。



『本題に入ろう。直接魔王と接触してみて、ルベルトはどう思った?』


「俺の印象としては、神のごとき膨大な力を持った子供、でしょうか。圧倒的な力を持ちながら、中身は普通の子供と大きく変わらないようです」


『ほぅ……。それもある意味恐ろしいことだな』


「はい。悪の権化ではないという点ではありがたいことですが、不安定で、特定のきっかけで容易に取り乱しますし、将来どのように変化するかもわかりません」


『特定のきっかけというのは?』


「一つには、己の意に沿わぬ暴力や殺人を目にしたとき。平穏に暮らしたいと願っているのに、それを妨害するような連中がいると、魔王は怒ります」


『ふむ……なるほど。他には?』


「最も怒り狂うのは、仲間と認識している者が攻撃されたとき、でしょうか。魔王は特に仲間を大切にする性格のようです。見知らぬ他人が傷つくことにはあまり関心がありませんが、仲間を傷つけられればすぐに怒りを露わにします」


『仲間思いの魔王か……。随分と奇妙な話だ』


「ええ。しかし、これならば、ディーナを送り込んだのも無駄にはならないでしょう」


『……魔王にディーナを仲間の一人と認識させ、その後、ディーナのため、ひいては人間のために働いてもらう……か。そう都合良くいくかね?』


「可能性はあると思います。魔王は権力や金にはあまり関心がなさそうなので、爵位や大金を対価として渡しても、積極的に人間のためには働くことはないでしょう。しかし、友や仲間のためであれば、その力を存分に振るうと期待できます」


『まぁ、上手く行けば御の字、行かなくとも大した損失はない、か』


「はい。それに……いざとなれば、ディーナは、魔王を討伐するために活用できるかもしれません」


『……というと? ディーナに暗殺でもさせるのか?』


「いえ。先日の戦いにおいて、魔王は仲間の死を目の当たりにしたとき、大きく取り乱したという報告が上がっています」



 あの戦いの時、遙か上空で戦況を見ていた者がいた。魔王は、仲間のリピアが死んだとき、まともに動けなくなったらしい。魔王の中身がただの子供で、そして仲間を大切に思うが故の反応だ。



『……ディーナが目の前で死んだとき、魔王は取り乱す、と?』


「そこまで大きく動揺するかはわかりません。ただ、魔王が人間らしい感性を持っているのであれば、しばらく共に暮らせばディーナに情も湧くことでしょう。そんな相手が目の前で死ねば、数秒は動揺するはずです」


『ふむ……』


「あの魔王は、武の達人というわけではないようでした。そして、常に身を守るための守護魔法をかけているわけでもありません。攻撃力は高いですが、防御力は常識の範疇はんちゅう。数秒の隙を作れれば、俺は魔王の首を落とせます」


『……ディーナを殺す必要はないのではないかね? 他の仲間を殺すだけで十分では?』


「俺も人の子です。無闇に人を殺すことはしません。ディーナは、いつか俺に殺されるかもしれないと覚悟した上で、今の任務についています。死ぬことも仕事として、一財産与えてもいます」


『……そうか。ディーナは確か、家族のために金が必要だと言っていたな』


「はい」


『ふむ……。まぁ、心許ないが、保険としては良いだろう。ディーナを殺さず、単に暗殺するという手段で済むかもしれん。ともあれ、魔王と共存するか、あるいは魔王を討伐するか。今後も様子を見る必要があるな』


「はい」


『ルベルトとしてはどうだ? 魔王と共存できると思うか?』


「今の魔王であれば、可能でしょう。しかし、魔王はまだ子供です。その精神は日々変化していきます。一年後に同じことが言えるかはわかりません」


『……わかった。いざとなれば討伐に向けて動けるよう、準備は進めよう』


「はい」


『とはいえ、当面は共存を目指したいところだな』


「はい。危険もありますが、利用する方法もいくらでもあることでしょう。たとえば、ディーナは王都出身ですし、有事で王都が危機に瀕したとき、ディーナが家族を守りたいといえば、魔王は王都を守るために戦う可能性があります」


『なるほど。まぁ、利用の仕方を間違えて、人類が全滅に追いやられなければ良いがな』


「……ええ。気をつけましょう」


『こっちは国王陛下にも報告し、今後のことを話し合う』


「はい」



 その後、二人の会話は少し続いた。


 一通り話が終わったところで、通信を終わる。



「……魔王と共存する未来はあるかどうか。冒険者ギルドの意向だけではどうにもならないが……余計なことをする組織がないことを願うよ」

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