第64話 教主

 * * *


「……報告ありがとう、ロマンサ君。君がいると冒険者ギルドの内部事情がわかって助かるよ」


『教主様のお力になれて幸いです。必要とあらば、どんな協力も惜しみません』


「うん。頼りにしているよ。ただし、君には副ギルド長という立場でいてもらいたいから、周りから不審に思われる行動は慎みなよ?」


『承知しております。表向きは副ギルド長としての務めを果たします』


「うん。それでいい。それじゃ、今日はこの辺で終わりにしよう。またね」


『はい。失礼致します』



 ロマンサとの情報交換を終え、魔王教団の教主エルクィドは、通信用の魔法具を設置した薄暗い部屋を出る。また、凝った作りの黒いローブも脱ぎ捨てて、リビングの安楽椅子に腰掛ける。



「……自分で始めたことだけれど、教主としての雰囲気作りってのは少々面倒なことだね。まぁ、これはこれで愉快な遊びでもあるのだけれど」



 深く息を吐きつつ、エルクィドは背中まで届く灰色の髪をわしゃわしゃとかき乱す。整っていた髪が少し乱れて、やや粗野な印象に変わった。


 肩の力を抜いて、エルクィドは窓の外を眺める。既に日は沈んでいるが、星明かりで庭の木々がうっすらと見えている。


 窓ガラスには自身の姿が映っていて、それは絶世の美女と評して差し支えない。


 エルクィドは既に齢二百を越えているが、長命のエルフ族のため、その容姿もまだ若々しい。二十代として通せる。しかし、エルクィド自身は恋愛にも生殖にも関心がないので、その美しい容姿に浮かれることもない。


 ただ、見目麗しい女性の姿は、魔王教団の教主としては有用だ。教主が美女と言うだけで勝手についてくる者は少なくない。


 なお、エルクィドがいる部屋は、あからさまに秘密組織の一室というものではない。リバルト王国内にある、ごく普通の一軒家だ。もっとそれらしい場所も用意はしているが、普段からそこにいるわけではない。表向きはただの薬師として、一般市民のなかに溶け込んでいる。



「……それにしても、百五十年ぶりの魔王は、今までとどうも毛色が違うな。虫も殺せぬ聖人などではないけど、争いを好む悪人というわけでもない……。前回の魔王は、もっと魔王らしい魔王だった。それ以前にも、今回のような魔王はいない」


 

 記録としてまともに残っている限りでは、今までこの地上に現れた魔王の数は七。


 発生は概ね百年から三百年周期になっており、その姿形は様々。


 人に近かったり、竜だったり、獣だったり。


 姿は違っていても、それらが凶悪な存在だったことは共通している。


 人類を脅かし、世界を破壊するか、もしくは支配する。そういう明確な悪だった。


 しかし、冒険者ギルドからの情報でも、ルギマーノに潜伏している教団員からの情報でも、今回の魔王は歴代の魔王とは全く違うあり方をしている。


 既に二度、万単位での人間を殺めてはいる。しかし、人を殺め、世界を壊すことで悦楽に浸っているわけではない。


 仕方なく殺してしまっただけで、殺したかったわけではなさそうだ。



「……凶悪な魔王が生まれることを前提として準備を進めてきたが、予定変更だな」



 凶悪な魔王であれば、ただ世界を壊す協力者として取り入るつもりだった。


 フィーアのように人格が破綻している者も、魔王であれば喜んで受け入れ、仲間にするはずだった。


 つまりは、フィーアは魔王への捧げものになる予定だったのだ。


 そのために、エルクィドは手を回してフィーアを教団に招いている。フィーアの家族が死んだのは、教団が手を回した結果だ。特別に魔力の強い子供だというのはわかっていたから、一芝居打って仲間に取り込んだ。


 もっとも、魔王の誕生がいつになるかわからなかったため、魔王への捧げものとしての価値を発揮するかは不明だった。魔王が生まれなければ、単に強力な手駒として便利に使えば良いとエルクィドは考えていた。


 せっかく魔王が現れたのだが、魔王はフィーアを嫌っているし、受け入れていない。フィーアの首飾りを通して魔王の様子を観察していたから、これは間違いない。フィーアがフィーアである限り、今後も仲間として受け入れることはないだろう。



「……取り入るなら、別のタイプの者がいいか。ここはいっそ私が……? いや、あの魔王は、裏のある者より純朴な者を好みそうだ。ルベルトがディーナを送り込んだのは、おそらく良い人選だな。魔王は、ああいう裏表のない平凡な娘にこそ心を許すだろう。

 となると……フィーアもある意味悪くはない人選かもしれんな。少なくとも裏はない。

 魔王は町のために色々と手を貸すくらいだし、面倒見も良さそうだ。フィーアの更正でも頼めば、呆れながらもやってくれるのかもしれん」



 試してみる価値はある、とエルクィドは思う。


 ただし。



「そもそも、取り入る必要もないといえば、ないか。世界を支配し、闇に染めるには……魔王が自ら進んで世界を壊し、支配する方向に導けば良い……」



 魔王教団の目的は、魔王と共に世界を支配すること。


 エルクィドの目的もそれとそう変わらない。


 少し付け加えるとすれば、エルクィドは遊び半分でやっている。


 何か崇高な理想や目的があって、世界を支配しようと思っているわけではない。


 根本にあるのは、かつて目の当たりにした魔王への憧れ。


 圧倒的な力で世界を蹂躙していった、邪悪な竜。


 あんな風に、世界を思い通りに蹂躙してみたいと、エルクィドは憧れた。


 そして、今では魔王と共に世界を支配したいなどと考えている。そのために思案を巡らせ、行動していくのが楽しい。他の何をするよりも快楽を得られる。


 だから、世界征服などという子供じみた夢想を実現しようとしている。


 エルクィドの本質はそれなので、支配する過程にこだわりはない。魔王と魔王教団が同じ志を持ち、一体となって戦う必要はない。


 世界の支配が成し遂げられれば、それでいい。



「あの魔王は穏やかな生活を望みながら、案外激高しやすい。そして、その発端は概ね仲間に関わること。つまり、仲間を殺せば勝手に怒り狂って世界を破壊する……。

 冒険者ギルドはディーナを送り込んだが、あれはこちらでも活用できるだろうな。魔王を殺すためではなく、あえて怒らせるために。

 魔王の怒りの矛先を制御できれば、魔王は教団にとって都合の良い兵器となりうる。教徒にどこそこの国の使者として魔王の仲間を殺させれば、魔王はその国を破壊しに行くことだろう。

 そうなると、魔王にはなるべく多く、大事なものを抱えておいてほしいものだな。

 フィーアが魔王に受け入れられるように誘導しつつ、教団としては諸々の仕込みをしていくのが良さそうだ……」



 エルクィドは黒い笑みを浮かべる。



「……魔王よ、この世界で共に楽しく踊ろうじゃないか」



 今すぐ魔王に会い、抱きしめたいという気持ちもエルクィドにはある。しかし、今はまだそのときではない。下手に本心を探られるわけにはいかない。


 今はまだ、少しばかり我慢する。



「さて、そろそろ魔王宛にメッセージでも送っておくか」



 フィーアのつけている首飾りを使えば、フィーアの周りの出来事を覗き見ることもできるし、フィーアと連絡を取り合うこともできる。


 一対一でしか機能しないので汎用性は低いが、小型で持ち運びもできるので、便利な代物だ。



『フィーア。今後は殺しや破壊を控え、魔王様の意志を尊重せよ。そして、以下の言葉を魔王様に伝えろ。

 ……魔王様。お返事が遅くなりまして申し訳ありません。この度は我が教団の幹部、フィーアが大変ご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げます。フィーアにはもう魔王様の意に沿わぬ争いを起こさぬよう、命じておきます。さて……』

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